10 / 29
ずっと君だけ
しおりを挟む
想定外の出来事にどうなることかと思ったが、ネネリアは無事にプレゼントを受け取ってくれた。
戸惑いの中にも見えた彼女の微笑み。嬉しかった。喜んでくれたのだ。ずっと渡せずにいた、あのプレゼントを。
「……お前達、やってくれたな」
ネネリアが去った後、俺は後ろを振り返り、精霊達をギロリと睨みつけた。
そこには反省もなく、“大成功!”とでも言わんばかりにはしゃぐ精霊達の姿がある。
「ハンカチも髪飾りも……あの指輪まで! いつの間に見つけた? お前達には隠していたはずなのに」
俺を出し抜いたことで、精霊達はキャッキャと喜ぶ。
本当にいたずら好きで困る。
「はあ……」
精霊達に八つ当たりしても仕方がない。彼等は、意気地無い俺と鈍感なネネリアが心配になって、おせっかいをやいているだけなのだ。
いつもいつも、プレゼントを渡せなかった俺が悪い。
思い返せば、最初に贈り物を用意したのはネネリアが八歳の頃だった。
街で見かけた優しい色合いのハンカチに、ネネリアの面影を感じて……つい手に取ってしまったものだ。
俺の贈ったハンカチをネネリアが使ってくれたならどんなに幸せだろう。誰かに物を贈りたいと思ったのは、この時が初めてだった。
しかし俺は、ネネリアにそれを渡せなかった。ただの友人同士という関係で、なんでもない日に突然贈り物をするなんておかしいかもしれない……と、幼い俺は悩みに悩んだのだ。
その結果、ハンカチは引き出しの奥へとしまい込まれることになる。
次に用意した手鏡は、ネネリアが十二歳になった誕生日に誕生日プレゼントとして選んだものだった。
いつも俺ばかりを褒め、自分の愛らしさを分かっていないネネリア。そんな彼女に、ちゃんと自分の魅力を分かってもらおう――そう思い、プレゼントは鏡に決めたのだった。
しかし誕生日直前になって俺は怯んだ。そんな風に彼女の魅力を押しつけがましく伝えるなんて、気味悪がられるのではないか……そう思った途端、我に返ったのだ。
結局、誕生日プレゼントとして贈ったのは、無難な花束だった。もちろん、ネネリアは喜んでくれたけれど。
三つ目の髪飾りも、俺が用意したものだった。あれはネネリアが十六歳の時に選んだ。
俺はこの頃になってやっと気付いたのだ。街の少女達がアクセサリーで着飾っていることに。
けれど森に来るネネリアはいつも、決まったワンピースにエプロン、革靴といった素朴な姿。アクセサリーをつけている姿など見たためしが無い。もしかしてああいったものを持っていないのではないか……そんな疑念も頭をかすめた。
髪にリボンを巻いていることはあるけれど、あれが髪留めでも愛らしいのではないか。ネネリアの着飾った姿を想像した俺はいても立っても居られなくなり、気付いた時には買い求めていた。
我に返ったのは購入後、店員から「恋人用のプレゼントですか」と問いかけられた時だ。
恋人でもないのに、アクセサリーを贈るなど……と、そんな自分の行動に若干引いてしまった。ネネリアにまで引かれてしまったら、俺はもう立ち直れない。髪飾りは、屋敷に戻るやいなや、引き出しの奥深くへと封印した。
どれもこれも、いつか恋人になった時に渡せればいい……いつも自分に言い訳をしながら。
けれど今日、精霊達がやってのけたことで、俺のプレゼントはようやくネネリアの手に渡った。
戸惑いながらも受け取ってくれた、ネネリアの微笑み。それを見ただけでも、過去の想いが報われた気がした。
そして、サファイアの指輪は――
「お前達、指輪のありかも知っていたのか」
俺の問いかけに、精霊達はこくこくと頷いている。「当たり前だろう」とでも言うように。
まったく……精霊達にはかなわない。
あのサファイアの指輪は、我がアレンフォード家の花嫁に受け継がれているものだ。
指輪の中央に輝くサファイアは、代々青い瞳を持つアレンフォード家の象徴。先日、精霊守を継いだ際、母からあの指輪も一緒に託されたのだった。
『もしプロポーズするのなら……これをネネリアちゃんに渡してあげて。身に付けると、花嫁にはおもしろいことが起こるのよ』
花嫁の証をネネリアに――
