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誰でもいいわけじゃない
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「何なの、ここ……薄気味悪い森ね……」
ブレアウッドの森には、精霊が住むと昔から言われている。でもみんな精霊なんて見たことはなくて、ただの森だと言っているくらいだった。
私もさっきから歩いているけれど、精霊の気配すら感じない。むしろ木が鬱蒼と茂っていて、陽の光は少なく、お化けでも出てきそうな雰囲気だ。
ネネリアがのんきに通うくらいだから、てっきり普通の森だと思っていたのに……
「きゃっ!」
急に近くでガサガサと物音がして、私は思わず飛び上がった。
けれど、物音の正体は草むらに隠れていたトカゲ。私の足元を、ただ通り過ぎて行っただけだった。
「も、もう! びっくりさせないでよね!」
実は森に入ってからもうずっとこんな感じだ。
突然目の前にコウモリが飛んできたり、蜘蛛の巣が顔に張り付いたり、大きな水溜まりに足止めされたり。
小さな邪魔が、まるで意図されたかのように何度も繰り返されて、私の心を苛立たせる。偶然にしては重なり過ぎているような……気のせいだろうか。
森にはかろうじて道もあるけれど、枯れ葉も積もっていて歩きにくいったらない。ああ、もうヒールなんて履いてくるんじゃなかった。
精霊守のルディエル・アレンフォードに会うために、せっかく一番いい靴を履いてきたのに……
靴だけじゃない。ワンピースもレースたっぶりのお気に入りを選んだ。髪もいつもより念入りに巻いて、街で評判の香水もつけてきた。
そして指には――ネネリアの部屋で見つけたサファイアの指輪が輝いている。
私は青く煌めく指輪にうっとりと見とれた。
なんて素晴らしい指輪なのだろう。デザインこそ新しくはないけれど、これがそんじょそこらの安物ではないことは見ただけで分かる。こんなに大きなサファイアがついた指輪、そうそうお目にかかれるものじゃない。
今のソルシェ家では決して手が出ないほど高価な指輪だ。それを、あのルディエルという精霊守はポンとプレゼントしてのけた。あんなに地味なネネリアに。
森に隠れ住んでいるようだけれど、きっと更なる財産を隠し持っているはずだ。この指輪がかすむくらいのお宝だって、持っているに違いない。
ネネリアよりも愛されたなら、ダイヤもエメラルドも――もっと価値のあるものだって貰えるんじゃないか。
(あんな冴えないネネリアより、私の方が魅力的でしょう? 精霊守だって、会えばきっと私を選ぶわ)
そのためには、どんなに悪路だったとしても、アレンフォード家へたどり着かなければならなかった。
なのに――
「きゃあっ!!」
今度はひどいぬかるみだ!
靴のヒールがぬかるみにはまり、私は身体を支えきれず前のめりで倒れ込んだ。お気に入りのレースのワンピースが、泥と落ち葉にまみれていく。
……信じられない。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。
濡れた土の匂いが鼻につく。泥に埋もれた靴は、ヒールが片方折れてしまっている。
「嘘でしょ……最悪……!」
こうなったら、意地でもルディエルとかいう男に会わないと気がすまない。
そしてこの指輪以上のものを貢がせてやるのだ。
私は靴を脱ぎ捨てると、裸足のまま先へと急いだ。
「ここね……」
歩き続けると、突然開けた場所が現れた。
そこには見たこともないほどの大樹と、石造りの立派な屋敷が佇んでいた。きっとここが、精霊守・アレンフォード家の屋敷に違いない。
「やっと着いたわ…………ん?」
屋敷へ一歩近づいたその瞬間……風に乗って、誰かの声が耳に届いた。子供の声のような、風が囁くような、そんな声が。
――かえれ
――かえれ
私はその声に耳を澄した。
もしかして私に、帰れと言っている……? 声の主は一人ではない。何人もの小さな声が重なり、私を取り囲むように囁いている。なのに、辺りには誰の姿もない。
「な、なによ……誰かいるのなら出てきなさいよ!」
――おまえじゃない
――おまえじゃない……
私じゃない? どういうこと? いつの間にかその声はどんどん大きくなっていって、耳を覆いたくなるくらい反響している。まるで森全体が私を拒んでいるかのように。
「本当に気味が悪い森ね……! 用があるのはあなた達じゃないわ! 私は精霊守に会いに来たのよ!」
私は恐ろしい声を振り切り、無我夢中で屋敷まで駆け寄った。木製の重い扉を開け、玄関ホールへと入ると――そこには、森の中とは思えぬほど洗練された空間が広がっているではないか。
「やだ……なんて素晴らしいの……!?」
私は息を呑んだ。
天井ははるか高く、まるで聖堂のよう。それを支える柱には、細やかな花や蔦のレリーフが施されている。床もぴかぴかに磨きあげられ、真新しいふかふかの絨毯が敷かれていた。正面には、宮殿のような大階段。
まるで別世界みたいだ。
(ネネリアはこんな素敵な場所に通っていたわけ……?!)
