その鹿を人間にする方法

はるかわ 美穂

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私と君の過ち

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特に深入りすることでもないか、と思い私もそれ以上は追及せず口を閉ざす。

しかし、二人で歩き始めたは良いものの、なんだかやたらと沈黙が重たく感じて、私は目についたものを口にしてみた。

「あ、そういえばここ、老人ホームできたんやんな」

最近できた新しい建物を指差して告げる。啓太ならそこから話を広げてくれるかと思ったら、「あぁ、そうやな……」と生返事が返ってくるだけだった。

その後も何度か話題を振ってみたが、啓太は生気のない返事を繰り返し、話に乗ってこない。

体調悪いとか?

だから颯たちとは一緒に行かずに早く帰って来たのかもしれない。だとしたら何度も話しかけたりして、悪いことをしてしまった。

どうせもうすぐ別れ道が来るので黙って大人しくしておこう、と思った時、「真緒」と突然名前を呼ばれた。

「ん?」

顔を上げると、そこには真剣な様子の啓太が私を見ている。

……あ。

その瞬間、体育祭の帰り道に抱いた悪い予感がぶり返した。

「あのさ……」

彼は必死に言葉を選ぼうとしているのか歯切れが悪い。

衝動的に逃げ出したくなったけど、私に何かを言おうとしている彼を無視するのはさすがに良くない。

「……うん」

たどたどしく発音する彼を、私は辛抱強く待つ。

そして告げられたのは、彼の想いだった。

啓太の真っ赤な顔と、「付き合ってほしい」という言葉を見聞きして、私はようやく彼の様子がおかしかったことに合点がいった。

そして次に思ったのは、困ったな、という億劫感。

正直、好きという感情はまだよくわからない。少女漫画に憧れて恋に恋していた時期もあったけど、すぐにそれが世間で言われる恋愛の情じゃないということはわかった。それからは恋だの愛だのといったものには遠ざかっていた。

だから、気持ちはとても嬉しいけど啓太の気持ちには答えられない。

「……えっと」

だから断らなければならない。そう思うのに、その先の言葉が出てこない。

ここで私が断ったら啓太は確実に傷つく。そしたら、私が彼を傷つけたことになる。それは、ダメだ。

だけど、好きでもないのに付き合うって、良いのだろうか。

それに付き合ったりしたら、きっとクラスで注目の的になって冷やかされるに決まってる。

複雑な思いで啓太の顔を見つめ返す。彼の瞳は不安げに揺れていた。

その時、打ち上げの最中に私たちのテーブルにやって来た男子を思い出した。

彼の見せた下心には拒否反応を覚えたけど、ここまでの啓太の行動を、私は心の底から嫌だとは思わなかった。

だとしたら、私は彼のことを好きになれる可能性が高いんじゃないだろうか。

今は彼のことを好きだとは思えなくても、いつか啓太のことを心から好きになれる日が来るんじゃないだろうか。

そう考えた時、断らなければ、と緊張していた心が緩んだ。

「い、いいよ。付き合おう」

少しだけ震えた私の声。それがスイッチかのように、啓太が「マジで!?」と大きく跳ねた。

ゆっくり頷くと、「よっしゃああ!」と叫んで彼はガッツポーズをする。

そんなに嬉しいんだ……。

私の言葉で誰かがここまで喜んでくれるのは少し照れるけど嬉しい。やっぱり私の選択は間違ってなかった、はずだ。

「じ、じゃあ……これからよろしく?」

「おう。よろしく!」

そして啓太はその日、別れ道ではお別れせずに私の家の前まで送ってくれた。

「おやすみ。また連絡するわ」

そう言って、家に入る私を満面の笑みで見送ってくれる彼。

確実に変化した私たちの関係にまだ戸惑いつつも、私も精一杯の笑顔で答えた。

もしかしたら私も少女漫画のような恋ができるのかもしれないと、少しだけ淡い期待を抱いていた。

この時の選択が、私の過ちのすべての始まりだった。



***



それから私たちの清いお付き合いは始まったけれど、皆には秘密にしたいという私の意図を汲んで、啓太は誰にも言わないでいてくれた。

そのせいで教室では全くと言って良いほど接触がないし、お互いに部活もあるので一緒に帰ったりもない。

恋人になった私たちの間にこれと言った変わりはなく、強いて言えば家に帰ってからメッセージアプリでやり取りをする行程が増えたくらいだった。

しかし、一学期の期末テスト期間に入ると、そんな日々にも変化が訪れた。

『今日も一緒に帰ろ』

朝起きてスマホを見ると、啓太から届いていたメッセージ。

その文字を目にした時、確かに気が重くなった。

昨日からテスト期間に入った影響で部活が休みになり、私と啓太は初めて人目を盗んで一緒に帰った。

図書室で自習をしていく、と美琴に嘘をついて先に帰ってもらい、人が少なくなったのを見計らって校外で啓太と落ち合った。

正直、その帰り道は誰かに見つからないかと不安で胸がいっぱいだった。

今日も同じようにあの落ち着かない感情を経験しなければならないのだと思うと心臓が縮み上がる。

けど、私と啓太は付き合っているのだから、彼の誘いを断るなんてもっての外だと思い、『いいよ』とコメントを返す。

もう家を出る時間だったので、スマホはそのまま自分の部屋に置いて家を出た。

いつも通りに授業を受けて、いつもと同じように休憩時間を過ごして、いつもと同じように放課後がやって来る。

だけどいつもと違うのは美琴と一緒に帰らないこと。

「え、今日も図書室で勉強していくん?」

「うん。だから先帰っててええで」

美琴に嘘をつくことに罪悪感を覚えて、自然と目を逸らしてしまう。そんな態度が美琴をさらに不安にさせてしまったのかもしれない。

「……私と、帰んの嫌?」

遠慮がちな声がした。
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