3 / 29
道案内の思い出
しおりを挟む
あれは小さな頃、ブレアウッドの森で迷子になった日のことだ。
ただし、精霊が住むと言われるこの森は、子供が遊びに行くような森ではなかった。
小道はあっても整備されているわけではなく、奥へ進めば進むほど鬱蒼と暗くなる。この森は、大人でも一歩足を踏み入れれば迷ってしまいそうな不気味さがあって、子供なら親から「近づいちゃだめ!」と止められるような場所だった。
そんな森で私が迷子になったのは、義母に置き去りにされたためだ。
実母の死後、ソルシェ家にやって来た義母とミルフィは、先妻の子であった私のことが邪魔だった。
あの頃はまだ父が生きていて、ソルシェ家にも余裕があって……唯一の肉親である父は私を可愛がってくれていたけれど、その様子を見る義母の目はどこか引きつったように見えた。
私さえいなければ、父と義母とミルフィの三人で、親子水入らず過ごせたからかもしれない。
次第に、義母達からは冷たくあたられるようになった。
父のいないところでは嫌味を言われたり、いないもののように無視されたり、実母が残してくれた宝石やドレスをすべて奪われてしまったり……
扱いはエスカレートしていき、ついにある日、私は森へ捨てられた。
食事に薬を盛られていたのか、夕食を食べているうちに意識が遠のいて、目が覚めたときにはもう薄暗い森の中だった……という具合だ。
誰の気配もしない、木々がざわめくだけの森。
幼い私は震えながら延々と歩き回った。そのうち、見かねた精霊達が寄り添ってくれ、私は泣きべそをかきつつも彼らの協力を受けてソルシェ家へと帰宅している。
幼い私にとって、居場所はあの家しかなかったからだ。
(でも、あんなことがあったからルディエル様に出会えたのよね)
ふと、胸の奥があたたかくなる。苦しかったはずの思い出が、今は少しだけ優しい色をしていた。
「……ネネリア? 考えごと?」
「あっ……すみませんルディエル様」
今日も私はアレンフォード家にお邪魔している。
お屋敷の模様替えを急いでいるのなら、私にも手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。ルディエル様お一人ではきっと大変だろう。
けれど、ここにいるとつい昔のことを思い出してボーッとしてしまった。とても居心地が良いものだから。
昔、置き去りにされた幼い私に、精霊達は優しかった。花を摘み、木の実を集め、そっと私の小さな手に乗せてくれた。そして不安でいっぱいの私の手を引いて、ソルシェ家へと連れて帰ってくれたのだ。
ソルシェ家の屋敷へと戻ると、義母が悔しげに顔を歪めていたのを覚えている。まさかあんなに小さな子供が、森から無事に帰ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「つい、ここにいると昔のことを思い出してしまって」
「昔のこと?」
「はい。ルディエル様と初めて出会った時のことも」
あの日、精霊達と歩くうち、森の中心に現れた見事な大樹に私は言葉を失った。
周りにはひときわ多くの精霊が飛び交い、そばには石造りの屋敷がひっそりと建っていて。
まるで大樹の番人であるかのような屋敷――その前には、私と同じくらい小さな男の子が立っていた。
「初めてお会いしたルディエル様は、それはもう神々しい美しさで……この子も精霊なのかなって、そう思ったのですよ」
肩で切りそろえられた銀髪に、こちらをまっすぐ見つめる青い瞳。幼いルディエルの姿は木漏れ日に溶け込んで、この世のものとは思えぬ美しさだった。
お屋敷に招かれて話すうちに、彼もちゃんと人間だということが分かり、次第にうちとけていったのだけれど。
「……このような場所に住む俺にとって、ネネリアは初めての友人だったんだ。君と出会えて、本当に良かったと思っている」
「ええ、私もです」
「出来れば、これからも俺と――」
「え……?」
その時だった。どこか熱っぽい瞳を湛えたルディエル様の周りに、精霊達がワッと集まってきた。
突然のことで目を丸くする私をよそに、彼らはルディエル様の肩を揺さぶったり、耳元で何やら囁いたり……わいわいと騒ぎ立てている。
「ど、どうしました?」
「いや、いいところだったのに精霊達が……待て、そんな急に伝えたらネネリアが困るだろう。待て、待てと言っている!」
「ルディエル様?」
「駄目だ、お前達は余計なことをしないでくれ……いや違う、お前達が迷惑なわけでは……こういうことは自分で伝えたい」
ルディエル様は精霊達と、何やら揉めている様子だ。
「伝える? 何をですか?」
「すまない、ネネリア。どうしても精霊達の気がはやってしまうようだ……落ち着いて話もできないな」
「ふふっ、そのようですね」
(よく分からないけれど、精霊守様って大変なのね……)
精霊達は、ルディエル様の周りで騒ぎ続ける。
彼らの暴走に困り果てるルディエル様だけれど、私にはその様子が微笑ましく思えてしまって。
アレンフォード家での平和すぎる光景に、私の心はじんわりと癒されていった。
ただし、精霊が住むと言われるこの森は、子供が遊びに行くような森ではなかった。
小道はあっても整備されているわけではなく、奥へ進めば進むほど鬱蒼と暗くなる。この森は、大人でも一歩足を踏み入れれば迷ってしまいそうな不気味さがあって、子供なら親から「近づいちゃだめ!」と止められるような場所だった。
そんな森で私が迷子になったのは、義母に置き去りにされたためだ。
実母の死後、ソルシェ家にやって来た義母とミルフィは、先妻の子であった私のことが邪魔だった。
あの頃はまだ父が生きていて、ソルシェ家にも余裕があって……唯一の肉親である父は私を可愛がってくれていたけれど、その様子を見る義母の目はどこか引きつったように見えた。
私さえいなければ、父と義母とミルフィの三人で、親子水入らず過ごせたからかもしれない。
次第に、義母達からは冷たくあたられるようになった。
父のいないところでは嫌味を言われたり、いないもののように無視されたり、実母が残してくれた宝石やドレスをすべて奪われてしまったり……
扱いはエスカレートしていき、ついにある日、私は森へ捨てられた。
食事に薬を盛られていたのか、夕食を食べているうちに意識が遠のいて、目が覚めたときにはもう薄暗い森の中だった……という具合だ。
誰の気配もしない、木々がざわめくだけの森。
幼い私は震えながら延々と歩き回った。そのうち、見かねた精霊達が寄り添ってくれ、私は泣きべそをかきつつも彼らの協力を受けてソルシェ家へと帰宅している。
幼い私にとって、居場所はあの家しかなかったからだ。
(でも、あんなことがあったからルディエル様に出会えたのよね)
ふと、胸の奥があたたかくなる。苦しかったはずの思い出が、今は少しだけ優しい色をしていた。
「……ネネリア? 考えごと?」
「あっ……すみませんルディエル様」
今日も私はアレンフォード家にお邪魔している。
お屋敷の模様替えを急いでいるのなら、私にも手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。ルディエル様お一人ではきっと大変だろう。
けれど、ここにいるとつい昔のことを思い出してボーッとしてしまった。とても居心地が良いものだから。
昔、置き去りにされた幼い私に、精霊達は優しかった。花を摘み、木の実を集め、そっと私の小さな手に乗せてくれた。そして不安でいっぱいの私の手を引いて、ソルシェ家へと連れて帰ってくれたのだ。
ソルシェ家の屋敷へと戻ると、義母が悔しげに顔を歪めていたのを覚えている。まさかあんなに小さな子供が、森から無事に帰ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「つい、ここにいると昔のことを思い出してしまって」
「昔のこと?」
「はい。ルディエル様と初めて出会った時のことも」
あの日、精霊達と歩くうち、森の中心に現れた見事な大樹に私は言葉を失った。
周りにはひときわ多くの精霊が飛び交い、そばには石造りの屋敷がひっそりと建っていて。
まるで大樹の番人であるかのような屋敷――その前には、私と同じくらい小さな男の子が立っていた。
「初めてお会いしたルディエル様は、それはもう神々しい美しさで……この子も精霊なのかなって、そう思ったのですよ」
肩で切りそろえられた銀髪に、こちらをまっすぐ見つめる青い瞳。幼いルディエルの姿は木漏れ日に溶け込んで、この世のものとは思えぬ美しさだった。
お屋敷に招かれて話すうちに、彼もちゃんと人間だということが分かり、次第にうちとけていったのだけれど。
「……このような場所に住む俺にとって、ネネリアは初めての友人だったんだ。君と出会えて、本当に良かったと思っている」
「ええ、私もです」
「出来れば、これからも俺と――」
「え……?」
その時だった。どこか熱っぽい瞳を湛えたルディエル様の周りに、精霊達がワッと集まってきた。
突然のことで目を丸くする私をよそに、彼らはルディエル様の肩を揺さぶったり、耳元で何やら囁いたり……わいわいと騒ぎ立てている。
「ど、どうしました?」
「いや、いいところだったのに精霊達が……待て、そんな急に伝えたらネネリアが困るだろう。待て、待てと言っている!」
「ルディエル様?」
「駄目だ、お前達は余計なことをしないでくれ……いや違う、お前達が迷惑なわけでは……こういうことは自分で伝えたい」
ルディエル様は精霊達と、何やら揉めている様子だ。
「伝える? 何をですか?」
「すまない、ネネリア。どうしても精霊達の気がはやってしまうようだ……落ち着いて話もできないな」
「ふふっ、そのようですね」
(よく分からないけれど、精霊守様って大変なのね……)
精霊達は、ルディエル様の周りで騒ぎ続ける。
彼らの暴走に困り果てるルディエル様だけれど、私にはその様子が微笑ましく思えてしまって。
アレンフォード家での平和すぎる光景に、私の心はじんわりと癒されていった。
38
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?
かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。
十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。
ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが……
それは……
-----------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜
あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。
イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。
一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!?
天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。
だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。
心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。
ぽっちゃり女子×イケメン多数
悪女×クズ男
物語が今……始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる