37 / 67
37.望まぬ再会
しおりを挟む
どうして。
それしか思いつかない。
どうして、ごろつきがここにいるのか。
マルの背中を、ごみ屑以下にした男だ。卑猥な言葉、メモ代わり、暇つぶしにと、何でも書いては塗りつぶし、それも面倒になれば重ね書き。おかげでマルの背中は盛り上がった傷や落書きだらけで、きれいな皮膚はほとんどないのだ。
真っ黒な傷と、忘れられない過去を作った張本人のゴロナ。マチルダと市場に出かけたときに見間ちがえたが、そこにいるのは悲しいほど本人だ。
「う……ぁっ……」
口から漏れるのは意味不明の音。どうしたらいいのかなんて、何も思い浮かばない。
「驚いて声も出ねぇか。俺も驚いたぜ。こんなとこで見たことのある銀髪のガキが歩いてんだからな。まさかと思ったらとんずらこいた『痛み』だ。なあ、お前も俺と会えて嬉しいよな、そうだろ? ……嬉しいって言ってみろよ」
「……う」
「言え」
「う、うぇ……しぃ……で……す」
ゴロナの脅迫に、マルは震えながら何とか答えた。
嫌だ、怖い、逃げたい。頭は完全に拒否をしているのに、過去の呪縛は、マルを再び支配下に置く。
「そーかそーか、お前もそう思うか、はっはっは」
ゴロナが棒立ちになっているマルの背中を軽く叩いた。恐怖には重さがある。叩かれた場所から、鉛が注がれるようだった。
「昔の仲間はほとんどとっ捕まっちまったけどよぉ、余計な奴らがいなくなって逆にせいせいしたぜ」
地方から王都へ侵入した犯罪者たちは、先日討伐によって捕まっている。けれど、指名手配されてなかった小物が何名か逃げているという情報を思い出した。その一名が、最悪なことにゴロナだったのだろう。よりによって。
「こいつは挨拶代わりに貰っていくぜ」
マルにいつの間にか生まれていた葉とつるを、ゴロナは雑に掴かみ取る。マルの髪も一緒にぶちぶちと引き抜いた。けれどゴロナはちっとも気にしていないようで、機嫌良く銀色の糸もトラウザーズのポケットへ詰め込んでいった。
「もうちっと貰おうか」
そう言って、ゴロナは露天で買ったのだろうホットワインを、マルの手元へひっくり返す。
「あっ!」
マルが手に持っていた四枚の真っ白のハンカチが、みるみるうちにワイン色に染まる。
まだ支払いをしていないものだ。ゴロナの意味不明な行動に、マルは頭が真っ白になった。
「ちょっとお客さん、売りもんに何するんだ!」
それまで迷惑そうにしながらも口を出さなかった老女が、慌ててゴロナへ詰め寄った。だが襟元を掴まれて、簡単につま先立ちにさせられた。
「うっせぇクソババア。金はこいつが払う。ガタガタ言ってんじゃねぇ、今すぐ墓に入りてぇのか⁈」
「ひいぃっ!」
ゴロナが老女を更に持ち上げようとする腕に、マルは必死に飛びつく。
「や、やめてあげてっ」
「おう、いいぜ」
拍子抜けするほど簡単に、ゴロナは手を離す。老女はゲホゲホと咳き込んだ。
「いいか『痛み』よぉ。お前は俺たちから逃げたくせに、今も俺へ借りを作ったんだからな。全部しっかり返してもらうぜ。高ぇぞ、こいつはよお」
にい、とゆっくり唇をめくって笑う。この笑い方がマルは嫌いだった。ろくでもないことしかされなかったが、この笑いの後には特別酷いことばかりされたからだ。
だからずっと、笑う大人は大嫌いだったのだ。
カラコロと軽やかな鐘の音を鳴らし、ゴロナは店から去った。静寂の中で咳き込む音が続くので、老女の背をさすろうとマルが近づくと、手の甲を強く叩かれた。
「なんなんだいアンタは! あんな奴を呼び込んでからに、酷いじゃないか! ダメにされた商品は、全部アンタに弁償して貰うからねっ!」
弱々しく見えた老女は咳き込むのをぴたりとやめて、マルへ噛みついてきた。
