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3日目
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私が首を傾げると、彼は少し言いづらそうにしながら後頭部を掻く。
「自分勝手な話やけど……真緒との思い出巡りは俺だけの特権やと思ってた」
「え」
目を瞬きながら彼の方を見ると、鹿の口先が少しだけ尖って見えた。
「俺と真緒のことやから、二人だけで色んなところ周るのは当然やと思ってて。だから真緒が俺以外の人間連れて来た時はちょっとショックやったというか……」
簡単に言うと、と啓太は続けた後、言い淀む。しかしすぐに口を開いた。
「俺は真緒と二人が良かったんや」
二人が良かった、という言葉が私の頭の中でぐるぐると回って、すぐには理解できなかった。
数拍置いた後に、ようやくその言葉の音が意味を成して私の頭に定着する。
「え、ええ?」
ぶわわ、と顔が熱くなる感覚がして、両手で頬を抑えた。
「真緒が誰に自分の事情を話して誰に助けを求めようが、それは真緒の自由やったのに、俺が勝手に嫉妬して、雰囲気悪くしてもうた。ごめん」
ぎゅっと目をつぶって姿勢を傾けた啓太に、「ちょ、ちょっとやめて」と、慌てて頭を上げさせる。
「啓太が私と二人だけで思い出の場所をまわるんだって思うのは当然のことだよ」
彼の言うように、これは私と彼の問題だった。そこに第三者が突然介入してくるなんて思わなかっただろう。
「記憶を取り戻す手伝いをしてくれてた啓太に報連相できてなかった私にも問題あったし、お互い様ってことにしよう?」
圧倒的に私に非がある気がしたが、ここで自己卑下をすれば啓太がさらに恐縮しそうだったので、お互い様という言葉を使ってこの場を収めることにした。
啓太はまだ納得がいっていなさそうだったけど、最終的には引き下がってくれた。
……ていうか、啓太の謝罪に気を取られて流しちゃってたけど、さっきすごいこと言われたよね?
二人が良かった、という言葉がまるで壊れたテープのように何度も巻き戻して再生される。
思い出すたびに頬だけじゃなく耳まで熱くなって、必要以上に汗をかいてしまう。
動揺はしたけれど、彼にそう言ってもらえたのは嬉しかった。
啓太はいつも素直な気持ちを真っ直ぐに話してくれる。
――それに反して、私はどうだろう?
体裁ばかりを気にして、啓太に知られたくないからと色んなことをはぐらかしている気がする。
今日だって、どうして啓太には標準語で颯には関西弁なのかという話が上がった時、啓太が傷つくかもしれないことをわかっていながら、変に意識していることを知られたくなくて受け流してしまった。
私の気持ちの答えにはもう、薄々気づいている。気づいているけど自覚するのが怖かった。
だけど、
『俺は真緒と二人が良かったんや』
彼の言ってくれた言葉が、私の背中を優しく押してくれる。
少し素直になるくらい、バチは当たらないはずだ。
「あのね、啓太」
別れ道が来る前に、彼を呼び止めた。
「颯が今日、何で啓太には標準語なんだって話してたでしょ?」
「……ああ、してたな」
息を吸うと喉が震える。でも、言いたい。私にストレートに思いを伝えてくれる彼に、私も自分の気持ちをちゃんと言いたい。
私は唾を飲み込んで、口を開いた。
「颯は全然大丈夫なんだけど、啓太と話すと緊張するというか……へ、変に意識しちゃうの。だから無意識のうちに啓太には標準語が定着しちゃってて、だから、その、啓太が嫌いとかそういうわけじゃ……」
話の途中で、両肩をガシリと掴まれた。
驚いて彼の顔を見上げると、そこには二つ並んだ丸い瞳があり、吸い込まれてしまいそうなほどに澄んでいた。
「……それ、ホンマか?」
切羽詰まった様子の彼に気圧されるようにして、私は何度も頷く。