母によると、この指輪をつけることで不思議なことが起こるらしい。が、俺にとってそんなことは二の次だった。
(これを渡して受け取ってもらえれば、ネネリアはアレンフォード家の花嫁になる――)
指輪を手にした途端、夢にまで見たネネリアとの結婚が現実味を帯びて、俺の想いは加速した。
早く、早く。早く準備をしなければ。
ネネリアが住みやすいように、ネネリアが喜んでくれるように、とびきり心地よい屋敷に仕上げよう。
そして準備が整ったら、いよいよ指輪を渡すのだ。
そう思っていたのに――
まさか、精霊達に先を越されてしまうなんて。
精霊達は、ネネリアのことを溺愛している。
俺が精霊守としてアレンフォード家を継いだ途端、毎日のように「早く結婚しろ」と、求婚を急かすほど。
幼い頃から懸命に生きる幼いネネリアに、精霊達は惚れ込んでしまったのだ。ただの人間なら、精霊はこんなに懐かない。
あの日、ボロボロの服を着た少女は、俺を見て柔らかく笑った。
こんな森で一人きり、得体の知れぬ精霊に纏わりつかれて、森の奥まで連れてこられ……普通の子供なら、恐怖で泣いてもおかしくないのに。
『すてきなところですね』
木漏れ日の中でネネリアが微笑んだその日から、俺の胸にはネネリアだけが住んでいる。
戸惑いの中にも見えた彼女の微笑み。嬉しかった。喜んでくれたのだ。ずっと渡せずにいた、あのプレゼントを。
「……お前達、やってくれたな」
ネネリアが去った後、俺は後ろを振り返り、精霊達をギロリと睨みつけた。
そこには反省もなく、“大成功!”とでも言わんばかりにはしゃぐ精霊達の姿がある。
「ハンカチも髪飾りも……あの指輪まで! いつの間に見つけた? お前達には隠していたはずなのに」
俺を出し抜いたことで、精霊達はキャッキャと喜ぶ。
本当にいたずら好きで困る。
「はあ……」
精霊達に八つ当たりしても仕方がない。彼等は、意気地無い俺と鈍感なネネリアが心配になって、おせっかいをやいているだけなのだ。
いつもいつも、プレゼントを渡せなかった俺が悪い。
思い返せば、最初に贈り物を用意したのはネネリアが八歳の頃だった。
街で見かけた優しい色合いのハンカチに、ネネリアの面影を感じて……つい手に取ってしまったものだ。
俺の贈ったハンカチをネネリアが使ってくれたならどんなに幸せだろう。誰かに物を贈りたいと思ったのは、この時が初めてだった。
しかし俺は、ネネリアにそれを渡せなかった。ただの友人同士という関係で、なんでもない日に突然贈り物をするなんておかしいかもしれない……と、幼い俺は悩みに悩んだのだ。
その結果、ハンカチは引き出しの奥へとしまい込まれることになる。
次に用意した手鏡は、ネネリアが十二歳になった誕生日に誕生日プレゼントとして選んだものだった。
いつも俺ばかりを褒め、自分の愛らしさを分かっていないネネリア。そんな彼女に、ちゃんと自分の魅力を分かってもらおう――そう思い、プレゼントは鏡に決めたのだった。
しかし誕生日直前になって俺は怯んだ。そんな風に彼女の魅力を押しつけがましく伝えるなんて、気味悪がられるのではないか……そう思った途端、我に返ったのだ。
結局、誕生日プレゼントとして贈ったのは、無難な花束だった。もちろん、ネネリアは喜んでくれたけれど。
三つ目の髪飾りも、俺が用意したものだった。あれはネネリアが十六歳の時に選んだ。
俺はこの頃になってやっと気付いたのだ。街の少女達がアクセサリーで着飾っていることに。
けれど森に来るネネリアはいつも、決まったワンピースにエプロン、革靴といった素朴な姿。アクセサリーをつけている姿など見たためしが無い。もしかしてああいったものを持っていないのではないか……そんな疑念も頭をかすめた。
髪にリボンを巻いていることはあるけれど、あれが髪留めでも愛らしいのではないか。ネネリアの着飾った姿を想像した俺はいても立っても居られなくなり、気付いた時には買い求めていた。
我に返ったのは購入後、店員から「恋人用のプレゼントですか」と問いかけられた時だ。
