やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

文字の大きさ
18 / 29

新しい生活

しおりを挟む
「サラちゃん、これ三番テーブル。あのお客さん酔っ払ってるみたいだから……急いでね」
「はい、女将さん」

 私は女将さんから葡萄酒と鳥の串焼きを受け取ると、慎重な手つきでお盆にのせる。そして熱気あふれるフロアをすり抜け、三番のテーブルへと急いだ。
 
 店内は今日も仕事帰りの客でごった返し、いつもの喧騒が広がっていた。 
 フロアの中ほどにある三番テーブルでは、すでに酒の匂いをまとった男性客が葡萄酒のおかわりを待っている。

「早くしてくれよ!」
「はい! ただ今……!」
 
 ここはセルヴェイルの街角にある大衆食堂。私は“サラ”として給仕係として無事に雇われ、働き始めて一ヶ月が経とうとしている。
 
 ブレアウッドの街に別れを告げ、いくつかの街を通り過ぎ、えらんだのがここセルヴェイルの街だった。
 手持ちのお金でも馬車代がギリギリ払える範囲内で、働き口が多くありそうな都会。緑の多いブレアウッドの街とは対照的に、ここは人と音と香りであふれていた。

 ネネリアという名前を隠し、偽名で生活しているのは万が一にも義母達に見つかりたくないからだ。最初は慣れなかったけれど、最近やっと“セルヴェイルのサラ”として板に付いてきたような気がする。

「遅い! 女将、あんたこの子にどういう教育してんだい」
「すみませんねえ、この子まだ入って一ヶ月の新米でして」
「そんなの客には関係ねえよ! 店っつうのはなあ……!」

 酔っ払った男性客は、私が遅かったせいで女将さんに絡み始めた。
 ただでさえ忙しい時間帯なのに、これでは何もかも滞ってしまう。申し訳なくて、私はとっさに二人の間へと割り込んだ。

「申し訳ありません。私の対応が至らなかったせいです」
「謝れば済むと思ってんのか? お前が遅いおかげで肉が冷めちまうじゃねえか! ここは冷めた肉を客に提供する店なのか!」
「もし冷めてしまっていたら、新しいものとお取替えいたします。すぐに厨房へ伝えますので」
「また待たせるっていうのか! どんだけ我慢してると思ってんだ! そもそも最近の小娘は――」

 料理は女将さんから受け取ったばかりだし、出来たてのはずだった。けれどこの混み具合からして、男性客をかなり待たせてしまっていたのは否めない。
 ここはもう怒りが収まるまで我慢するしかない。幸いにも、理不尽に怒られることには慣れている。
 男性客の怒りは治まらず、私は頭を下げ続けた。

  
「そこまでにしておけよ、親父さん」

 そこに、隣から助け舟が入った。
 大柄で威圧感のある男性だ。この店の常連で、いつもカウンターに陣取り、少しのお酒をあおって帰っていく。名前は――

「グレンさん……」
「サラ、大丈夫か? もういいよ。こいつ酔っ払ってるだけだから」
「なんだと!?」

 男性客はグレンさんに向かって力任せに掴みかかったけれど、体格差があり過ぎて話にならない。
 グレンさんは彼を子供のようにつまみ上げると、店の外へポイッと放り出した。

「ああ……! やり過ぎでは!?」
「ああいう奴は客じゃねえよ。みんなの酒が不味くなる。なあ、女将さん」
「そのとーり!」

 女将さんとグレンさんは、酔っ払いの居なくなったカウンターでケラケラと笑い合っている。もしかしたら良くあることなのかもしれない。私はホッと胸をなでおろし、グレンさんへ頭を下げた。

「ありがとうございました、グレンさん。こういうことは慣れていなくて……次からは気をつけますね」
「あんなの、サラが気をつけても意味ねえよ。俺がいたら任せな。また放り出してやるから」

 グレンさんはそう言って、また豪快に笑った。女将さんからはサービスのお酒がもう一杯。こうして店内が和んでいく。

 彼は常連客の中でも、特に存在感のある人だった。身体も大きいけれど声も大きく、こうして店内にアクシデントがあっても、あっさりと解決してくれる。女将さんもグレンさんのことは頼りにしているみたいで、店には欠かせない存在だった。

「あら、グレンさん男前なこと言うじゃない。もうちょっと早ければ、サラちゃんをお嫁さんにできたのにねえ」
「冗談言うなよ。これでももうすぐ結婚するんだからな」
「良かったわよねえ、いい相手が見つかって」
「本当だよ。俺なんかでいいって言ってくれたんだ、絶対あいつのことは幸せにすっからな」
  
 女将さんがグレンさんをからかうと、彼の頬がポッと赤くなる。こう見えて中身は純情なようだ。
 グレンさんはずっと独り身だったみたいだけれど、最近やっと結婚相手が現れたらしい。幸せの絶頂にあるのか、彼は店へ来るといつも結婚生活への夢を話してくれた。

「結婚したら、俺の手料理を毎日食べさせてやりたいと思ってるんだ。あいつはもう家にいてくれるだけでいい、それだけで幸せだよ、俺は」
「グレンさんの手料理なんて毎日食べさせたら、あんな小さな子はお腹が破裂しちまうんじゃないのかい」
「そうなんだ、リスみたいにちっさくてなぁ……可愛いんだ。ちょこちょこ動き回ってなあ……」

 こうして、私達はいつも怒涛の惚気話を聞かされている。女将さんはもう聞き飽きたようで呆れ顔で聞いているけれど、私は幸せのおすそ分けを貰っているみたいでなんとなく癒された。誰かが幸せになるのは良いことだ。

「本当に好きなんですね、彼女さんのこと」
「またサラにも会わせてやるよ。いつがいい? 女将、この店甘いものも出来るか?」
「はいはい、用意しておきますよ」

 今日も機嫌よくお酒を楽しんだグレンさんは、約束をしてから去っていく。
 その背中に、私は今日もまた見つけてしまった。

(……精霊だわ)

 女将さんには見えないのだろうか。
 グレンさんの周りにはいつも、青い鳥のような精霊がとまっているのだ。お酒を飲んでいるあいだは大人しく肩にとまり、彼が立ち上がれば行く先に向かって飛んでいく。

(ブレアウッドの精霊とは違う……いろんな子がいるのね)
 
 羽ばたく精霊を見るたびに、ブレアウッドの精霊達や、池で見た水の精霊を思い出す。
 そしてその思い出すべてに、ルディエル様の笑顔がある。

(ルディエル様……お元気かしら)
 
 まだ、私はブレアウッドに囚われたままでいる。 
 そんな私に、精霊達は翼を振って去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます

さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。 生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。 「君の草は、人を救う力を持っている」 そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。 不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。 華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、 薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。 町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。

【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?

かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。 十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。 ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが…… それは…… ----------------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

竜帝と番ではない妃

ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。 別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。 そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・ ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜

あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。 イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。 一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!? 天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。 だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。 心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。 ぽっちゃり女子×イケメン多数 悪女×クズ男 物語が今……始まる

処理中です...