「ごめんなさい……。でも、俺が呼んだんじゃなくって……」
「しらばっくれるんじゃないよ! 知り合いだったじゃないかっ!」
マルに非がないのは明白だが、老女はマルに賠償を押しつけた。突然やってきた乱暴な大男を追いかけて責任を追及するより、目の前の子どもにさせた方が手っ取り早く、また、自らの気も紛れるのだろう。
事実、打ちひしがれているマルは、汚された四枚のハンカチの代金を支払おうと改めて銀貨を出す。
「迷惑料も出しなっ! 払わないって言うならアンタを治安部へ引き渡してやるから!」
「ごっ……ごめ、ごめんな……さい」
治安部に引き渡されてしまえば、すぐに逃亡奴隷と知られてしまうだろう。それだけは避けなければいけない。
麻袋には残り二枚の銀貨がある。老女はマルの手から麻袋を勝手に奪うと、全て抜き取ってマルに突き返した。
「あたしゃアンタたちと違って善良なんだ。これっぽっちじゃ全然足りないけど、これで勘弁してやるよ。相手があたしで良かったと思うんだね。花生みなんだから、金くらいいくらでも作れるんだろう。楽して生きてたって、ろくな人間になれやしないんだから」
老女は荒く鼻息を一つすると「二度とうちの店に来ないどくれ」と吐き捨てて、マルを睨め付けた。
それしか思いつかない。
どうして、ごろつきがここにいるのか。
マルの背中を、ごみ屑以下にした男だ。卑猥な言葉、メモ代わり、暇つぶしにと、何でも書いては塗りつぶし、それも面倒になれば重ね書き。おかげでマルの背中は盛り上がった傷や落書きだらけで、きれいな皮膚はほとんどないのだ。
真っ黒な傷と、忘れられない過去を作った張本人のゴロナ。マチルダと市場に出かけたときに見間ちがえたが、そこにいるのは悲しいほど本人だ。
「う……ぁっ……」
口から漏れるのは意味不明の音。どうしたらいいのかなんて、何も思い浮かばない。
「驚いて声も出ねぇか。俺も驚いたぜ。こんなとこで見たことのある銀髪のガキが歩いてんだからな。まさかと思ったらとんずらこいた『痛み』だ。なあ、お前も俺と会えて嬉しいよな、そうだろ? ……嬉しいって言ってみろよ」
「……う」
「言え」
「う、うぇ……しぃ……で……す」
ゴロナの脅迫に、マルは震えながら何とか答えた。
嫌だ、怖い、逃げたい。頭は完全に拒否をしているのに、過去の呪縛は、マルを再び支配下に置く。
「そーかそーか、お前もそう思うか、はっはっは」
ゴロナが棒立ちになっているマルの背中を軽く叩いた。恐怖には重さがある。叩かれた場所から、鉛が注がれるようだった。
「昔の仲間はほとんどとっ捕まっちまったけどよぉ、余計な奴らがいなくなって逆にせいせいしたぜ」
地方から王都へ侵入した犯罪者たちは、先日討伐によって捕まっている。けれど、指名手配されてなかった小物が何名か逃げているという情報を思い出した。その一名が、最悪なことにゴロナだったのだろう。よりによって。
「こいつは挨拶代わりに貰っていくぜ」
マルにいつの間にか生まれていた葉とつるを、ゴロナは雑に掴かみ取る。マルの髪も一緒にぶちぶちと引き抜いた。けれどゴロナはちっとも気にしていないようで、機嫌良く銀色の糸もトラウザーズのポケットへ詰め込んでいった。
「もうちっと貰おうか」
そう言って、ゴロナは露天で買ったのだろうホットワインを、マルの手元へひっくり返す。
「あっ!」
マルが手に持っていた四枚の真っ白のハンカチが、みるみるうちにワイン色に染まる。
まだ支払いをしていないものだ。ゴロナの意味不明な行動に、マルは頭が真っ白になった。
「ちょっとお客さん、売りもんに何するんだ!」
それまで迷惑そうにしながらも口を出さなかった老女が、慌ててゴロナへ詰め寄った。だが襟元を掴まれて、簡単につま先立ちにさせられた。
