■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

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37.望まぬ再会

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 どうして。
 それしか思いつかない。
 どうして、ごろつきがここにいるのか。
 マルの背中を、ごみ屑以下にした男だ。卑猥な言葉、メモ代わり、暇つぶしにと、何でも書いては塗りつぶし、それも面倒になれば重ね書き。おかげでマルの背中は盛り上がった傷や落書きだらけで、きれいな皮膚はほとんどないのだ。
 真っ黒な傷と、忘れられない過去を作った張本人のゴロナ。マチルダと市場に出かけたときに見間ちがえたが、そこにいるのは悲しいほど本人だ。

「う……ぁっ……」

 口から漏れるのは意味不明の音。どうしたらいいのかなんて、何も思い浮かばない。

「驚いて声も出ねぇか。俺も驚いたぜ。こんなとこで見たことのある銀髪のガキが歩いてんだからな。まさかと思ったらとんずらこいた『痛み』だ。なあ、お前も俺と会えて嬉しいよな、そうだろ? ……嬉しいって言ってみろよ」
「……う」
「言え」
「う、うぇ……しぃ……で……す」

 ゴロナの脅迫に、マルは震えながら何とか答えた。
 嫌だ、怖い、逃げたい。頭は完全に拒否をしているのに、過去の呪縛は、マルを再び支配下に置く。

「そーかそーか、お前もそう思うか、はっはっは」

 ゴロナが棒立ちになっているマルの背中を軽く叩いた。恐怖には重さがある。叩かれた場所から、鉛が注がれるようだった。

「昔の仲間はほとんどとっ捕まっちまったけどよぉ、余計な奴らがいなくなって逆にせいせいしたぜ」

 地方から王都へ侵入した犯罪者たちは、先日討伐によって捕まっている。けれど、指名手配されてなかった小物が何名か逃げているという情報を思い出した。その一名が、最悪なことにゴロナだったのだろう。よりによって。

「こいつは挨拶代わりに貰っていくぜ」

 マルにいつの間にか生まれていた葉とつるを、ゴロナは雑に掴かみ取る。マルの髪も一緒にぶちぶちと引き抜いた。けれどゴロナはちっとも気にしていないようで、機嫌良く銀色の糸もトラウザーズのポケットへ詰め込んでいった。

「もうちっと貰おうか」

 そう言って、ゴロナは露天で買ったのだろうホットワインを、マルの手元へひっくり返す。

「あっ!」

 マルが手に持っていた四枚の真っ白のハンカチが、みるみるうちにワイン色に染まる。
 まだ支払いをしていないものだ。ゴロナの意味不明な行動に、マルは頭が真っ白になった。

「ちょっとお客さん、売りもんに何するんだ!」

 それまで迷惑そうにしながらも口を出さなかった老女が、慌ててゴロナへ詰め寄った。だが襟元を掴まれて、簡単につま先立ちにさせられた。

「うっせぇクソババア。金はこいつが払う。ガタガタ言ってんじゃねぇ、今すぐ墓に入りてぇのか⁈」
「ひいぃっ!」

 ゴロナが老女を更に持ち上げようとする腕に、マルは必死に飛びつく。

「や、やめてあげてっ」
「おう、いいぜ」

 拍子抜けするほど簡単に、ゴロナは手を離す。老女はゲホゲホと咳き込んだ。

「いいか『痛み』よぉ。お前は俺たちから逃げたくせに、今も俺へ借りを作ったんだからな。全部しっかり返してもらうぜ。高ぇぞ、こいつはよお」

 にい、とゆっくり唇をめくって笑う。この笑い方がマルは嫌いだった。ろくでもないことしかされなかったが、この笑いの後には特別酷いことばかりされたからだ。
 だからずっと、笑う大人は大嫌いだったのだ。
 カラコロと軽やかな鐘の音を鳴らし、ゴロナは店から去った。静寂の中で咳き込む音が続くので、老女の背をさすろうとマルが近づくと、手の甲を強く叩かれた。

「なんなんだいアンタは! あんな奴を呼び込んでからに、酷いじゃないか! ダメにされた商品は、全部アンタに弁償して貰うからねっ!」

 弱々しく見えた老女は咳き込むのをぴたりとやめて、マルへ噛みついてきた。

「ごめんなさい……。でも、俺が呼んだんじゃなくって……」
「しらばっくれるんじゃないよ! 知り合いだったじゃないかっ!」
 マルに非がないのは明白だが、老女はマルに賠償を押しつけた。突然やってきた乱暴な大男を追いかけて責任を追及するより、目の前の子どもにさせた方が手っ取り早く、また、自らの気も紛れるのだろう。
 事実、打ちひしがれているマルは、汚された四枚のハンカチの代金を支払おうと改めて銀貨を出す。

「迷惑料も出しなっ! 払わないって言うならアンタを治安部へ引き渡してやるから!」
「ごっ……ごめ、ごめんな……さい」

 治安部に引き渡されてしまえば、すぐに逃亡奴隷と知られてしまうだろう。それだけは避けなければいけない。
 麻袋には残り二枚の銀貨がある。老女はマルの手から麻袋を勝手に奪うと、全て抜き取ってマルに突き返した。

「あたしゃアンタたちと違って善良なんだ。これっぽっちじゃ全然足りないけど、これで勘弁してやるよ。相手があたしで良かったと思うんだね。花生みなんだから、金くらいいくらでも作れるんだろう。楽して生きてたって、ろくな人間になれやしないんだから」

 老女は荒く鼻息を一つすると「二度とうちの店に来ないどくれ」と吐き捨てて、マルを睨め付けた。
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