やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

文字の大きさ
9 / 29

枕元へのプレゼント

しおりを挟む
 あんな記事を読んだ翌朝。
 まだ薄暗い屋根裏部屋で、ふと甘い香りが鼻をかすめた。
 不思議に思い、まどろみから目を覚ますと――私の枕元には、なぜか小さな花束が置かれている。

「これは……?」

 見覚えのある花束を手に取り、私は思わず目を瞬かせた。
 蔦で優しくひとまとめにされた花束。この白い可憐な花は、ブレアウッドの森に咲くノエリアという花だ。精霊達がこの花びらを好み、ひらひらと遊んでいる姿を見かけたこともあるけれど…… 
 眠りにつく前は、たしかに花束などなかった。
 なら、いつの間に?

「ねえ、シュシュ……起きてる?」

 私はシュシュに声をかけた。ベッドがもぞもぞと動き、中からシュシュがヨロヨロと飛んでくる。まだ、少し眠いみたいだ。
 彼女は昨夜ここを離れず、一緒に眠ってくれていた。たまにこうしてシュシュが来てくれるおかげで、狭く暗い屋根裏部屋でも寂しい思いをせずにすんでいる。
 
「朝起きたら、花束が置いてあったの。これは森に咲くノエリアでしょう? もしかしてシュシュが摘んできてくれたの?」

 私の問いかけに、シュシュは寝ぼけまなこで首をふった。違う、ということだろうか。

「シュシュじゃないの?」

 シュシュはうんうんと頷き、再びベッドへ沈みこんだ。ポフッと柔らかな毛布に、気持ち良さげな顔をしている。

(なら、これは一体誰が――?)

 

 戸惑う私を置いてけぼりにして、枕元への不思議なプレゼントは続いた。
 二日目は上質なハンカチが。
 三日目は素敵な手鏡が。
 四日目は可愛らしい髪飾りが。
 そして五日目には、なんとサファイアが埋め込まれた指輪までもが届いた。
 そのどれもが素晴らしく、質の良さは一目でわかるほど。私なんかではとても手が届くはずもない高価なものだ。
 
 身に余るプレゼントに、私は困惑してしまった。理由もなしに、このように高価なものを受け取ることはできない。

(ど、どうして? 誰が、何の目的で……?)

 贈り主について、義母や義妹の可能性も考えたけれど……同じ屋敷で暮らしていても、あの人達が私に贈り物をするなんて考えにくい。しかもこんなに高価なもの、ソルシェ家にいて買えるはずがないのだ。彼女達が贈り主であるという可能性は、一瞬で消え失せた。

 となると、我が家以外の誰かということになる。
 夜中にこっそり私の部屋へ忍びこめて、こんなに高価なプレゼントを用意できる存在といったら――人間ではない気がする。

「シュシュじゃないのなら、もしかしてあの子達……森の精霊達かしら……でも、どうしてこんな高価なものを用意出来るの?」
 
 贈り主について、もしかしたらと見当はついたけれど――
 私は贈り主を明らかにするため、ブレアウッドの森へと向かった。 
 


「ネネリア。おはよう」

 アレンフォード家へ訪れると、今日もルディエル様が快く出迎えてくださった。
 いつもと変わらぬ笑顔に、優しい眼差し。毎日のように届けられるプレゼントの事は、おそらく何も知らないのだろう。
 
「こんにちは、ルディエル様」
「よく来てくれたね。ネネリア見て、玄関はずいぶん片付いてきただろう?」
「わ……本当ですね!」

 ずっと調度品で飾られていた玄関ホールはすっきりと片付き、ルディエル様らしい落ち着いた雰囲気となっている。
 かわりに飾られているのは、花瓶にいけられた愛らしい花々。絨毯や壁掛けも一新され、優しい色合いのものに変わっていた。

(すごい……ルディエル様も精霊達も、本気なのだわ……)
 
 様変わりした玄関を見ただけでも分かる。ルディエル様も精霊達も、番――伴侶となる女性のことを心から待ち望んでいるのだ。
 その女性を迎えるために、屋敷全体の姿を変えようとしている。私の目にはそのように映った。

「……羨ましいですね。みんなから、こんなに歓迎されるなんて」
「え?」
「アレンフォード家に迎えられる方は、きっと喜ばれると思います」

 私の口からは、思わず本音が漏れてしまった。
 だってこんなに歓迎されるなんて、ルディエル様のお相手は幸せ者だ。ご結婚されてからも、大切にされるに違いない。
 私の居場所なんて、あの屋根裏部屋だけなのに。

「……本当に? ネネリアはそう思う?」
「はい。とても居心地が良くて、すぐにこのお屋敷が気にいると思います」
「そ、そうか。ネネリアがそう言ってくれるなら、少し自信が持てたよ。うん、このまま進めることにしよう」

 ルディエル様は頬を赤らめ、はにかんだように笑った。
 未来を見つめるその笑顔が私には眩し過ぎて、思わず本題を忘れてしまいそうになる。持参した鞄のふくらみを思い出し、私はやっと我に返った。

 
「これは……」
 
 通された先にあるリビングで、ルディエル様に例のプレゼントを広げて見せた。
 ハンカチ、手鏡、銀の髪飾り。そして最後にサファイアの指輪をコトリと置くと、ルディエル様は首を傾げた。

「わたしの枕元に届いた贈り物です。最初は森に咲く花束だったのですが、どんどんエスカレートしまして……今朝はこの指輪が枕元に置かれてありました。きっと、とても高価なものでしょう。私は、森の精霊達のしわざかと思ったのですが」
「精霊達が?」
「夜中に私の寝室へ入るなんて、普通の人間では考えられないでしょう?」
「ネネリアの寝室に……」

 ルディエル様は、背後に飛び交う精霊達をジトリと見つめた。
 精霊達は「バレたか」とでも言うように、身を寄せ合い縮こまっている。しかし、悪びれる訳でもなく楽しそうだ。まるでイタズラが成功した子供みたいに、ルディエル様を指さして笑っている。

「はぁ……余計なことはしないでくれと言ったのに……」
「やっぱり、精霊達の仕業なのですか?」
「どうやらそのようだ。精霊とはいえ、女性の寝室に忍び込むなど……本当にすまなかった。けれど、どうか精霊達を責めないでほしい。彼らによこしまな気持ちは無くて――ただネネリアにプレゼントを渡したかっただけなんだ」

 精霊達にかわり、ルディエル様から頭を下げられてしまった。
 
「あ、頭を上げてください! 精霊達を責めるだなんて……むしろこんなに高価なものをいただくなんて恐れ多くて、ご相談に来たのですから」
「……これは好みに合わないだろうか?」
「え?」
「どれも、ネネリアらしいと思うのだけど」

 顔を僅かに上げたルディエル様は、そう言ってまた寂しそうに瞳をそらす。

「好みに合わない、だなんて……」
  
 私は、テーブルに並べられた贈り物を見下ろした。
 白いレースのハンカチは周りが淡いピンクで縁取られた可愛らしいものだった。木彫りの手鏡は、背面に繊細な花模様が施されている。髪飾りも、私の地味な茶色の髪でも映えるよう、細やかな銀細工が散りばめられていて――

「……そんなはずありません。どれも本当に素晴らしくて、私にはもったいなくて」

 それ以上は言葉にならず、私は最後に指輪を見つめた。埋め込まれたサファイアは、ルディエル様の瞳を思わせるような――透き通る青。ずっと見ていたいほど胸を打つ輝きを放っている。

 触れることも躊躇う私に、ルディエル様は小箱を握らせた。私の手のひらには、指輪が鎮座した小箱が乗せられる。

「嫌じゃないなら貰って欲しい。すべて、君のためのものだから」
「ルディエル様……」
「ネネリアが喜んでくれたら、それだけでいいんだよ」

 指輪が私の手にあることで、ルディエル様の顔にもようやく笑顔が戻ってくる。

「そ、そうでしょうか」
「ああ。ネネリアが良ければだけど」
「いえ、ありがとうございます! ……大切にしますね」

 私は、精霊からのプレゼントをありがたくいただくことにした。なぜ彼らが私に贈り物をするのか、その動機は分からずじまいだったけれど……
 
(それにしても、なぜ精霊達はこんなに高価なものを用意することができたのかしら)

 不思議の多い精霊達。
 素敵なプレゼントをいただいて、謎は増えていくばかりだった。 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます

さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。 生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。 「君の草は、人を救う力を持っている」 そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。 不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。 華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、 薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。 町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。

【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?

かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。 十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。 ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが…… それは…… ----------------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

竜帝と番ではない妃

ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。 別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。 そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・ ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜

あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。 イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。 一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!? 天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。 だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。 心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。 ぽっちゃり女子×イケメン多数 悪女×クズ男 物語が今……始まる

処理中です...