そんな私を見ると、啓太は弾けたように笑った。
「そおかそおか。真緒ちゃんは俺と話すの緊張するんやなぁ」
上機嫌な啓太の声色に、完全におもちゃにされていることを悟る。
一言くらい文句を言ってやろうかと思ったが、上機嫌な彼の姿を見るのは嫌じゃない。今日は不機嫌でいることが多かったので、余計に今の彼の態度が貴重に思える。
こうやってからかってくるところもあるけど、啓太は私の本気で嫌がることはしないし、引き際を弁えてる。
感がいいのか何なのか、私のことをよく見ていると思う。
そして、そのことがどうしようもなく嬉しくて、ときめく自分がいる。
もう見て見ぬふりはできない。私はきっと彼のことが――
その時、鼻先にぽつりと冷たい水がかかった。
「あ、降って来た」
啓太が薄暗い空を見上げて呟く。
「早く帰らないとだね」
そう言いながら二人で足早に進むと、数分の間に雨足はどんどん強まっていった。
「げ、ゲリラ豪雨ー!?」
地面を叩く強い雨音に負けじと叫ぶ。
「そうだ。近くに神社あったよね?あそこで雨宿りしていこう」
思えばこの時、啓太は少しだけ躊躇していた気がした。
だけど私の言葉にすぐに頷いたから、私はそんなことも気づかずに、二人で小さな神社の境内に入った。
髪も服もあっという間にびしょ濡れで、鈴緒が垂れ下がっているお賽銭の前へ避難する。
「……少しだけ雨宿りさせてもらいます」
啓太が本殿に向かって手を合わせたのを見て、私も同じようにする。
「まさかこんなに急に振り出すとは……」
ため息をつきながらお風呂上がりのような髪の毛を絞る。
「夏の雨って急やんな」
啓太も疲れた様子でシャツの裾を絞っている。
小さい神社だけど、境内は木に囲まれているので、雨に濡れた樹木の独特な香りがした。この匂いは結構好き。
それを胸いっぱいに吸い込もうとした時、「やっぱ、ちゃんと話しといた方がええよな」と、啓太が零した。
「……何を?」
私の問いかけに、啓太は「別れた時のこと」と答える。
図書館からの帰り道、颯が言った言葉を気にしているのだと思った。
「自分勝手な話やけど……真緒との思い出巡りは俺だけの特権やと思ってた」
「え」
目を瞬きながら彼の方を見ると、鹿の口先が少しだけ尖って見えた。
「俺と真緒のことやから、二人だけで色んなところ周るのは当然やと思ってて。だから真緒が俺以外の人間連れて来た時はちょっとショックやったというか……」
簡単に言うと、と啓太は続けた後、言い淀む。しかしすぐに口を開いた。
「俺は真緒と二人が良かったんや」
二人が良かった、という言葉が私の頭の中でぐるぐると回って、すぐには理解できなかった。
数拍置いた後に、ようやくその言葉の音が意味を成して私の頭に定着する。
「え、ええ?」
ぶわわ、と顔が熱くなる感覚がして、両手で頬を抑えた。
「真緒が誰に自分の事情を話して誰に助けを求めようが、それは真緒の自由やったのに、俺が勝手に嫉妬して、雰囲気悪くしてもうた。ごめん」
ぎゅっと目をつぶって姿勢を傾けた啓太に、「ちょ、ちょっとやめて」と、慌てて頭を上げさせる。
「啓太が私と二人だけで思い出の場所をまわるんだって思うのは当然のことだよ」
彼の言うように、これは私と彼の問題だった。そこに第三者が突然介入してくるなんて思わなかっただろう。
「記憶を取り戻す手伝いをしてくれてた啓太に報連相できてなかった私にも問題あったし、お互い様ってことにしよう?」
圧倒的に私に非がある気がしたが、ここで自己卑下をすれば啓太がさらに恐縮しそうだったので、お互い様という言葉を使ってこの場を収めることにした。
啓太はまだ納得がいっていなさそうだったけど、最終的には引き下がってくれた。
……ていうか、啓太の謝罪に気を取られて流しちゃってたけど、さっきすごいこと言われたよね?