恋人でもないのに、アクセサリーを贈るなど……と、そんな自分の行動に若干引いてしまった。ネネリアにまで引かれてしまったら、俺はもう立ち直れない。髪飾りは、屋敷に戻るやいなや、引き出しの奥深くへと封印した。
どれもこれも、いつか恋人になった時に渡せればいい……いつも自分に言い訳をしながら。
けれど今日、精霊達がやってのけたことで、俺のプレゼントはようやくネネリアの手に渡った。
戸惑いながらも受け取ってくれた、ネネリアの微笑み。それを見ただけでも、過去の想いが報われた気がした。
そして、サファイアの指輪は――
「お前達、指輪のありかも知っていたのか」
俺の問いかけに、精霊達はこくこくと頷いている。「当たり前だろう」とでも言うように。
まったく……精霊達にはかなわない。
あのサファイアの指輪は、我がアレンフォード家の花嫁に受け継がれているものだ。
指輪の中央に輝くサファイアは、代々青い瞳を持つアレンフォード家の象徴。先日、精霊守を継いだ際、母からあの指輪も一緒に託されたのだった。
『もしプロポーズするのなら……これをネネリアちゃんに渡してあげて。身に付けると、花嫁にはおもしろいことが起こるのよ』
花嫁の証をネネリアに――
母によると、この指輪をつけることで不思議なことが起こるらしい。が、俺にとってそんなことは二の次だった。
(これを渡して受け取ってもらえれば、ネネリアはアレンフォード家の花嫁になる――)
指輪を手にした途端、夢にまで見たネネリアとの結婚が現実味を帯びて、俺の想いは加速した。
早く、早く。早く準備をしなければ。
ネネリアが住みやすいように、ネネリアが喜んでくれるように、とびきり心地よい屋敷に仕上げよう。
そして準備が整ったら、いよいよ指輪を渡すのだ。
そう思っていたのに――
まさか、精霊達に先を越されてしまうなんて。
精霊達は、ネネリアのことを溺愛している。
俺が精霊守としてアレンフォード家を継いだ途端、毎日のように「早く結婚しろ」と、求婚を急かすほど。
幼い頃から懸命に生きる幼いネネリアに、精霊達は惚れ込んでしまったのだ。ただの人間なら、精霊はこんなに懐かない。
あの日、ボロボロの服を着た少女は、俺を見て柔らかく笑った。
こんな森で一人きり、得体の知れぬ精霊に纏わりつかれて、森の奥まで連れてこられ……普通の子供なら、恐怖で泣いてもおかしくないのに。
『すてきなところですね』
木漏れ日の中でネネリアが微笑んだその日から、俺の胸にはネネリアだけが住んでいる。
19
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?
かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。
十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。
ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが……
それは……
-----------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜
あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。
イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。
一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!?
天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。
だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。
心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。
ぽっちゃり女子×イケメン多数
悪女×クズ男
物語が今……始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる