11 / 29
欲深い瞳
しおりを挟む
鼻歌が止まらない。
足取りが軽い。
義母の罵声も耳に届かない。
ここ数日、私は絶好調だった。辛い水仕事もへっちゃらだ。
なぜなら、私にはルディエル様と精霊達からの素晴らしい贈り物があるのだから。
毎日のように枕元に届いたプレゼントは、恐れ多いほど素晴らしいものだったけれど……あの日、すべて私のために用意して下さったものだと知り、私はもう幸せの絶頂にあった。
こんなふうに、父以外の誰かからプレゼントを頂くのは初めてで。
あまりにも嬉しくて――使うなんてもったいなくて、頂いたものはすべて部屋の宝箱へ大切にしまってある。
宝箱には、お気に入りの香水瓶や父にもらった思い出のイヤリング、精霊のシュシュから貰った羽飾り――お気に入りの宝物達がしまってあった。そこに、ハンカチ、手鏡、髪飾り、そしてサファイアの指輪も一緒に保管することにしたのだ。
どんなに疲れていても、その蓋を開けて眺めれば疲れなんて吹き飛んでしまう。私の大切な宝物は、見るたびに現実の辛さから救ってくれた。
この日も、私は鼻歌混じりに屋根裏部屋へと戻った。
一日の家事を終わらせて部屋へ戻る頃には、もう義母達は寝静まっている時間になる。心穏やかに、自分だけのひとときを過ごせるはずだった。
なのに――
(……え? なに? 物音が聞こえるような……)
二階の奥のさらに上、いつもなら誰も来ようとしない屋根裏部屋――私の部屋から、今夜はガサガサと部屋を漁る音がする。
嫌な予感がして屋根裏へと急ぐと、扉の隙間からほんのり明かりが漏れていた。
(誰かいる……)
そう確信した瞬間、背中にゾクリと悪寒が走った。
「誰!?」
勢いよく扉を開けた私が見たのは――ランプを掲げる義母と、私の宝箱を漁る義妹ミルフィの姿。
二人ともナイトウェアを着たまま、私の宝箱を囲んでいる。
「な……なにをしているのですか……!」
「あら、もう帰ってきちゃったのねお義姉さま」
よく見れば、宝箱だけではなく部屋中を漁られたようだ。クローゼットの扉は開け放たれ、棚に並べていた本などは無惨にも床へ散乱していた。
(ひどい……なぜ、こんな……!)
私がショックで顔を歪めても、義母とミルフィはケロリとしている。むしろ私をからかいたかったのか――ルディエル様から頂いたハンカチをヒラヒラと揺らしながら、楽しそうに笑って見せた。
「それは私の宝箱です! 触らないで!」
「あら。母親が、“娘”のものを見て何が悪いのよ」
「そうよ。私達は家族でしょう?」
開き直った二人は、私が怒っていることをさもおかしいことかのようにほくそ笑んでいる。
ミルフィの手には指輪をしまっておいた小箱が握られていて……私は全身から血の気が引くのを感じた。
「やめて!! それは大切なものなの!」
「そうでしょうね、こんなに大きなサファイア……独り占めして、あさましい子」
「最近やけにお義姉さまの機嫌がいいから、おかしいと思っていたのよね。まさかこんなに良いモノをお持ちだなんて知らなかったわ。どこで手に入れたか知らないけれどズルいわよ」
義母とミルフィはサファイアの指輪に興奮している。ランプに照らされる二人の顔が私には恐ろしい。欲深い瞳に、何か算段するような表情を浮かべていて……
(だめ……返してもらわないと! あれは、私だけの大切な……!)
