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欲深い瞳
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鼻歌が止まらない。
足取りが軽い。
義母の罵声も耳に届かない。
ここ数日、私は絶好調だった。辛い水仕事もへっちゃらだ。
なぜなら、私にはルディエル様と精霊達からの素晴らしい贈り物があるのだから。
毎日のように枕元に届いたプレゼントは、恐れ多いほど素晴らしいものだったけれど……あの日、すべて私のために用意して下さったものだと知り、私はもう幸せの絶頂にあった。
こんなふうに、父以外の誰かからプレゼントを頂くのは初めてで。
あまりにも嬉しくて――使うなんてもったいなくて、頂いたものはすべて部屋の宝箱へ大切にしまってある。
宝箱には、お気に入りの香水瓶や父にもらった思い出のイヤリング、精霊のシュシュから貰った羽飾り――お気に入りの宝物達がしまってあった。そこに、ハンカチ、手鏡、髪飾り、そしてサファイアの指輪も一緒に保管することにしたのだ。
どんなに疲れていても、その蓋を開けて眺めれば疲れなんて吹き飛んでしまう。私の大切な宝物は、見るたびに現実の辛さから救ってくれた。
この日も、私は鼻歌混じりに屋根裏部屋へと戻った。
一日の家事を終わらせて部屋へ戻る頃には、もう義母達は寝静まっている時間になる。心穏やかに、自分だけのひとときを過ごせるはずだった。
なのに――
(……え? なに? 物音が聞こえるような……)
二階の奥のさらに上、いつもなら誰も来ようとしない屋根裏部屋――私の部屋から、今夜はガサガサと部屋を漁る音がする。
嫌な予感がして屋根裏へと急ぐと、扉の隙間からほんのり明かりが漏れていた。
(誰かいる……)
そう確信した瞬間、背中にゾクリと悪寒が走った。
「誰!?」
勢いよく扉を開けた私が見たのは――ランプを掲げる義母と、私の宝箱を漁る義妹ミルフィの姿。
二人ともナイトウェアを着たまま、私の宝箱を囲んでいる。
「な……なにをしているのですか……!」
「あら、もう帰ってきちゃったのねお義姉さま」
よく見れば、宝箱だけではなく部屋中を漁られたようだ。クローゼットの扉は開け放たれ、棚に並べていた本などは無惨にも床へ散乱していた。
(ひどい……なぜ、こんな……!)
私がショックで顔を歪めても、義母とミルフィはケロリとしている。むしろ私をからかいたかったのか――ルディエル様から頂いたハンカチをヒラヒラと揺らしながら、楽しそうに笑って見せた。
「それは私の宝箱です! 触らないで!」
「あら。母親が、“娘”のものを見て何が悪いのよ」
「そうよ。私達は家族でしょう?」
開き直った二人は、私が怒っていることをさもおかしいことかのようにほくそ笑んでいる。
ミルフィの手には指輪をしまっておいた小箱が握られていて……私は全身から血の気が引くのを感じた。
「やめて!! それは大切なものなの!」
「そうでしょうね、こんなに大きなサファイア……独り占めして、あさましい子」
「最近やけにお義姉さまの機嫌がいいから、おかしいと思っていたのよね。まさかこんなに良いモノをお持ちだなんて知らなかったわ。どこで手に入れたか知らないけれどズルいわよ」
義母とミルフィはサファイアの指輪に興奮している。ランプに照らされる二人の顔が私には恐ろしい。欲深い瞳に、何か算段するような表情を浮かべていて……
(だめ……返してもらわないと! あれは、私だけの大切な……!)
