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私と君の過ち
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「ごめん。母さんに捕まって遅くなってもうた」
息を切らして改札から走って来たのは、普段とすこし雰囲気が違う啓太だった。
打ち上げの時はあまり意識していなかったけど、制服を着ていないと印象が違う。
「それは連絡もらってたし、大丈夫やで」
啓太に気を遣わせないよう努めて笑顔で振る舞うが、彼は「ほんまごめん」と言いながら項垂れる。
そんなに落ち込まなくてもいいのに、と思いながら苦笑を返した。
私たちは昨日約束した通り、早めに帰宅をして県立の図書館に行くため奈良駅で待ち合わせをしていた。
啓太は約束の時間より十分以上遅れてきたけど、待つのはそんなに苦じゃないので別に怒ったりしていない。
「じゃあ……勉強でわからんとこあったら教えてや」
私は理数系が大の苦手だけど、啓太は結構いい成績を取っていたはず。
遅刻の対価と言えば聞こえは悪いが、こうすれば啓太の罪悪感も少しは薄れるのではないか。
私の思惑通りに啓太はそのお願いを快く受け入れてくれ、二人で談笑しながらバスに乗って図書館へ出発した。
到着した図書館では、他の地域からもテスト勉強のために学生がやって来ているのか、フロアの端にある勉強スペースが八割方埋まっていた。
それでもなんとか見つけた二つの空席を陣取って勉強道具を広げる。
「何からやる?」
小声で聞いてきた彼に、「心配やった数学からやる」と答える。「じゃあ俺もそうしよ」と言って、彼はワークを開いた。
その真剣な横顔を見て、私も勉強に集中しようと意気込む。
スイッチが入ると時間も忘れて勉強にのめり込んだ。時々答えを見てもわからない問題があって、それを啓太に聞くと、彼は嬉々として解き方を教えてくれた。
静かな空間で二人で勉強をする時間は、結構楽しかった。
なんとなく挑戦した応用問題に取り掛かっていると、隣からツンツンと肩を突かれた。
顔を上げると、啓太がスマホの画面をこちらに向けている。
そこには19時22分という時刻が表示されていた。
「もうすぐ閉館やし、腹も減って来たからそろそろ帰ろか」
「うん。そうやな」
言いつつ、私はワークを閉じてシャーペンを筆箱に戻す。
友達の家で勉強するから遅くなる、とは親に言っているけど、さすがに帰宅時間が20時を超えると心配をかけそうだ。気が付けば人も少なくなっている。
荷物を纏めてフロア中心にある階段へ向かっている途中、吹き抜けの傍に展示されているものが目に入った。
奈良が舞台になっている本や、奈良町を紹介している雑誌など、奈良に関する書籍が並んでいる。
そこで目を引いたのが、『にぎわいの家』という施設の資料だった。
元々昔の景観には関心がある方なので、大正時代の家の形がそのまま残っているというそれにとても興味が湧いた。
展示をじっと見つめていた私に気が付いたらしく、啓太が「どうした?」と戻って来る。
「あ、ちょっと見てただけ。大正時代の家が残ってるなんてええなって思って」
私の事情で彼をここに留めるわけにはいかないので、「行こ」と言って進行方向を指さした。
しかし彼はそれに目もくれず、「テスト終わったら、行くか?」と聞いてくる。
「……え」
一瞬言葉の意味が理解できなくて目を瞬いたが、すぐにそれがデートのお誘いだということがわかった。
頬を染めて真剣な様子で私を見ている彼の姿がその証拠だ。
私たちは付き合ってから、なんだかんだ二人で出かけたことはない。
興味が湧いた場所を見に行けるのは素敵なお誘いだけど、それがデートだと思うと途端に気が引けた。
デートなんて何をすればわからないし、私の趣味に彼を付き合わせて幻滅されるのも怖い。
「ま、またいつかね」
結局私はそう言って曖昧に笑った。啓太がどんな表情をしているのか見るのが怖くて、彼の横を抜けると先に一人で歩き出す。
帰り道、啓太はなんてことないように笑っていたから、私の受け答えは大して彼にダメージを与えていなかったのだと安心した。
それから私たちはつかず離れずの距離を保ちながら夏休みに入った。
お互いに部活がある上、啓太が夏期講習を受けたり、私も父方の実家に帰ったりと忙しく過ごしていたため、二人で会える機会は少なかった。
だけど、たまに休みが被った時は約束をして、近場のショッピングセンターに出掛けたりしていた。
その時に啓太が手を握ってきたから思わず硬直してしまったけど、彼の顔色がとても不安そうで、振りほどくなんて出来なかった。
すると、私が拒まなかったことがよほど嬉しかったのか、その日から彼は積極的に私に触れるようになった。
彼に触れられるのが嫌なわけではなかったけれど、私に向けられる優しい眼差しやぬるい体温を感じる度、私と彼の間にある温度差が明確になるようで居心地が悪かった。
だから私は彼の手が伸びてくると、それをやんわりと避け続けていた。
そして夏休みが明けて数日経った頃、同じクラスの女子から思いもよらないことを聞かれた。
「なぁなぁ、こないだ出掛けた時に二人でいるとこ見てもうたんやけど、真緒と啓太って付き合ってるん?」
教室のど真ん中で、声のボリュームも抑えることなくそう問われ、背筋が凍った。
「あ……」
一番恐れていたことがやって来て、とっさに声が出ない。
周囲に視線を向けると、私を見ている人が何人かいた。さらに思考力が奪われて、視界が真っ暗になっていく。
「ごめん。母さんに捕まって遅くなってもうた」
息を切らして改札から走って来たのは、普段とすこし雰囲気が違う啓太だった。
打ち上げの時はあまり意識していなかったけど、制服を着ていないと印象が違う。
「それは連絡もらってたし、大丈夫やで」
啓太に気を遣わせないよう努めて笑顔で振る舞うが、彼は「ほんまごめん」と言いながら項垂れる。
そんなに落ち込まなくてもいいのに、と思いながら苦笑を返した。
私たちは昨日約束した通り、早めに帰宅をして県立の図書館に行くため奈良駅で待ち合わせをしていた。
啓太は約束の時間より十分以上遅れてきたけど、待つのはそんなに苦じゃないので別に怒ったりしていない。
「じゃあ……勉強でわからんとこあったら教えてや」
私は理数系が大の苦手だけど、啓太は結構いい成績を取っていたはず。
遅刻の対価と言えば聞こえは悪いが、こうすれば啓太の罪悪感も少しは薄れるのではないか。
私の思惑通りに啓太はそのお願いを快く受け入れてくれ、二人で談笑しながらバスに乗って図書館へ出発した。
到着した図書館では、他の地域からもテスト勉強のために学生がやって来ているのか、フロアの端にある勉強スペースが八割方埋まっていた。
それでもなんとか見つけた二つの空席を陣取って勉強道具を広げる。
「何からやる?」
小声で聞いてきた彼に、「心配やった数学からやる」と答える。「じゃあ俺もそうしよ」と言って、彼はワークを開いた。
その真剣な横顔を見て、私も勉強に集中しようと意気込む。
スイッチが入ると時間も忘れて勉強にのめり込んだ。時々答えを見てもわからない問題があって、それを啓太に聞くと、彼は嬉々として解き方を教えてくれた。
静かな空間で二人で勉強をする時間は、結構楽しかった。
なんとなく挑戦した応用問題に取り掛かっていると、隣からツンツンと肩を突かれた。
顔を上げると、啓太がスマホの画面をこちらに向けている。
そこには19時22分という時刻が表示されていた。
「もうすぐ閉館やし、腹も減って来たからそろそろ帰ろか」
「うん。そうやな」
言いつつ、私はワークを閉じてシャーペンを筆箱に戻す。
友達の家で勉強するから遅くなる、とは親に言っているけど、さすがに帰宅時間が20時を超えると心配をかけそうだ。気が付けば人も少なくなっている。
荷物を纏めてフロア中心にある階段へ向かっている途中、吹き抜けの傍に展示されているものが目に入った。
奈良が舞台になっている本や、奈良町を紹介している雑誌など、奈良に関する書籍が並んでいる。
そこで目を引いたのが、『にぎわいの家』という施設の資料だった。
元々昔の景観には関心がある方なので、大正時代の家の形がそのまま残っているというそれにとても興味が湧いた。
展示をじっと見つめていた私に気が付いたらしく、啓太が「どうした?」と戻って来る。
「あ、ちょっと見てただけ。大正時代の家が残ってるなんてええなって思って」
私の事情で彼をここに留めるわけにはいかないので、「行こ」と言って進行方向を指さした。
しかし彼はそれに目もくれず、「テスト終わったら、行くか?」と聞いてくる。
「……え」
一瞬言葉の意味が理解できなくて目を瞬いたが、すぐにそれがデートのお誘いだということがわかった。
頬を染めて真剣な様子で私を見ている彼の姿がその証拠だ。
私たちは付き合ってから、なんだかんだ二人で出かけたことはない。
興味が湧いた場所を見に行けるのは素敵なお誘いだけど、それがデートだと思うと途端に気が引けた。
デートなんて何をすればわからないし、私の趣味に彼を付き合わせて幻滅されるのも怖い。
「ま、またいつかね」
結局私はそう言って曖昧に笑った。啓太がどんな表情をしているのか見るのが怖くて、彼の横を抜けると先に一人で歩き出す。
帰り道、啓太はなんてことないように笑っていたから、私の受け答えは大して彼にダメージを与えていなかったのだと安心した。
それから私たちはつかず離れずの距離を保ちながら夏休みに入った。
お互いに部活がある上、啓太が夏期講習を受けたり、私も父方の実家に帰ったりと忙しく過ごしていたため、二人で会える機会は少なかった。
だけど、たまに休みが被った時は約束をして、近場のショッピングセンターに出掛けたりしていた。
その時に啓太が手を握ってきたから思わず硬直してしまったけど、彼の顔色がとても不安そうで、振りほどくなんて出来なかった。
すると、私が拒まなかったことがよほど嬉しかったのか、その日から彼は積極的に私に触れるようになった。
彼に触れられるのが嫌なわけではなかったけれど、私に向けられる優しい眼差しやぬるい体温を感じる度、私と彼の間にある温度差が明確になるようで居心地が悪かった。
だから私は彼の手が伸びてくると、それをやんわりと避け続けていた。
そして夏休みが明けて数日経った頃、同じクラスの女子から思いもよらないことを聞かれた。
「なぁなぁ、こないだ出掛けた時に二人でいるとこ見てもうたんやけど、真緒と啓太って付き合ってるん?」
教室のど真ん中で、声のボリュームも抑えることなくそう問われ、背筋が凍った。
「あ……」
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