やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

文字の大きさ
13 / 29

君だけの指輪

しおりを挟む
 こんなにも足が重いのはいつぶりだろう。
 私は今、ブレアウッドの森をトボトボと歩いている。行き先はもちろんアレンフォード家だ。
 
 昨夜は眠れなかった。奪われてしまった指輪について、ルディエル様達にどう謝ろうか悩んで悩んで……結局答えが出ないまま、アレンフォード家まであと少しのところに来てしまっている。
 
 今朝だって、指輪を返してもらおうと何度もミルフィにお願いした。けれど彼女は私の言葉なんて聞こえていないかのように、にんまりと笑うだけ。
 なにかを企んでいるような表情に胸騒ぎを覚えた私は、いても立ってもいられず森までやってきたのだけれど――

(……言えないわ。あんなに大切な贈り物を取られてしまっただなんて) 
 
 優しいルディエル様のことだから、腹を立てたりはしないだろう。だからこそ、その優しさを踏みにじるようで私の胸はズキズキと傷んだ。
 その時――
 
「はあ…………ん?」

 重いため息をつく私の前を、ふわふわと光る影が横切る。
 蛍のようにゆらゆらと飛ぶ小さな光。
 目を凝らしてみると、それは生まれたての精霊だった。
  
「か、可愛い……!」

 精霊は木から生まれると言われている。
 私もその瞬間を見たことは無いけれど、ブレアウッドの森では時々こんなふうに精霊の赤ちゃんと出会えることもある。
 大体は周りの精霊達と一緒に行動して、そのまま大樹の方へ帰っていく。でも……

「どうしたの? もしかしてはぐれちゃった?」

 そういえば、なぜか今日は森に精霊が見当たらない。いつもなら森のあちこちでふわふわと漂っているはずなのに、今日はどこにも姿がない。何かあったのだろうか。

(どうしよう、心配だわ……)
 
 生まれたての精霊は、大樹に帰り休むことで霊力を養う。そうやって、一人前の精霊に育っていくのだ。
 このまま自力で大樹まで辿り着くことが出来なければ、精霊の赤ちゃんはやがて霊力を失い消滅する。
 それも自然の摂理なのかもしれないけれど……私は、目の前で戸惑う精霊をそのままには出来なかった。

「ねえ、よかったら一緒においで。私も大樹のそばまで行くところだったの」

 幸い、私もアレンフォード家へ向かっている。大樹はお屋敷のすぐ裏にあるし、そばまで行けば赤ちゃん精霊でもさすがに分かるだろう。
 
 誘われた精霊は、しばらく警戒しているように見えたけれど……やがて安心したように、ふわりふわりとそばを飛びはじめた。

「ふふ……がんばれ、がんばれ」
 
 精霊の赤ちゃんは、まだ飛び方がおぼつかなくて可愛らしい。ゆっくりとしたそのスピードに合わせ、私も歩いた。
  

 精霊の赤ちゃんと歩くことで、沈んでいた私の心は次第に落ち着きを取り戻した。
 とうとうアレンフォード家に着いてしまったけれど……赤ちゃん精霊を大樹へ案内できた達成感もあって、気持ちも少し前向きになっている。
 
 指輪を失い、ルディエル様には合わせる顔もないと思っていた。でも、やっぱり誠心誠意謝ろう。そして、なんとしてでもミルフィから指輪を返してもらおう。あの指輪だけは絶対諦めない。
 私はお屋敷の前で、自分自身に固く誓った。 

「……よし!」 
 
 心を決めて扉に手をかけようとした、その時。
 突然、扉を開けてミルフィが飛び出てきた。

「ミ、ミルフィ?!」
「っネネリア……!」

 意外な人の登場に、私は驚いた。
 これまで森に来たこともなかったミルフィが、なぜこのタイミングでアレンフォード家から出てくるのだろう。
 私の脳裏に浮かぶのは、今朝見た彼女の怪しい微笑み。なにか、企んでいるような――

「まさかあなた、ルディエル様に何かしたの!?」
「何もしてないわよ! あんな状況で出来るわけないでしょ!!」

 涙目のミルフィは、なぜかやたらと疲弊していた。
 よく見てみると足元は裸足だ。彼女がお気に入りのワンピースはドロドロで、所々蜘蛛の巣が引っかかっている。朝は綺麗に巻かれていた髪も今はボサボサで、げっそりと力を失っている。
 一体、森で何があったというのだろう。
 
「ど、どうしたの、その格好……?」 
「もう来ないわよ、こんなところ!!」 

 彼女は疲れきった様子で捨て台詞を吐くと、私の前を走り去っていった。
 
(ミルフィは一体何をしに来たの……?)

