■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

11ミリ

文字の大きさ
12 / 67

12.チーズをもぐもぐ

しおりを挟む
 ロナウドが他のチーズを刺して出す。それをまたマルがぱくりと咥える。
 マルの頬はもぐもぐとよく動く。ごちそうだ、ごちそうだ、と幸せいっぱいの顔をして。

「……どうだ?」
「これも美味しいです!」

 すると首元へもう一輪、小花が増えた。
 ロナウドは繰り返しチーズを差し出し、マルは小花を次々と生む。皿にあったチーズを全て平らげると、代わりに小花が同じ数だけ残った。

「チーズが好きなら、また明日の晩に来るといい」
「いいんですか? ……あ、でも、花が生めるかどうかわかりませんけど……。こんなに連続で生めたのは初めてです……」
「それで構わない」

 では明日の晩にまた、ということになって、マルは退室するついでに食器を下げた。よく考えてみれば、こうして片付けもするなら、仮に花が生まれなくてもただチーズを食べに行くことにはならないだろうと思えた。
 廊下を歩く足取りが軽い。ふん、ふん、ふーんと鼻歌まで出た。理由はチーズだけではない。淡々と話すロナウドの目元が、緩んだ気がしたからだ。空気も和らいでいたし、マルへ気を許しているようで嬉しかったのだ。
 それにしたって、ロナウドの父や兄とやらも、側にいれば分かるものを見ようともしなかったのだろう。
 大人のくせに、父親のくせに、兄のくせに。顔も知らないどこかに住んでいる男爵家に胸がもやっとした。
 食器を厨房に下げて、屋根裏の自室へ戻る。窓の外は真っ暗だが、今朝の眺めは素晴らしかった。素晴らしい一日が約束されたような眺めで、風のささやきも鳥のさえずりも聞いているだけで華やいだ気持ちになった。
 この素敵な屋敷をロナウドのものにしてくれたことには感謝してやってもいいけど、無表情と言った男爵家の人間は許してやらないからな、と頬を膨らまして闇夜を睨み付けた。



 翌朝もマルは元気に起きた。日中は料理長とマチルダとホセにならって、あれやこれやと教えて貰いながら、くたくたになるまで手伝った。時間はあっという間に過ぎていて、ついさっきまで高いところにあった陽は、いつ沈んだのかと驚いた。なにせ新しいことを覚えるのは新鮮で面白い。
 自分たちの早めの夕食が済めば、あとはロナウドが帰宅するまで僅かな空き時間がある。銘々自由に過ごす中、マチルダはさっと針道具を取り出して言う。

「刺繍とおしゃべりは、淑女のたしなみなんだから」

 マルはすぐ隣で、マグに入ったお湯を飲みながら聞いている。
 マチルダは情報通で、王都で一番美味しい菓子店の話から、カエルム国の次の王様は第四王子になるかもしれないという話まで知っていた。

「王様って、一番先に生まれた王子様がなるんじゃないんですね」
「大抵はそうよ。でもね、第四王子様がとっても優秀で、王立アカデミーを卒業したら立太子するとかなんとからしいの。あたしは平和に暮らせるなら、どの王子様が王様になっても構わないと思うけどね」

 でも、できればピンク色の髪をした王子様がいいわ、と目を輝かせた。王族には稀にピンク色の髪の毛の子が生まれるそうだ。マチルダの話はどれも興味深い。



 帰宅したロナウドは、食後に約束通りマルを呼んだ。
 今夜もグラスの中には赤ワインが注がれている。なんとロナウドの向かいには、マルの席まであった。そこには昨日と同じように、真っ白な皿へチーズが整列している。