二人が良かった、という言葉がまるで壊れたテープのように何度も巻き戻して再生される。
思い出すたびに頬だけじゃなく耳まで熱くなって、必要以上に汗をかいてしまう。
動揺はしたけれど、彼にそう言ってもらえたのは嬉しかった。
啓太はいつも素直な気持ちを真っ直ぐに話してくれる。
――それに反して、私はどうだろう?
体裁ばかりを気にして、啓太に知られたくないからと色んなことをはぐらかしている気がする。
今日だって、どうして啓太には標準語で颯には関西弁なのかという話が上がった時、啓太が傷つくかもしれないことをわかっていながら、変に意識していることを知られたくなくて受け流してしまった。
私の気持ちの答えにはもう、薄々気づいている。気づいているけど自覚するのが怖かった。
だけど、
『俺は真緒と二人が良かったんや』
彼の言ってくれた言葉が、私の背中を優しく押してくれる。
少し素直になるくらい、バチは当たらないはずだ。
「あのね、啓太」
別れ道が来る前に、彼を呼び止めた。
「颯が今日、何で啓太には標準語なんだって話してたでしょ?」
「……ああ、してたな」
息を吸うと喉が震える。でも、言いたい。私にストレートに思いを伝えてくれる彼に、私も自分の気持ちをちゃんと言いたい。
私は唾を飲み込んで、口を開いた。
「颯は全然大丈夫なんだけど、啓太と話すと緊張するというか……へ、変に意識しちゃうの。だから無意識のうちに啓太には標準語が定着しちゃってて、だから、その、啓太が嫌いとかそういうわけじゃ……」
話の途中で、両肩をガシリと掴まれた。
驚いて彼の顔を見上げると、そこには二つ並んだ丸い瞳があり、吸い込まれてしまいそうなほどに澄んでいた。
「……それ、ホンマか?」
切羽詰まった様子の彼に気圧されるようにして、私は何度も頷く。
そんな私を見ると、啓太は弾けたように笑った。
「そおかそおか。真緒ちゃんは俺と話すの緊張するんやなぁ」
上機嫌な啓太の声色に、完全におもちゃにされていることを悟る。
一言くらい文句を言ってやろうかと思ったが、上機嫌な彼の姿を見るのは嫌じゃない。今日は不機嫌でいることが多かったので、余計に今の彼の態度が貴重に思える。
こうやってからかってくるところもあるけど、啓太は私の本気で嫌がることはしないし、引き際を弁えてる。
感がいいのか何なのか、私のことをよく見ていると思う。
そして、そのことがどうしようもなく嬉しくて、ときめく自分がいる。
もう見て見ぬふりはできない。私はきっと彼のことが――
その時、鼻先にぽつりと冷たい水がかかった。
「あ、降って来た」
啓太が薄暗い空を見上げて呟く。
「早く帰らないとだね」
そう言いながら二人で足早に進むと、数分の間に雨足はどんどん強まっていった。
「げ、ゲリラ豪雨ー!?」
地面を叩く強い雨音に負けじと叫ぶ。
「そうだ。近くに神社あったよね?あそこで雨宿りしていこう」
思えばこの時、啓太は少しだけ躊躇していた気がした。
だけど私の言葉にすぐに頷いたから、私はそんなことも気づかずに、二人で小さな神社の境内に入った。
髪も服もあっという間にびしょ濡れで、鈴緒が垂れ下がっているお賽銭の前へ避難する。
「……少しだけ雨宿りさせてもらいます」
啓太が本殿に向かって手を合わせたのを見て、私も同じようにする。
「まさかこんなに急に振り出すとは……」
ため息をつきながらお風呂上がりのような髪の毛を絞る。
「夏の雨って急やんな」
啓太も疲れた様子でシャツの裾を絞っている。
小さい神社だけど、境内は木に囲まれているので、雨に濡れた樹木の独特な香りがした。この匂いは結構好き。
それを胸いっぱいに吸い込もうとした時、「やっぱ、ちゃんと話しといた方がええよな」と、啓太が零した。
「……何を?」
私の問いかけに、啓太は「別れた時のこと」と答える。
図書館からの帰り道、颯が言った言葉を気にしているのだと思った。
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