「返して! せっかくルディエル様がくださったのに……!」
「ルディエル様? 精霊守の……アレンフォード家の?」
「あなた、やっぱり精霊守とはそういうことだったの。まさか、精霊守がこんな指輪を贈れるほど裕福なんてね」
「いいこと聞いたわ。ありがとうお義姉さま」
何かを企む二人の顔が、楽しげに歪んでいく。
そしてミルフィは指輪を手放すはずもなく、持ったまま屋根裏部屋を出ようとした。
「だめ! それは私の……!」
「しつこいわね!」
ミルフィに奪われるわけにはいかない。私は力づくでも返してもらおうと、ミルフィに掴みかかる。
けれど、義母によって振り払われ――私は呆気なく部屋の中へと突き飛ばされてしまった。
「痛っ……」
ごつごつとした木の床に、私の身体は勢いよく打ち付けられる。その衝撃と同時に、私の中の何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。
「お義姉さま、この指輪はお借りするわよ。こんな素敵なもの、みんなで使わないと! ねっ」
「ミルフィのほうがよっぽど似合うわよ。ネネリアには価値なんて分からないでしょう? 精霊守も、可愛いミルフィに会えばそう思うに違いないわ。もしかしたら婚約も……」
「やだお母さまったら。じゃあ明日はこれをつけてお出かけしようかなあ。あの精霊守様がこんなに高価な指輪をくれるのなら、私だって会ってみたいもの!」
二人は倒れ込んだ私を気にすることもなく、指輪を手にはしゃぎながら去っていく。
冷たい屋根裏部屋に取り残された私は、ただ彼女達の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「借りるだなんて……今まで、返してくれたことなんて一度も無いじゃない……」
これまで奪われてきたものは、なんだって諦めてきた。ドレスだってアクセサリーだって、欲しいと言われたら全部渡してきた。
でも、あの指輪は違う。
私だけに用意してくれた、大切なものだったのに。
ルディエル様や精霊達に知られたら、きっと心配させてしまう。そんなこと、絶対にしたくなかったけれど――
(ごめんなさい……私、指輪を守れなかった)
床に滲んでいく涙は、止めようとしても後から後から溢れてくる。どうしても諦めきれない。
私はこれまでにない喪失感の中で、ただただルディエル様に申し訳なく思った。
足取りが軽い。
義母の罵声も耳に届かない。
ここ数日、私は絶好調だった。辛い水仕事もへっちゃらだ。
なぜなら、私にはルディエル様と精霊達からの素晴らしい贈り物があるのだから。
毎日のように枕元に届いたプレゼントは、恐れ多いほど素晴らしいものだったけれど……あの日、すべて私のために用意して下さったものだと知り、私はもう幸せの絶頂にあった。
こんなふうに、父以外の誰かからプレゼントを頂くのは初めてで。
あまりにも嬉しくて――使うなんてもったいなくて、頂いたものはすべて部屋の宝箱へ大切にしまってある。
宝箱には、お気に入りの香水瓶や父にもらった思い出のイヤリング、精霊のシュシュから貰った羽飾り――お気に入りの宝物達がしまってあった。そこに、ハンカチ、手鏡、髪飾り、そしてサファイアの指輪も一緒に保管することにしたのだ。
どんなに疲れていても、その蓋を開けて眺めれば疲れなんて吹き飛んでしまう。私の大切な宝物は、見るたびに現実の辛さから救ってくれた。
この日も、私は鼻歌混じりに屋根裏部屋へと戻った。
一日の家事を終わらせて部屋へ戻る頃には、もう義母達は寝静まっている時間になる。心穏やかに、自分だけのひとときを過ごせるはずだった。
なのに――
(……え? なに? 物音が聞こえるような……)
二階の奥のさらに上、いつもなら誰も来ようとしない屋根裏部屋――私の部屋から、今夜はガサガサと部屋を漁る音がする。
嫌な予感がして屋根裏へと急ぐと、扉の隙間からほんのり明かりが漏れていた。
(誰かいる……)
そう確信した瞬間、背中にゾクリと悪寒が走った。
「誰!?」
勢いよく扉を開けた私が見たのは――ランプを掲げる義母と、私の宝箱を漁る義妹ミルフィの姿。
二人ともナイトウェアを着たまま、私の宝箱を囲んでいる。
「な……なにをしているのですか……!」
「あら、もう帰ってきちゃったのねお義姉さま」
よく見れば、宝箱だけではなく部屋中を漁られたようだ。クローゼットの扉は開け放たれ、棚に並べていた本などは無惨にも床へ散乱していた。
(ひどい……なぜ、こんな……!)
私がショックで顔を歪めても、義母とミルフィはケロリとしている。むしろ私をからかいたかったのか――ルディエル様から頂いたハンカチをヒラヒラと揺らしながら、楽しそうに笑って見せた。
「それは私の宝箱です! 触らないで!」
「あら。母親が、“娘”のものを見て何が悪いのよ」
「そうよ。私達は家族でしょう?」
開き直った二人は、私が怒っていることをさもおかしいことかのようにほくそ笑んでいる。
ミルフィの手には指輪をしまっておいた小箱が握られていて……私は全身から血の気が引くのを感じた。
「やめて!! それは大切なものなの!」
「そうでしょうね、こんなに大きなサファイア……独り占めして、あさましい子」
「最近やけにお義姉さまの機嫌がいいから、おかしいと思っていたのよね。まさかこんなに良いモノをお持ちだなんて知らなかったわ。どこで手に入れたか知らないけれどズルいわよ」
義母とミルフィはサファイアの指輪に興奮している。ランプに照らされる二人の顔が私には恐ろしい。欲深い瞳に、何か算段するような表情を浮かべていて……
(だめ……返してもらわないと! あれは、私だけの大切な……!)
「返して! せっかくルディエル様がくださったのに……!」
「ルディエル様? 精霊守の……アレンフォード家の?」
「あなた、やっぱり精霊守とはそういうことだったの。まさか、精霊守がこんな指輪を贈れるほど裕福なんてね」
「いいこと聞いたわ。ありがとうお義姉さま」
何かを企む二人の顔が、楽しげに歪んでいく。
そしてミルフィは指輪を手放すはずもなく、持ったまま屋根裏部屋を出ようとした。
「だめ! それは私の……!」
「しつこいわね!」
ミルフィに奪われるわけにはいかない。私は力づくでも返してもらおうと、ミルフィに掴みかかる。
けれど、義母によって振り払われ――私は呆気なく部屋の中へと突き飛ばされてしまった。
「痛っ……」
ごつごつとした木の床に、私の身体は勢いよく打ち付けられる。その衝撃と同時に、私の中の何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。
「お義姉さま、この指輪はお借りするわよ。こんな素敵なもの、みんなで使わないと! ねっ」
「ミルフィのほうがよっぽど似合うわよ。ネネリアには価値なんて分からないでしょう? 精霊守も、可愛いミルフィに会えばそう思うに違いないわ。もしかしたら婚約も……」
「やだお母さまったら。じゃあ明日はこれをつけてお出かけしようかなあ。あの精霊守様がこんなに高価な指輪をくれるのなら、私だって会ってみたいもの!」
二人は倒れ込んだ私を気にすることもなく、指輪を手にはしゃぎながら去っていく。
冷たい屋根裏部屋に取り残された私は、ただ彼女達の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「借りるだなんて……今まで、返してくれたことなんて一度も無いじゃない……」
これまで奪われてきたものは、なんだって諦めてきた。ドレスだってアクセサリーだって、欲しいと言われたら全部渡してきた。
でも、あの指輪は違う。
私だけに用意してくれた、大切なものだったのに。
ルディエル様や精霊達に知られたら、きっと心配させてしまう。そんなこと、絶対にしたくなかったけれど――
(ごめんなさい……私、指輪を守れなかった)
床に滲んでいく涙は、止めようとしても後から後から溢れてくる。どうしても諦めきれない。
私はこれまでにない喪失感の中で、ただただルディエル様に申し訳なく思った。
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