「うっせぇクソババア。金はこいつが払う。ガタガタ言ってんじゃねぇ、今すぐ墓に入りてぇのか⁈」
「ひいぃっ!」
ゴロナが老女を更に持ち上げようとする腕に、マルは必死に飛びつく。
「や、やめてあげてっ」
「おう、いいぜ」
拍子抜けするほど簡単に、ゴロナは手を離す。老女はゲホゲホと咳き込んだ。
「いいか『痛み』よぉ。お前は俺たちから逃げたくせに、今も俺へ借りを作ったんだからな。全部しっかり返してもらうぜ。高ぇぞ、こいつはよお」
にい、とゆっくり唇をめくって笑う。この笑い方がマルは嫌いだった。ろくでもないことしかされなかったが、この笑いの後には特別酷いことばかりされたからだ。
だからずっと、笑う大人は大嫌いだったのだ。
カラコロと軽やかな鐘の音を鳴らし、ゴロナは店から去った。静寂の中で咳き込む音が続くので、老女の背をさすろうとマルが近づくと、手の甲を強く叩かれた。
「なんなんだいアンタは! あんな奴を呼び込んでからに、酷いじゃないか! ダメにされた商品は、全部アンタに弁償して貰うからねっ!」
弱々しく見えた老女は咳き込むのをぴたりとやめて、マルへ噛みついてきた。
「ごめんなさい……。でも、俺が呼んだんじゃなくって……」
「しらばっくれるんじゃないよ! 知り合いだったじゃないかっ!」
マルに非がないのは明白だが、老女はマルに賠償を押しつけた。突然やってきた乱暴な大男を追いかけて責任を追及するより、目の前の子どもにさせた方が手っ取り早く、また、自らの気も紛れるのだろう。
事実、打ちひしがれているマルは、汚された四枚のハンカチの代金を支払おうと改めて銀貨を出す。
「迷惑料も出しなっ! 払わないって言うならアンタを治安部へ引き渡してやるから!」
「ごっ……ごめ、ごめんな……さい」
治安部に引き渡されてしまえば、すぐに逃亡奴隷と知られてしまうだろう。それだけは避けなければいけない。
麻袋には残り二枚の銀貨がある。老女はマルの手から麻袋を勝手に奪うと、全て抜き取ってマルに突き返した。
「あたしゃアンタたちと違って善良なんだ。これっぽっちじゃ全然足りないけど、これで勘弁してやるよ。相手があたしで良かったと思うんだね。花生みなんだから、金くらいいくらでも作れるんだろう。楽して生きてたって、ろくな人間になれやしないんだから」
老女は荒く鼻息を一つすると「二度とうちの店に来ないどくれ」と吐き捨てて、マルを睨め付けた。
84
あなたにおすすめの小説
魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に1話ずつ更新
復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。
篠雨
BL
予言の魔王として闇に閉ざされた屋敷に隔離されていたノアール。孤独な日々の中、彼は唯一の光であった少年セレを、手元に鎖で繋ぎ留めていた。
3年後、鎖を解かれ王城に連れ去られたセレは、光の勇者としてノアールの前に戻ってきた。それは、ノアールの罪を裁く、滅却の剣。
ノアールが死を受け入れる中、勇者セレが選んだのは、王城の命令に背き、彼を殺さずに再び鎖で繋ぎ直すという、最も歪んだ復讐だった。
「お前は俺の獲物だ。誰にも殺させないし、絶対に離してなんかやらない」
孤独と憎悪に囚われた勇者は、魔王を「復讐の道具」として秘密裏に支配下に置く。しかし、制御不能な力を持つ勇者を恐れた王城は、ついに二人を排除するための罠を仕掛ける。
歪んだ愛憎と贖罪が絡み合う、光と闇の立場が逆転した物語――彼らの運命は、どこへ向かうのか。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる