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勉強する人と、拗ねる人
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終業を知らせる鐘の音に気が付いて、フランシーナはふと顔を上げた。
窓の景色はいつの間にか夕焼けに変わっており、しんとした旧図書室を橙色に照らしている。
(久しぶりに時間を忘れて勉強した気がするわ……)
だるくなった腕を、ぐーんと上げて伸びをした。
このところ、校舎にいても寮にいても、いつも誰かがこちらを見ていて。どこにいても落ち着かない日々を送っていたのだ。
(誰からの視線も無い空間……こんなに素晴らしいものだったのね)
人気の無い旧図書室は、心から落ち着ける場所だった。
また明日もここへ来よう、そうしようとフランシーナが心に決めた時、隣から小さな咳払いが聞こえた。
「……ねえ、君っていつもこうなの?」
「あ。エドゥアルド様」
振り向くと、エドゥアルドが腕組みをしてこちらを見ていた。
そういえば彼も一緒にここへ連れてきたのだった。
勉強を始めてしまえば、その存在を忘れてしまっていたけれど。エドゥアルドは終業の鐘が鳴るまでの数時間、ずっと待っていてくれたらしい。
「勉強している間、一言も喋らなかったね」
「? はい」
「一度も、こちらを見ないし」
「そうですね、勉強中でしたから……」
彼はフランシーナから放っておかれたことに、なぜか落ち込んでいるようである。
確かに連れてきておいて放っておくなんて薄情だっただろうか……とも思うけれど、こちらとしては困ってしまう。
だって、フランシーナはここへ勉強しに来たのだ。
勉強中に喋る必要は無いし、誰かと喋ることもない。気分が乗っている時なんか、視線は参考書とノートをひたすら往復する。そういうものではないだろうか。
「久々に集中できまして、つい……ただ、勉強中はおおむねこんな感じです、私は」
「そう……フランシーナは本当に勉強が好きなんだね……僕と二人きりなのに、全く気にならないくらい……」
あまりにも放っておき過ぎて、エドゥアルドのプライドを傷つけてしまったかもしれない。彼らしくない卑屈さが目に余る。
仕方がないので、フランシーナは急いで弁解をした。
「勉強が好きというわけではないのですが、成績を維持していたいのです。決して、エドゥアルド様と話したくないとかいう訳ではないので……」
憧れの事務官となるためには、任用試験の他にも学園での成績を提出する必要があった。
対象となるのは、入学後からの三年間。年によっては、任用試験よりも学業成績を優先して選考する……なんて試験官も存在するという噂さえある。
そんな恐ろしい話を聞いてしまえば、定期的に行われる実力試験でも手を抜くことが出来なくなってしまった。
とにかく、事務官任用試験には何がなんでも受かりたい。
選考で有利になるように、なるべく良い成績を……とバリバリ頑張っては一位を維持しているのである。
「三年間を通して一位ですと、きっと成績についてはこれ以上ない評価を貰えるでしょう? 事務官任用試験は狭き門ですから、なるべく保険をかけておきたいのです」
「本当に、君は事務官になることしか頭にないんだね」
「それって……もしかして貶してます?」
毒のあるエドゥアルドの言葉を受け流しつつ、帰り支度を始めた時。
「フランシーナ・アントン君。いるかい」
廊下からゲオルグ先生の声がした。
ゲオルグは、この旧図書室を口止めの道具としてフランシーナへ提供した張本人だ。
彼自身もサボるためにここを利用することはあるのだが、今日はそうではないらしい。フランシーナに用事があるようである。
「ゲオルグ先生……? なにか?」
「ああ、いたいた。君はきっとここにいると思ったから。ほら、これ。頼まれていた解説集」
「えっ! あ、ありがとうございます!!」
途端に、フランシーナの目がパッと輝く。
以前から試験の解説集に目を通しておきたくて、ゲオルグにお願いしておいたのだ。
まさかゲオルグ自ら、ここまで持ってきてくれるとは思わなかったけれど……不意打ちのことに、笑みが止まらない。
ゲオルグはフランシーナへ解説集を手渡すと、奥にいたエドゥアルドにチラリと目をやった。
「……意外な組み合わせだなあ」
「え?」
「いや、君達の噂は耳にしたけど。なるほどなるほど」
二人の噂は、教師であるゲオルグの耳にも届いていたらしい。
ここ数日、学園中であれだけ噂されているのだ。教師達が知っていてもおかしくは無い。
彼は無精ひげを擦りながら、フランシーナとエドゥアルドを交互に見比べている。
「そんなに睨まないでくれよ、エドゥアルド君」
「別に睨んでなんかいませんよ」
「君の目が、いつもより険しい気がするんだけど?」
(え? エドゥアルド様、どうしちゃったの……?)
突然ゲオルグへの敵意をむき出しにしたエドゥアルドに、フランシーナは固まった。
ゲオルグも、いつもと違う彼の態度に興味を示している。
皆の前で爽やかな笑顔を絶やさないエドゥアルドは、教師の前ではひときわ優等生だったはずだった。
そんな、何よりもイメージを大切にする男が、教師を前にして睨みつけるなんて。
窓の景色はいつの間にか夕焼けに変わっており、しんとした旧図書室を橙色に照らしている。
(久しぶりに時間を忘れて勉強した気がするわ……)
だるくなった腕を、ぐーんと上げて伸びをした。
このところ、校舎にいても寮にいても、いつも誰かがこちらを見ていて。どこにいても落ち着かない日々を送っていたのだ。
(誰からの視線も無い空間……こんなに素晴らしいものだったのね)
人気の無い旧図書室は、心から落ち着ける場所だった。
また明日もここへ来よう、そうしようとフランシーナが心に決めた時、隣から小さな咳払いが聞こえた。
「……ねえ、君っていつもこうなの?」
「あ。エドゥアルド様」
振り向くと、エドゥアルドが腕組みをしてこちらを見ていた。
そういえば彼も一緒にここへ連れてきたのだった。
勉強を始めてしまえば、その存在を忘れてしまっていたけれど。エドゥアルドは終業の鐘が鳴るまでの数時間、ずっと待っていてくれたらしい。
「勉強している間、一言も喋らなかったね」
「? はい」
「一度も、こちらを見ないし」
「そうですね、勉強中でしたから……」
彼はフランシーナから放っておかれたことに、なぜか落ち込んでいるようである。
確かに連れてきておいて放っておくなんて薄情だっただろうか……とも思うけれど、こちらとしては困ってしまう。
だって、フランシーナはここへ勉強しに来たのだ。
勉強中に喋る必要は無いし、誰かと喋ることもない。気分が乗っている時なんか、視線は参考書とノートをひたすら往復する。そういうものではないだろうか。
「久々に集中できまして、つい……ただ、勉強中はおおむねこんな感じです、私は」
「そう……フランシーナは本当に勉強が好きなんだね……僕と二人きりなのに、全く気にならないくらい……」
あまりにも放っておき過ぎて、エドゥアルドのプライドを傷つけてしまったかもしれない。彼らしくない卑屈さが目に余る。
仕方がないので、フランシーナは急いで弁解をした。
「勉強が好きというわけではないのですが、成績を維持していたいのです。決して、エドゥアルド様と話したくないとかいう訳ではないので……」
憧れの事務官となるためには、任用試験の他にも学園での成績を提出する必要があった。
対象となるのは、入学後からの三年間。年によっては、任用試験よりも学業成績を優先して選考する……なんて試験官も存在するという噂さえある。
そんな恐ろしい話を聞いてしまえば、定期的に行われる実力試験でも手を抜くことが出来なくなってしまった。
とにかく、事務官任用試験には何がなんでも受かりたい。
選考で有利になるように、なるべく良い成績を……とバリバリ頑張っては一位を維持しているのである。
「三年間を通して一位ですと、きっと成績についてはこれ以上ない評価を貰えるでしょう? 事務官任用試験は狭き門ですから、なるべく保険をかけておきたいのです」
「本当に、君は事務官になることしか頭にないんだね」
「それって……もしかして貶してます?」
毒のあるエドゥアルドの言葉を受け流しつつ、帰り支度を始めた時。
「フランシーナ・アントン君。いるかい」
廊下からゲオルグ先生の声がした。
ゲオルグは、この旧図書室を口止めの道具としてフランシーナへ提供した張本人だ。
彼自身もサボるためにここを利用することはあるのだが、今日はそうではないらしい。フランシーナに用事があるようである。
「ゲオルグ先生……? なにか?」
「ああ、いたいた。君はきっとここにいると思ったから。ほら、これ。頼まれていた解説集」
「えっ! あ、ありがとうございます!!」
途端に、フランシーナの目がパッと輝く。
以前から試験の解説集に目を通しておきたくて、ゲオルグにお願いしておいたのだ。
まさかゲオルグ自ら、ここまで持ってきてくれるとは思わなかったけれど……不意打ちのことに、笑みが止まらない。
ゲオルグはフランシーナへ解説集を手渡すと、奥にいたエドゥアルドにチラリと目をやった。
「……意外な組み合わせだなあ」
「え?」
「いや、君達の噂は耳にしたけど。なるほどなるほど」
二人の噂は、教師であるゲオルグの耳にも届いていたらしい。
ここ数日、学園中であれだけ噂されているのだ。教師達が知っていてもおかしくは無い。
彼は無精ひげを擦りながら、フランシーナとエドゥアルドを交互に見比べている。
「そんなに睨まないでくれよ、エドゥアルド君」
「別に睨んでなんかいませんよ」
「君の目が、いつもより険しい気がするんだけど?」
(え? エドゥアルド様、どうしちゃったの……?)
突然ゲオルグへの敵意をむき出しにしたエドゥアルドに、フランシーナは固まった。
ゲオルグも、いつもと違う彼の態度に興味を示している。
皆の前で爽やかな笑顔を絶やさないエドゥアルドは、教師の前ではひときわ優等生だったはずだった。
そんな、何よりもイメージを大切にする男が、教師を前にして睨みつけるなんて。
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