「マル、チーズだ。遠慮せずに食べるがいい」
「ちいずです……ね」

 言い淀むのにはわけがある。
 今日のチーズは昨日のとはまた違う。ボロボロに形が崩れたもの、青いカビが生えたもの、白いカビがはえたもの、隅から隅まで真っ茶色のもの。
 これは何かの間違いだろうか。どれも食べられる気がしない。
 少し食べただけなら、腹を壊すだけで済むだろう。
 マルは上等な食べ物は慣れていないけれど、腐ったものなら慣れていた。
 でもロナウドはどうだろうか。想像してみたが、即座に無理だと思った。きっと半分、いや、そのまた半分の量で倒れてしまうに違いない。
 マルはロナウドと運命を共にする覚悟はあるけれど、ロナウドの胃袋にそれを求めるのは酷だ。

「チーズとはちみつは相性がいいぞ」

 マルは意を決した。腐ったチーズに希少価値のあるはちみつをかけるなんて冒涜のようだが、きらめく黄金色の罪悪感を青いカビだらけのチーズへとろりと垂らす。

 フォークに刺して、ぱくりと一口。

 ざらついた舌触り、ぴりっとする塩気、鼻に抜けるチーズの香り、そしてハチミツの甘さ。想像よりもずっと、アレだ。

「おいしい……」
「そうだろう。今日のチーズはどれもアニムスから、あぁ、この前私と一緒にいた隊員だが覚えているか? 彼から貰ったものだ。彼の実家は酪農を営んでいてな、王都に店も出している。その青カビのチーズは、一番売れ行きがいいそうだ」

 カビが人気。王都は凄いところだ。
 ならば他のも大丈夫だろうと、次から次へと食べてみる。どれもこれも好きになった。けれど、皿が空になっても花はおろか、葉もつるも生まれない。

「ごめんなさい、今日は全然花が生めなくて……」
「気にするな。好物だと言うから誘ったにすぎない。……だが、そうだな。昨日と同じように食べてみたらどうだろうか?」

 ロナウドがチーズを刺して、マルへ差し出す。『昨日と同じ』なら、受け取るのは手ではない。

「これで花が生まれるんでしょうか……?」
「ものは試しだ。何もなかったところで一向に構わない」
「そういうことでしたら……」

 あーんと開けて、ぱくりと食べる。
 美味しい。同じチーズだから当然ではあるが。もぐもぐ噛んでいると、ロナウドの視線が刺さる。
 一人か二人で使うのに丁度良い大きさのテーブル。向かい合わせで座っても近い。
 睫が長い。目がきれい。唇も形が整っている。一度気が付いてしまうと、意識してしまう。

「どうした?」
「あ……ちいずが……おいしくて」

 顔に見とれていました、とは言えなかった。食べたチーズだって、美味しいのには間違いない。

「そうか。アニムスに伝えておこう。そら、もう一切れどうだ」

 再びチーズを差し出され、口を開けようとしたそのときだ。

「マル、喉元だ」

 白い小花が生まれていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に1話ずつ更新

復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨
BL
予言の魔王として闇に閉ざされた屋敷に隔離されていたノアール。孤独な日々の中、彼は唯一の光であった少年セレを、手元に鎖で繋ぎ留めていた。 3年後、鎖を解かれ王城に連れ去られたセレは、光の勇者としてノアールの前に戻ってきた。それは、ノアールの罪を裁く、滅却の剣。 ノアールが死を受け入れる中、勇者セレが選んだのは、王城の命令に背き、彼を殺さずに再び鎖で繋ぎ直すという、最も歪んだ復讐だった。 「お前は俺の獲物だ。誰にも殺させないし、絶対に離してなんかやらない」 孤独と憎悪に囚われた勇者は、魔王を「復讐の道具」として秘密裏に支配下に置く。しかし、制御不能な力を持つ勇者を恐れた王城は、ついに二人を排除するための罠を仕掛ける。 歪んだ愛憎と贖罪が絡み合う、光と闇の立場が逆転した物語――彼らの運命は、どこへ向かうのか。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

子持ちオメガが運命の番と出会ったら

ゆう
BL
オメガバースのblです。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

処理中です...