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12.チーズをもぐもぐ
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ロナウドが他のチーズを刺して出す。それをまたマルがぱくりと咥える。
マルの頬はもぐもぐとよく動く。ごちそうだ、ごちそうだ、と幸せいっぱいの顔をして。
「……どうだ?」
「これも美味しいです!」
すると首元へもう一輪、小花が増えた。
ロナウドは繰り返しチーズを差し出し、マルは小花を次々と生む。皿にあったチーズを全て平らげると、代わりに小花が同じ数だけ残った。
「チーズが好きなら、また明日の晩に来るといい」
「いいんですか? ……あ、でも、花が生めるかどうかわかりませんけど……。こんなに連続で生めたのは初めてです……」
「それで構わない」
では明日の晩にまた、ということになって、マルは退室するついでに食器を下げた。よく考えてみれば、こうして片付けもするなら、仮に花が生まれなくてもただチーズを食べに行くことにはならないだろうと思えた。
廊下を歩く足取りが軽い。ふん、ふん、ふーんと鼻歌まで出た。理由はチーズだけではない。淡々と話すロナウドの目元が、緩んだ気がしたからだ。空気も和らいでいたし、マルへ気を許しているようで嬉しかったのだ。
それにしたって、ロナウドの父や兄とやらも、側にいれば分かるものを見ようともしなかったのだろう。
大人のくせに、父親のくせに、兄のくせに。顔も知らないどこかに住んでいる男爵家に胸がもやっとした。
食器を厨房に下げて、屋根裏の自室へ戻る。窓の外は真っ暗だが、今朝の眺めは素晴らしかった。素晴らしい一日が約束されたような眺めで、風のささやきも鳥のさえずりも聞いているだけで華やいだ気持ちになった。
この素敵な屋敷をロナウドのものにしてくれたことには感謝してやってもいいけど、無表情と言った男爵家の人間は許してやらないからな、と頬を膨らまして闇夜を睨み付けた。
翌朝もマルは元気に起きた。日中は料理長とマチルダとホセにならって、あれやこれやと教えて貰いながら、くたくたになるまで手伝った。時間はあっという間に過ぎていて、ついさっきまで高いところにあった陽は、いつ沈んだのかと驚いた。なにせ新しいことを覚えるのは新鮮で面白い。
自分たちの早めの夕食が済めば、あとはロナウドが帰宅するまで僅かな空き時間がある。銘々自由に過ごす中、マチルダはさっと針道具を取り出して言う。
「刺繍とおしゃべりは、淑女のたしなみなんだから」
マルはすぐ隣で、マグに入ったお湯を飲みながら聞いている。
マチルダは情報通で、王都で一番美味しい菓子店の話から、カエルム国の次の王様は第四王子になるかもしれないという話まで知っていた。
「王様って、一番先に生まれた王子様がなるんじゃないんですね」
「大抵はそうよ。でもね、第四王子様がとっても優秀で、王立アカデミーを卒業したら立太子するとかなんとからしいの。あたしは平和に暮らせるなら、どの王子様が王様になっても構わないと思うけどね」
でも、できればピンク色の髪をした王子様がいいわ、と目を輝かせた。王族には稀にピンク色の髪の毛の子が生まれるそうだ。マチルダの話はどれも興味深い。
帰宅したロナウドは、食後に約束通りマルを呼んだ。
今夜もグラスの中には赤ワインが注がれている。なんとロナウドの向かいには、マルの席まであった。そこには昨日と同じように、真っ白な皿へチーズが整列している。
「マル、チーズだ。遠慮せずに食べるがいい」
「ちいずです……ね」
言い淀むのにはわけがある。
今日のチーズは昨日のとはまた違う。ボロボロに形が崩れたもの、青いカビが生えたもの、白いカビがはえたもの、隅から隅まで真っ茶色のもの。
これは何かの間違いだろうか。どれも食べられる気がしない。
少し食べただけなら、腹を壊すだけで済むだろう。
マルは上等な食べ物は慣れていないけれど、腐ったものなら慣れていた。
でもロナウドはどうだろうか。想像してみたが、即座に無理だと思った。きっと半分、いや、そのまた半分の量で倒れてしまうに違いない。