 ミルフィの姿に唖然とした私は、彼女の背中を見送った。そしてお屋敷の入口を振り返ると……
 開け放たれた扉の中から、数え切れないほどの精霊が一斉に飛び出してくるではないか。

「わあ……っ!」

 凄まじい数の精霊が、後から後から溢れ出てくる。見たこともないほどの数だ。もしかして、森中の精霊が集まっていたんじゃないだろうか。
 屋敷の周りに広がる無数の精霊達は、まるで空に零れた星屑のよう。私はただただ、その光景に見とれてしまった。

  
「ネネリア……!」

 精霊達を見上げている私の元へ、扉のそばから荒い足音が近づいてくる。
 その足音に振り向くと、なんだか焦った様子のルディエル様がこちらへと駆け寄ってきていた。

 いつも穏やかなルディエル様の様子が、今日はおかしい。やはり、ミルフィがなにかしてしまったのではないか。私の胸騒ぎは的中してしまったようだ。

「ルディエル様……!? 大丈夫ですか」
「……え?」
「ミルフィがいたようですが、ルディエル様に何かご迷惑をおかけしましたか? 精霊達にも……」

 ルディエル様は、心配する私にキョトンとしている。
 そしてクスリと笑い、私の頭をそっと撫でた。

「……ネネリアは、いつもそうだ」 

 頭を撫でる手のひらは優しく、私の髪をするりと滑り落ちる。
 こんなことをされたのは初めてで……息が止まりそうになる。名残惜しそうに離れたルディエル様の手は、次に私の手をゆっくりと包んだ。

「ル、ルディエル様……!?」
「ネネリアはいつも、誰かの心配ばかりしている。君だって、こんなにも傷ついているのに」 

 私の心の内を見透かすように、ルディエル様は眉を下げながら微笑んだ。
 もしかして……もう、指輪のことを知っているのだろうか。ミルフィもお屋敷に来ていたようだし……

「……ルディエル様、ごめんなさい。私、贈っていただいた指輪を失ってしまいました」

 私は、どうしてもルディエル様の目を見ることが出来なかった。
 握られた手を見つめながら、振り絞るように言葉を探す。

「大切にしたいと思っていたのです。でも、守りきれなくて……」 
「……ああ」

 私は一度、言葉を飲み込んだ。
 許しを乞いに来たわけじゃない。助けを求めているわけでもなく、私は――

「私、絶対に取り戻しますから」
「……え?」
「ルディエル様や精霊達は、私の力の源なのです。みんなからいただいた指輪を眺めるだけで、頑張れたのです。だから……どんなに時間をかけても、絶対に」 

 口を開いた途端、一気に本心が溢れてしまった。自分でも何を言っているのか分からない。けれど、これが私の正直な気持ちだった。

 ルディエル様の反応が怖い。顔を見なくても、彼が笑いを噛み殺しているのが分かる。

(ああ……なんて馬鹿なことを言ってしまったのかしら……)

「ネネリアは、意外と強いね」
 
 ルディエル様に笑われたことでますます恥ずかしくなり、私は顔を真っ赤にして俯き続けた。すると――

「ねえ、見て」

 ルディエル様は笑い声を抑えつつ、握っていた手をそっと開いた。
 私の手に、何かがコロンと触れる。

 これは……サファイアの指輪だ。

「……指輪」
「そう、ネネリアの指輪だよ」

 ルディエル様の瞳と、同じ輝き。
 緊張が溶けて、力が抜ける。
 手のひらにあるサファイアの指輪に、私は胸がいっぱいになって言葉が出てこない。

「改めて、俺から贈らせてほしい」 
「なぜ……これは、ミルフィが……」
「言っただろう。この指輪はネネリアだけのものだから……どうか受け取って」

 ルディエル様は、そう言ってサファイアの指輪を私の指へと通そうとして――ピタリと止まった。

「ルディエル様?」
「……やっぱり、これを身に付けるのはもう少し先にしてくれないか」

 見上げると、今度はルディエル様の頬が赤く染っている。
 どういうことだろう。

「君の妹――あの女を見てやっと分かったんだけど、この指輪、どうやら身に付けると精霊の声が聞こえるようになるらしい」
「えっ! すごい指輪なのですね! 是非付けたいです!」
「いや……まだ付けないでもらいたい」
「……精霊達の声が聞こえると、なにか不都合がおありなのですか?」
「ああ、非常にまずい……不都合だらけなんだ。精霊達は隠し事が出来ないから」

 隠し事が出来ないと、ルディエル様にとって相当まずいことになるのだろう。
 とうとう、彼の顔は真っ赤になってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます

さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。 生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。 「君の草は、人を救う力を持っている」 そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。 不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。 華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、 薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。 町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。

【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?

かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。 十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。 ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが…… それは…… ----------------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

竜帝と番ではない妃

ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。 別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。 そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・ ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜

あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。 イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。 一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!? 天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。 だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。 心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。 ぽっちゃり女子×イケメン多数 悪女×クズ男 物語が今……始まる

処理中です...