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両親のおもかげ
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現在、ラウレルとの暮らしに不満は無い。
むしろ彼には助けられている部分も多い。
けれど、やはり結婚前の男女がひとつ屋根の下で暮らし続けるというのは、あまり宜しくないのでは……とも思う。こう思うビオレッタは冷たいだろうか。
「あの……そのことなのですが――」
「ビオレッタさんのご両親って――」
ラウレルにそれとなくビオレッタの考えを伝えようとしたけれど、彼と言葉が重なってしまい言い出すタイミングを失った。
それに気付かないラウレルは、道具屋に置いてある計算道具を手に取り、しげしげと見つめている。
「もしかしてご両親は元々、行商人だったのではないですか」
「えっ、なぜ分かるのですか?」
言い当てられたことに、ビオレッタは驚いた。
ラウレルの言うとおり、両親はもともと世界各地を点々としていた行商人だ。
父と母は商人同士、旅の途中で出会い、そして結婚したと聞いている。
「父と母は、偶然立ち寄ったグリシナの浜辺で予知夢を見たそうなのです。この村で道具屋を営んでいる光景が見えたとかで……それでここに店を構えたらしくて」
「なるほど。だからこのような道具を使っているんですね」
ラウレルが手にした計算道具。
それは昔から両親が愛用していたものだった。
木枠に並行して数本の針金が張ってあり、そこに堅い木の珠が通されている。計算をする時はその珠を動かすだけという、とても便利な道具だ。
「この道具、移動する時でも持ち運びが便利で、行商人達が持っているのをよく見ました。けど、このあたりではあまりポピュラーな道具では無いんですよね」
「そうだったのですか? 当たり前に使っていたので知りませんでした。確かに持ち運ぶには良いですよね」
「この帳簿の付け方も、効率が良くて素晴らしいですよね。紙が少なくて済むから――」
一緒に暮らして一ヶ月ほど。ラウレルは、道具屋の様子までよく観察しているようだった。
これまで帳簿の付け方や商品の仕入れなど、両親のやり方を見よう見まねで続けてきたが――なるほど、行商人であった両親の名残があったらしい。
「ラウレル様はすごいですね。少し見ただけで、私の両親のことまで分かってしまうなんて」
「いえ、そんなことはありません。経験上、見たことがあるというだけで――そうだ」
ラウレルは、道具屋のカウンターに置いてあるランタンを手に取った。
鈍色に輝くフレームに、レリーフ入りのガラスがはられた可愛らしいものだ。中にキャンドルを灯すと、明かりのない夜を優しく照らしてくれる。
それも、両親が現在の頃からずっと使い続けていた。
「これも、エーデルニの街の名産品なんですよ」
「エーデルニ……?」
「子を望む夫婦が、訪れる街なのです」
エーデルニは、グリシナ村のずっとずっと西に位置する大きな街だった。街の北側には大きな運河が横切っており、その先に子宝の女神を祀る大きな神殿があるという。
「その神殿には跳ね橋を下ろして行くしかないんですけど、そこに以前モンスターが現れまして。討伐の要請があって、訪れたことがあったのです」
モンスターは、行く手を阻むかのごとく跳ね橋手前に陣取った。そこでラウレル達勇者一行が討伐を引き受け、そのモンスターを退治したということがあったらしい。
「よく覚えています。神殿へ参拝した人々は、みんな祈りを込めたランタンを持ち帰っていたので」
「で、では、父と母も」
「かつてエーデルニへ行かれたのでしょうね。ビオレッタさんを授かりたくて」
ビオレッタは、ラウレルの手にあるランタンを見つめた。
毎日、何気なく使っていた淡い灯火にそのような願いが込められていたなんて。
「……いつか、私も行ってみたいです。エーデルニへ」
「そうですね! ご両親が行った場所――ビオレッタさんが行きたいと思う場所、すべて行きましょう!」
「はい……連れて行ってください、ラウレル様」
ビオレッタと同じ、孤独を知っているはずのラウレルは、そんな影も見せずに明るく笑う。
その強さは惹きつけられるものがあって、ビオレッタも大きく頷いた。
むしろ彼には助けられている部分も多い。
けれど、やはり結婚前の男女がひとつ屋根の下で暮らし続けるというのは、あまり宜しくないのでは……とも思う。こう思うビオレッタは冷たいだろうか。
「あの……そのことなのですが――」
「ビオレッタさんのご両親って――」
ラウレルにそれとなくビオレッタの考えを伝えようとしたけれど、彼と言葉が重なってしまい言い出すタイミングを失った。
それに気付かないラウレルは、道具屋に置いてある計算道具を手に取り、しげしげと見つめている。
「もしかしてご両親は元々、行商人だったのではないですか」
「えっ、なぜ分かるのですか?」
言い当てられたことに、ビオレッタは驚いた。
ラウレルの言うとおり、両親はもともと世界各地を点々としていた行商人だ。
父と母は商人同士、旅の途中で出会い、そして結婚したと聞いている。
「父と母は、偶然立ち寄ったグリシナの浜辺で予知夢を見たそうなのです。この村で道具屋を営んでいる光景が見えたとかで……それでここに店を構えたらしくて」
「なるほど。だからこのような道具を使っているんですね」
ラウレルが手にした計算道具。
それは昔から両親が愛用していたものだった。
木枠に並行して数本の針金が張ってあり、そこに堅い木の珠が通されている。計算をする時はその珠を動かすだけという、とても便利な道具だ。
「この道具、移動する時でも持ち運びが便利で、行商人達が持っているのをよく見ました。けど、このあたりではあまりポピュラーな道具では無いんですよね」
「そうだったのですか? 当たり前に使っていたので知りませんでした。確かに持ち運ぶには良いですよね」
「この帳簿の付け方も、効率が良くて素晴らしいですよね。紙が少なくて済むから――」
一緒に暮らして一ヶ月ほど。ラウレルは、道具屋の様子までよく観察しているようだった。
これまで帳簿の付け方や商品の仕入れなど、両親のやり方を見よう見まねで続けてきたが――なるほど、行商人であった両親の名残があったらしい。
「ラウレル様はすごいですね。少し見ただけで、私の両親のことまで分かってしまうなんて」
「いえ、そんなことはありません。経験上、見たことがあるというだけで――そうだ」
ラウレルは、道具屋のカウンターに置いてあるランタンを手に取った。
鈍色に輝くフレームに、レリーフ入りのガラスがはられた可愛らしいものだ。中にキャンドルを灯すと、明かりのない夜を優しく照らしてくれる。
それも、両親が現在の頃からずっと使い続けていた。
「これも、エーデルニの街の名産品なんですよ」
「エーデルニ……?」
「子を望む夫婦が、訪れる街なのです」
エーデルニは、グリシナ村のずっとずっと西に位置する大きな街だった。街の北側には大きな運河が横切っており、その先に子宝の女神を祀る大きな神殿があるという。
「その神殿には跳ね橋を下ろして行くしかないんですけど、そこに以前モンスターが現れまして。討伐の要請があって、訪れたことがあったのです」
モンスターは、行く手を阻むかのごとく跳ね橋手前に陣取った。そこでラウレル達勇者一行が討伐を引き受け、そのモンスターを退治したということがあったらしい。
「よく覚えています。神殿へ参拝した人々は、みんな祈りを込めたランタンを持ち帰っていたので」
「で、では、父と母も」
「かつてエーデルニへ行かれたのでしょうね。ビオレッタさんを授かりたくて」
ビオレッタは、ラウレルの手にあるランタンを見つめた。
毎日、何気なく使っていた淡い灯火にそのような願いが込められていたなんて。
「……いつか、私も行ってみたいです。エーデルニへ」
「そうですね! ご両親が行った場所――ビオレッタさんが行きたいと思う場所、すべて行きましょう!」
「はい……連れて行ってください、ラウレル様」
ビオレッタと同じ、孤独を知っているはずのラウレルは、そんな影も見せずに明るく笑う。
その強さは惹きつけられるものがあって、ビオレッタも大きく頷いた。
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