ホールの脇にはネネリアの好きそうな花がいけられ、その花瓶も繊細なガラス細工できらめいている。よく見れば、家具も絨毯もカーテンも、すべてふんわりとした淡い色合いでまとめられていた。まるで、あの子が好みそうな――
湧き上がるのは、妬みとも羨望ともつかない、みじめな感情。あんな地味な子が、ソルシェ家の邪魔者が、こんな素晴らしい家に迎え入れられているなんて。
(悔しい――――!)
「おまえは誰だ」
その時、空気がわずかに震えた。
声のする方を見上げてみると――大階段の上には、銀髪をまとめた美しい人が佇んでいる。
彼の立つ場所だけが光を宿しているかのようだった。一歩も動いていないのに視線が吸い寄せられる――そんな存在感。街の男達とは比べものにならないほど整ったその容姿から、私は目が離せなくなってしまった。
「え……え……? あなたが、ルディエル……さま?」
こちらを見下ろす瞳はサファイアを思わせる深いブルー。瞳の色を、ネネリアに贈ったということか。ますますあの子が憎たらしい。
こんなにも素敵な人から、好意を寄せられるなんて……
「わ……私、ミルフィです! ネネリアの妹です! こんなに汚れているけど、本当はもっと綺麗にしてきて……」
「なぜ、おまえがその指輪をつけている?」
ルディエルは名乗り上げる私を遮り、その視線を私の指へ向けた。
「え……?」
「その指輪は精霊守の花嫁のもの――ネネリアのものだ。それを、なぜおまえが持っている」
青く光る瞳は凍りそうなほど冷たく、私の指にはめられた指輪を見ていた。
指が震える。決して、悪いことをしたわけじゃないのに……
だって、あの子の部屋にあった指輪を借りているだけなのに。宝箱に入れたまま使っていなかったし、しまい込まれているくらいなら私がつけてあげたほうがいいじゃない。あの子よりも、私の方がずっと似合っているし、お母さまだってそうしなさいって……
「か、借りました」
私は、咄嗟に嘘をついた。
このビリビリとした威圧感に耐えられなかったからだ。
「……借りた? ネネリアは、それを了承したのか」
「もちろんです! 『私よりもミルフィのほうが似合うから』って、ネネリアに言われて私は――」
――うそだよ
また、私は言葉を遮られる。
ルディエルの隣にいつの間にか現れた、小さな生き物に。
(なにあれ……?)
身体はうっすらと透き通っていて、鳥でも昆虫でも無い不思議な飛び方をしている。ふわふわと漂う背中にはきらきらとひかる羽があり、こぼれる光が飛んだ軌跡を描いていた。
(もしかして……あれが精霊? 本当にいるなんて……)
「シュシュ。いたのか」
――あいつ、うそつきだよ
「そうか。お前は知っているのか」
(……え? な、なんであの精霊が知っているの)
分からない。けれどルディエルは私より、あの精霊の言葉を信用しているようだ。こちらを睨む目がさらに鋭くなっていく。
「ち、違います! ネネリアにはちゃんと『借りる』って言いました! 嘘じゃないわ、それにお母さまだって借りるくらい『家族なのだから当然』って言ってたもの!」
「お前とその母親はどうでもいい。ネネリアはどう言っていたのか聞いている」
「え……」
「ネネリアは、この指輪をお前に貸すと言ったのか」
私は言葉に詰まった。ネネリアは指輪を返してほしいと泣いていた。恐ろしくて本当のことは言えないけれど、精霊の手前嘘もつけない。どちらにせよ、すぐバレてしまうだろう。
(なによ……! なぜ私が責められるの?)
悔しいけれど何も言い返せず押し黙っていると、ルディエルの隣で精霊が呟いた。
――ネネリア、ないてたよ
(っ余計なこと言わないでよ……!)
精霊がその言葉を口にした瞬間、あたりの空気が変わった気がした。背中にゾクリと悪寒が走って、身体が震える。背後に気配を感じて、恐る恐る振り返ってみると……
そこには、どこからともなく集まってきた精霊達が玄関ホールを埋め尽くしていた。壁や天井にまでびっしりと並んだ精霊達が、いつの間にか私を取り囲んでいる。
無数の瞳が、敵意を込めてこちらを見ていて――赤く発光するその色が、私の恐怖をかき立てた。
――ネネリア、なかせた
――こいつ、ネネリアなかせた
――ゆるせない。
「いやあ……!!」
精霊達の声が際限なく耳に響き、割れそうなほど頭が痛い。私を責め立てる声が頭の中で反響する。気が狂いそうだ。
「やめて……やめて……!」
「泣かせたのか、ネネリアを」
「なによ! 指輪を借りただけじゃない!」
――おまえじゃない
――かえれ
「その指輪を持つ者は、誰でもいいわけじゃない」
――かえれ
――かえれ
「やめてよぉー……!!」
ああ、頭の中がガンガンと痛い。
目の前が赤く滲んで、手足が氷のように冷えていく。
私が必死に叫んでも、彼等の怒りはおさまらない。
(なに……? もうこんな指輪いらないわよ……!!)
私は指からサファイアの指輪を外し、ルディエルとかいう恐ろしい化け物に向かって投げつける。
それでも頭の痛みは酷くなる一方だし、精霊達の声は消えることがない。増え続ける赤い瞳から逃げ出したくて、とうとう私は玄関の扉から飛び出した。
ブレアウッドの森には、精霊が住むと昔から言われている。でもみんな精霊なんて見たことはなくて、ただの森だと言っているくらいだった。
私もさっきから歩いているけれど、精霊の気配すら感じない。むしろ木が鬱蒼と茂っていて、陽の光は少なく、お化けでも出てきそうな雰囲気だ。
ネネリアがのんきに通うくらいだから、てっきり普通の森だと思っていたのに……
「きゃっ!」
急に近くでガサガサと物音がして、私は思わず飛び上がった。
けれど、物音の正体は草むらに隠れていたトカゲ。私の足元を、ただ通り過ぎて行っただけだった。
「も、もう! びっくりさせないでよね!」
実は森に入ってからもうずっとこんな感じだ。
突然目の前にコウモリが飛んできたり、蜘蛛の巣が顔に張り付いたり、大きな水溜まりに足止めされたり。
小さな邪魔が、まるで意図されたかのように何度も繰り返されて、私の心を苛立たせる。偶然にしては重なり過ぎているような……気のせいだろうか。
森にはかろうじて道もあるけれど、枯れ葉も積もっていて歩きにくいったらない。ああ、もうヒールなんて履いてくるんじゃなかった。
精霊守のルディエル・アレンフォードに会うために、せっかく一番いい靴を履いてきたのに……
靴だけじゃない。ワンピースもレースたっぶりのお気に入りを選んだ。髪もいつもより念入りに巻いて、街で評判の香水もつけてきた。
そして指には――ネネリアの部屋で見つけたサファイアの指輪が輝いている。
私は青く煌めく指輪にうっとりと見とれた。
なんて素晴らしい指輪なのだろう。デザインこそ新しくはないけれど、これがそんじょそこらの安物ではないことは見ただけで分かる。こんなに大きなサファイアがついた指輪、そうそうお目にかかれるものじゃない。
今のソルシェ家では決して手が出ないほど高価な指輪だ。それを、あのルディエルという精霊守はポンとプレゼントしてのけた。あんなに地味なネネリアに。
森に隠れ住んでいるようだけれど、きっと更なる財産を隠し持っているはずだ。この指輪がかすむくらいのお宝だって、持っているに違いない。
ネネリアよりも愛されたなら、ダイヤもエメラルドも――もっと価値のあるものだって貰えるんじゃないか。
(あんな冴えないネネリアより、私の方が魅力的でしょう? 精霊守だって、会えばきっと私を選ぶわ)
そのためには、どんなに悪路だったとしても、アレンフォード家へたどり着かなければならなかった。
なのに――
「きゃあっ!!」
今度はひどいぬかるみだ!
靴のヒールがぬかるみにはまり、私は身体を支えきれず前のめりで倒れ込んだ。お気に入りのレースのワンピースが、泥と落ち葉にまみれていく。
……信じられない。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。
濡れた土の匂いが鼻につく。泥に埋もれた靴は、ヒールが片方折れてしまっている。
「嘘でしょ……最悪……!」
こうなったら、意地でもルディエルとかいう男に会わないと気がすまない。
そしてこの指輪以上のものを貢がせてやるのだ。
私は靴を脱ぎ捨てると、裸足のまま先へと急いだ。
「ここね……」
歩き続けると、突然開けた場所が現れた。
そこには見たこともないほどの大樹と、石造りの立派な屋敷が佇んでいた。きっとここが、精霊守・アレンフォード家の屋敷に違いない。
「やっと着いたわ…………ん?」
屋敷へ一歩近づいたその瞬間……風に乗って、誰かの声が耳に届いた。子供の声のような、風が囁くような、そんな声が。
――かえれ
――かえれ
私はその声に耳を澄した。
もしかして私に、帰れと言っている……? 声の主は一人ではない。何人もの小さな声が重なり、私を取り囲むように囁いている。なのに、辺りには誰の姿もない。
「な、なによ……誰かいるのなら出てきなさいよ!」
――おまえじゃない
――おまえじゃない……
私じゃない? どういうこと? いつの間にかその声はどんどん大きくなっていって、耳を覆いたくなるくらい反響している。まるで森全体が私を拒んでいるかのように。
「本当に気味が悪い森ね……! 用があるのはあなた達じゃないわ! 私は精霊守に会いに来たのよ!」
私は恐ろしい声を振り切り、無我夢中で屋敷まで駆け寄った。木製の重い扉を開け、玄関ホールへと入ると――そこには、森の中とは思えぬほど洗練された空間が広がっているではないか。
「やだ……なんて素晴らしいの……!?」
私は息を呑んだ。
天井ははるか高く、まるで聖堂のよう。それを支える柱には、細やかな花や蔦のレリーフが施されている。床もぴかぴかに磨きあげられ、真新しいふかふかの絨毯が敷かれていた。正面には、宮殿のような大階段。
まるで別世界みたいだ。
(ネネリアはこんな素敵な場所に通っていたわけ……?!)
ホールの脇にはネネリアの好きそうな花がいけられ、その花瓶も繊細なガラス細工できらめいている。よく見れば、家具も絨毯もカーテンも、すべてふんわりとした淡い色合いでまとめられていた。まるで、あの子が好みそうな――
湧き上がるのは、妬みとも羨望ともつかない、みじめな感情。あんな地味な子が、ソルシェ家の邪魔者が、こんな素晴らしい家に迎え入れられているなんて。
(悔しい――――!)
「おまえは誰だ」
その時、空気がわずかに震えた。
声のする方を見上げてみると――大階段の上には、銀髪をまとめた美しい人が佇んでいる。
彼の立つ場所だけが光を宿しているかのようだった。一歩も動いていないのに視線が吸い寄せられる――そんな存在感。街の男達とは比べものにならないほど整ったその容姿から、私は目が離せなくなってしまった。
「え……え……? あなたが、ルディエル……さま?」
こちらを見下ろす瞳はサファイアを思わせる深いブルー。瞳の色を、ネネリアに贈ったということか。ますますあの子が憎たらしい。
こんなにも素敵な人から、好意を寄せられるなんて……
「わ……私、ミルフィです! ネネリアの妹です! こんなに汚れているけど、本当はもっと綺麗にしてきて……」
「なぜ、おまえがその指輪をつけている?」
ルディエルは名乗り上げる私を遮り、その視線を私の指へ向けた。
「え……?」
「その指輪は精霊守の花嫁のもの――ネネリアのものだ。それを、なぜおまえが持っている」
青く光る瞳は凍りそうなほど冷たく、私の指にはめられた指輪を見ていた。
指が震える。決して、悪いことをしたわけじゃないのに……
だって、あの子の部屋にあった指輪を借りているだけなのに。宝箱に入れたまま使っていなかったし、しまい込まれているくらいなら私がつけてあげたほうがいいじゃない。あの子よりも、私の方がずっと似合っているし、お母さまだってそうしなさいって……
「か、借りました」
私は、咄嗟に嘘をついた。
このビリビリとした威圧感に耐えられなかったからだ。
「……借りた? ネネリアは、それを了承したのか」
「もちろんです! 『私よりもミルフィのほうが似合うから』って、ネネリアに言われて私は――」
――うそだよ
また、私は言葉を遮られる。
ルディエルの隣にいつの間にか現れた、小さな生き物に。
(なにあれ……?)
身体はうっすらと透き通っていて、鳥でも昆虫でも無い不思議な飛び方をしている。ふわふわと漂う背中にはきらきらとひかる羽があり、こぼれる光が飛んだ軌跡を描いていた。
(もしかして……あれが精霊? 本当にいるなんて……)
「シュシュ。いたのか」
――あいつ、うそつきだよ
「そうか。お前は知っているのか」
(……え? な、なんであの精霊が知っているの)
分からない。けれどルディエルは私より、あの精霊の言葉を信用しているようだ。こちらを睨む目がさらに鋭くなっていく。
「ち、違います! ネネリアにはちゃんと『借りる』って言いました! 嘘じゃないわ、それにお母さまだって借りるくらい『家族なのだから当然』って言ってたもの!」
「お前とその母親はどうでもいい。ネネリアはどう言っていたのか聞いている」
「え……」
「ネネリアは、この指輪をお前に貸すと言ったのか」
私は言葉に詰まった。ネネリアは指輪を返してほしいと泣いていた。恐ろしくて本当のことは言えないけれど、精霊の手前嘘もつけない。どちらにせよ、すぐバレてしまうだろう。
(なによ……! なぜ私が責められるの?)
悔しいけれど何も言い返せず押し黙っていると、ルディエルの隣で精霊が呟いた。
――ネネリア、ないてたよ
(っ余計なこと言わないでよ……!)
精霊がその言葉を口にした瞬間、あたりの空気が変わった気がした。背中にゾクリと悪寒が走って、身体が震える。背後に気配を感じて、恐る恐る振り返ってみると……
そこには、どこからともなく集まってきた精霊達が玄関ホールを埋め尽くしていた。壁や天井にまでびっしりと並んだ精霊達が、いつの間にか私を取り囲んでいる。
無数の瞳が、敵意を込めてこちらを見ていて――赤く発光するその色が、私の恐怖をかき立てた。
――ネネリア、なかせた
――こいつ、ネネリアなかせた
――ゆるせない。
「いやあ……!!」
精霊達の声が際限なく耳に響き、割れそうなほど頭が痛い。私を責め立てる声が頭の中で反響する。気が狂いそうだ。
「やめて……やめて……!」
「泣かせたのか、ネネリアを」
「なによ! 指輪を借りただけじゃない!」
――おまえじゃない
――かえれ
「その指輪を持つ者は、誰でもいいわけじゃない」
――かえれ
――かえれ
「やめてよぉー……!!」
ああ、頭の中がガンガンと痛い。
目の前が赤く滲んで、手足が氷のように冷えていく。
私が必死に叫んでも、彼等の怒りはおさまらない。
(なに……? もうこんな指輪いらないわよ……!!)
私は指からサファイアの指輪を外し、ルディエルとかいう恐ろしい化け物に向かって投げつける。
それでも頭の痛みは酷くなる一方だし、精霊達の声は消えることがない。増え続ける赤い瞳から逃げ出したくて、とうとう私は玄関の扉から飛び出した。
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