マルはロナウドと運命を共にする覚悟はあるけれど、ロナウドの胃袋にそれを求めるのは酷だ。
「チーズとはちみつは相性がいいぞ」
マルは意を決した。腐ったチーズに希少価値のあるはちみつをかけるなんて冒涜のようだが、きらめく黄金色の罪悪感を青いカビだらけのチーズへとろりと垂らす。
フォークに刺して、ぱくりと一口。
ざらついた舌触り、ぴりっとする塩気、鼻に抜けるチーズの香り、そしてハチミツの甘さ。想像よりもずっと、アレだ。
「おいしい……」
「そうだろう。今日のチーズはどれもアニムスから、あぁ、この前私と一緒にいた隊員だが覚えているか? 彼から貰ったものだ。彼の実家は酪農を営んでいてな、王都に店も出している。その青カビのチーズは、一番売れ行きがいいそうだ」
カビが人気。王都は凄いところだ。
ならば他のも大丈夫だろうと、次から次へと食べてみる。どれもこれも好きになった。けれど、皿が空になっても花はおろか、葉もつるも生まれない。
「ごめんなさい、今日は全然花が生めなくて……」
「気にするな。好物だと言うから誘ったにすぎない。……だが、そうだな。昨日と同じように食べてみたらどうだろうか?」
ロナウドがチーズを刺して、マルへ差し出す。『昨日と同じ』なら、受け取るのは手ではない。
「これで花が生まれるんでしょうか……?」
「ものは試しだ。何もなかったところで一向に構わない」
「そういうことでしたら……」
あーんと開けて、ぱくりと食べる。
美味しい。同じチーズだから当然ではあるが。もぐもぐ噛んでいると、ロナウドの視線が刺さる。
一人か二人で使うのに丁度良い大きさのテーブル。向かい合わせで座っても近い。
睫が長い。目がきれい。唇も形が整っている。一度気が付いてしまうと、意識してしまう。
「どうした?」
「あ……ちいずが……おいしくて」
顔に見とれていました、とは言えなかった。食べたチーズだって、美味しいのには間違いない。
「そうか。アニムスに伝えておこう。そら、もう一切れどうだ」
再びチーズを差し出され、口を開けようとしたそのときだ。
「マル、喉元だ」
白い小花が生まれていた。
マルの頬はもぐもぐとよく動く。ごちそうだ、ごちそうだ、と幸せいっぱいの顔をして。
「……どうだ?」
「これも美味しいです!」
すると首元へもう一輪、小花が増えた。
ロナウドは繰り返しチーズを差し出し、マルは小花を次々と生む。皿にあったチーズを全て平らげると、代わりに小花が同じ数だけ残った。
「チーズが好きなら、また明日の晩に来るといい」
「いいんですか? ……あ、でも、花が生めるかどうかわかりませんけど……。こんなに連続で生めたのは初めてです……」
「それで構わない」
では明日の晩にまた、ということになって、マルは退室するついでに食器を下げた。よく考えてみれば、こうして片付けもするなら、仮に花が生まれなくてもただチーズを食べに行くことにはならないだろうと思えた。
廊下を歩く足取りが軽い。ふん、ふん、ふーんと鼻歌まで出た。理由はチーズだけではない。淡々と話すロナウドの目元が、緩んだ気がしたからだ。空気も和らいでいたし、マルへ気を許しているようで嬉しかったのだ。
それにしたって、ロナウドの父や兄とやらも、側にいれば分かるものを見ようともしなかったのだろう。
大人のくせに、父親のくせに、兄のくせに。顔も知らないどこかに住んでいる男爵家に胸がもやっとした。
食器を厨房に下げて、屋根裏の自室へ戻る。窓の外は真っ暗だが、今朝の眺めは素晴らしかった。素晴らしい一日が約束されたような眺めで、風のささやきも鳥のさえずりも聞いているだけで華やいだ気持ちになった。
この素敵な屋敷をロナウドのものにしてくれたことには感謝してやってもいいけど、無表情と言った男爵家の人間は許してやらないからな、と頬を膨らまして闇夜を睨み付けた。
翌朝もマルは元気に起きた。日中は料理長とマチルダとホセにならって、あれやこれやと教えて貰いながら、くたくたになるまで手伝った。時間はあっという間に過ぎていて、ついさっきまで高いところにあった陽は、いつ沈んだのかと驚いた。なにせ新しいことを覚えるのは新鮮で面白い。
自分たちの早めの夕食が済めば、あとはロナウドが帰宅するまで僅かな空き時間がある。銘々自由に過ごす中、マチルダはさっと針道具を取り出して言う。
「刺繍とおしゃべりは、淑女のたしなみなんだから」
マルはすぐ隣で、マグに入ったお湯を飲みながら聞いている。
マチルダは情報通で、王都で一番美味しい菓子店の話から、カエルム国の次の王様は第四王子になるかもしれないという話まで知っていた。
「王様って、一番先に生まれた王子様がなるんじゃないんですね」
「大抵はそうよ。でもね、第四王子様がとっても優秀で、王立アカデミーを卒業したら立太子するとかなんとからしいの。あたしは平和に暮らせるなら、どの王子様が王様になっても構わないと思うけどね」
でも、できればピンク色の髪をした王子様がいいわ、と目を輝かせた。王族には稀にピンク色の髪の毛の子が生まれるそうだ。マチルダの話はどれも興味深い。
帰宅したロナウドは、食後に約束通りマルを呼んだ。
今夜もグラスの中には赤ワインが注がれている。なんとロナウドの向かいには、マルの席まであった。そこには昨日と同じように、真っ白な皿へチーズが整列している。
「マル、チーズだ。遠慮せずに食べるがいい」
「ちいずです……ね」
言い淀むのにはわけがある。
今日のチーズは昨日のとはまた違う。ボロボロに形が崩れたもの、青いカビが生えたもの、白いカビがはえたもの、隅から隅まで真っ茶色のもの。
これは何かの間違いだろうか。どれも食べられる気がしない。
少し食べただけなら、腹を壊すだけで済むだろう。
マルは上等な食べ物は慣れていないけれど、腐ったものなら慣れていた。
でもロナウドはどうだろうか。想像してみたが、即座に無理だと思った。きっと半分、いや、そのまた半分の量で倒れてしまうに違いない。
マルはロナウドと運命を共にする覚悟はあるけれど、ロナウドの胃袋にそれを求めるのは酷だ。
「チーズとはちみつは相性がいいぞ」
マルは意を決した。腐ったチーズに希少価値のあるはちみつをかけるなんて冒涜のようだが、きらめく黄金色の罪悪感を青いカビだらけのチーズへとろりと垂らす。
フォークに刺して、ぱくりと一口。
ざらついた舌触り、ぴりっとする塩気、鼻に抜けるチーズの香り、そしてハチミツの甘さ。想像よりもずっと、アレだ。
「おいしい……」
「そうだろう。今日のチーズはどれもアニムスから、あぁ、この前私と一緒にいた隊員だが覚えているか? 彼から貰ったものだ。彼の実家は酪農を営んでいてな、王都に店も出している。その青カビのチーズは、一番売れ行きがいいそうだ」
カビが人気。王都は凄いところだ。
ならば他のも大丈夫だろうと、次から次へと食べてみる。どれもこれも好きになった。けれど、皿が空になっても花はおろか、葉もつるも生まれない。
「ごめんなさい、今日は全然花が生めなくて……」
「気にするな。好物だと言うから誘ったにすぎない。……だが、そうだな。昨日と同じように食べてみたらどうだろうか?」
ロナウドがチーズを刺して、マルへ差し出す。『昨日と同じ』なら、受け取るのは手ではない。
「これで花が生まれるんでしょうか……?」
「ものは試しだ。何もなかったところで一向に構わない」
「そういうことでしたら……」
あーんと開けて、ぱくりと食べる。
美味しい。同じチーズだから当然ではあるが。もぐもぐ噛んでいると、ロナウドの視線が刺さる。
一人か二人で使うのに丁度良い大きさのテーブル。向かい合わせで座っても近い。
睫が長い。目がきれい。唇も形が整っている。一度気が付いてしまうと、意識してしまう。
「どうした?」
「あ……ちいずが……おいしくて」
顔に見とれていました、とは言えなかった。食べたチーズだって、美味しいのには間違いない。
「そうか。アニムスに伝えておこう。そら、もう一切れどうだ」
再びチーズを差し出され、口を開けようとしたそのときだ。
「マル、喉元だ」
白い小花が生まれていた。
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