「返して! せっかくルディエル様がくださったのに……!」
「ルディエル様? 精霊守の……アレンフォード家の?」
「あなた、やっぱり精霊守とはそういうことだったの。まさか、精霊守がこんな指輪を贈れるほど裕福なんてね」
「いいこと聞いたわ。ありがとうお義姉さま」
何かを企む二人の顔が、楽しげに歪んでいく。
そしてミルフィは指輪を手放すはずもなく、持ったまま屋根裏部屋を出ようとした。
「だめ! それは私の……!」
「しつこいわね!」
ミルフィに奪われるわけにはいかない。私は力づくでも返してもらおうと、ミルフィに掴みかかる。
けれど、義母によって振り払われ――私は呆気なく部屋の中へと突き飛ばされてしまった。
「痛っ……」
ごつごつとした木の床に、私の身体は勢いよく打ち付けられる。その衝撃と同時に、私の中の何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。
「お義姉さま、この指輪はお借りするわよ。こんな素敵なもの、みんなで使わないと! ねっ」
「ミルフィのほうがよっぽど似合うわよ。ネネリアには価値なんて分からないでしょう? 精霊守も、可愛いミルフィに会えばそう思うに違いないわ。もしかしたら婚約も……」
「やだお母さまったら。じゃあ明日はこれをつけてお出かけしようかなあ。あの精霊守様がこんなに高価な指輪をくれるのなら、私だって会ってみたいもの!」
二人は倒れ込んだ私を気にすることもなく、指輪を手にはしゃぎながら去っていく。
冷たい屋根裏部屋に取り残された私は、ただ彼女達の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「借りるだなんて……今まで、返してくれたことなんて一度も無いじゃない……」
これまで奪われてきたものは、なんだって諦めてきた。ドレスだってアクセサリーだって、欲しいと言われたら全部渡してきた。
でも、あの指輪は違う。
私だけに用意してくれた、大切なものだったのに。
ルディエル様や精霊達に知られたら、きっと心配させてしまう。そんなこと、絶対にしたくなかったけれど――
(ごめんなさい……私、指輪を守れなかった)
床に滲んでいく涙は、止めようとしても後から後から溢れてくる。どうしても諦めきれない。
私はこれまでにない喪失感の中で、ただただルディエル様に申し訳なく思った。
足取りが軽い。
義母の罵声も耳に届かない。
ここ数日、私は絶好調だった。辛い水仕事もへっちゃらだ。
なぜなら、私にはルディエル様と精霊達からの素晴らしい贈り物があるのだから。
毎日のように枕元に届いたプレゼントは、恐れ多いほど素晴らしいものだったけれど……あの日、すべて私のために用意して下さったものだと知り、私はもう幸せの絶頂にあった。
こんなふうに、父以外の誰かからプレゼントを頂くのは初めてで。
あまりにも嬉しくて――使うなんてもったいなくて、頂いたものはすべて部屋の宝箱へ大切にしまってある。
宝箱には、お気に入りの香水瓶や父にもらった思い出のイヤリング、精霊のシュシュから貰った羽飾り――お気に入りの宝物達がしまってあった。そこに、ハンカチ、手鏡、髪飾り、そしてサファイアの指輪も一緒に保管することにしたのだ。
どんなに疲れていても、その蓋を開けて眺めれば疲れなんて吹き飛んでしまう。私の大切な宝物は、見るたびに現実の辛さから救ってくれた。
この日も、私は鼻歌混じりに屋根裏部屋へと戻った。
一日の家事を終わらせて部屋へ戻る頃には、もう義母達は寝静まっている時間になる。心穏やかに、自分だけのひとときを過ごせるはずだった。
なのに――
(……え? なに? 物音が聞こえるような……)
二階の奥のさらに上、いつもなら誰も来ようとしない屋根裏部屋――私の部屋から、今夜はガサガサと部屋を漁る音がする。
嫌な予感がして屋根裏へと急ぐと、扉の隙間からほんのり明かりが漏れていた。
(誰かいる……)
そう確信した瞬間、背中にゾクリと悪寒が走った。
「誰!?」
勢いよく扉を開けた私が見たのは――ランプを掲げる義母と、私の宝箱を漁る義妹ミルフィの姿。
二人ともナイトウェアを着たまま、私の宝箱を囲んでいる。
「な……なにをしているのですか……!」
「あら、もう帰ってきちゃったのねお義姉さま」
よく見れば、宝箱だけではなく部屋中を漁られたようだ。クローゼットの扉は開け放たれ、棚に並べていた本などは無惨にも床へ散乱していた。
(ひどい……なぜ、こんな……!)
私がショックで顔を歪めても、義母とミルフィはケロリとしている。むしろ私をからかいたかったのか――ルディエル様から頂いたハンカチをヒラヒラと揺らしながら、楽しそうに笑って見せた。
「それは私の宝箱です! 触らないで!」
「あら。母親が、“娘”のものを見て何が悪いのよ」
「そうよ。私達は家族でしょう?」
開き直った二人は、私が怒っていることをさもおかしいことかのようにほくそ笑んでいる。
ミルフィの手には指輪をしまっておいた小箱が握られていて……私は全身から血の気が引くのを感じた。
「やめて!! それは大切なものなの!」
「そうでしょうね、こんなに大きなサファイア……独り占めして、あさましい子」
「最近やけにお義姉さまの機嫌がいいから、おかしいと思っていたのよね。まさかこんなに良いモノをお持ちだなんて知らなかったわ。どこで手に入れたか知らないけれどズルいわよ」
義母とミルフィはサファイアの指輪に興奮している。ランプに照らされる二人の顔が私には恐ろしい。欲深い瞳に、何か算段するような表情を浮かべていて……
(だめ……返してもらわないと! あれは、私だけの大切な……!)
「返して! せっかくルディエル様がくださったのに……!」
「ルディエル様? 精霊守の……アレンフォード家の?」
「あなた、やっぱり精霊守とはそういうことだったの。まさか、精霊守がこんな指輪を贈れるほど裕福なんてね」
「いいこと聞いたわ。ありがとうお義姉さま」
何かを企む二人の顔が、楽しげに歪んでいく。
そしてミルフィは指輪を手放すはずもなく、持ったまま屋根裏部屋を出ようとした。
「だめ! それは私の……!」
「しつこいわね!」
ミルフィに奪われるわけにはいかない。私は力づくでも返してもらおうと、ミルフィに掴みかかる。
けれど、義母によって振り払われ――私は呆気なく部屋の中へと突き飛ばされてしまった。
「痛っ……」
ごつごつとした木の床に、私の身体は勢いよく打ち付けられる。その衝撃と同時に、私の中の何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。
「お義姉さま、この指輪はお借りするわよ。こんな素敵なもの、みんなで使わないと! ねっ」
「ミルフィのほうがよっぽど似合うわよ。ネネリアには価値なんて分からないでしょう? 精霊守も、可愛いミルフィに会えばそう思うに違いないわ。もしかしたら婚約も……」
「やだお母さまったら。じゃあ明日はこれをつけてお出かけしようかなあ。あの精霊守様がこんなに高価な指輪をくれるのなら、私だって会ってみたいもの!」
二人は倒れ込んだ私を気にすることもなく、指輪を手にはしゃぎながら去っていく。
冷たい屋根裏部屋に取り残された私は、ただ彼女達の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「借りるだなんて……今まで、返してくれたことなんて一度も無いじゃない……」
これまで奪われてきたものは、なんだって諦めてきた。ドレスだってアクセサリーだって、欲しいと言われたら全部渡してきた。
でも、あの指輪は違う。
私だけに用意してくれた、大切なものだったのに。
ルディエル様や精霊達に知られたら、きっと心配させてしまう。そんなこと、絶対にしたくなかったけれど――
(ごめんなさい……私、指輪を守れなかった)
床に滲んでいく涙は、止めようとしても後から後から溢れてくる。どうしても諦めきれない。
私はこれまでにない喪失感の中で、ただただルディエル様に申し訳なく思った。
25
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?
かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。
十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。
ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが……
それは……
-----------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜
あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。
イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。
一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!?
天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。
だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。
心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。
ぽっちゃり女子×イケメン多数
悪女×クズ男
物語が今……始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる