やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

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未練

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 閉店後、女将さんから「もう上がっていいよ」と言われた私は、後片付けを終えると食堂の二階へ上がった。
 この大衆食堂は三階建て。一階が食堂、二階が従業員の部屋、三階が女将さん達の家族の生活エリアとなっていて、私は二階奥の部屋を使わせてもらっている。
 
 有難いことに、私は引っ越してすぐ住み込みの仕事を見つけることができた。
 セルヴェイルの街では女性の働き手が珍しく、「働きたい」というそれだけで重宝されるらしい。紹介所で働き口を探していたその日に、女将さんから声をかけられたのだ。私もなりふり構わず働き始めた。

 そうしたら、とても楽しくて、やりがいもあって…… 
 この街を選んで良かった。
 気の合う人達にも巡り会えた。
 私はとても運が良かった。
 
 けれど、毎晩思いを馳せるのはブレアウッドのアレンフォード家だ。

(ルディエル様……)

 なにも言わずに街を出た幼なじみを、薄情に思うだろうか。でも、会えばせっかくの決意が揺らいでしまいそうだった。
 ルディエル様は、私の心に入り込みすぎたのだ。笑顔を見れば、離れがたくなってしまう……そんな弱さが、私をソルシェ家へ留まらせた。

 やっと家を出た今、ブレアウッドのことは振り切って前を向くべきなのに、やっぱりルディエル様のことばかり考えてしまう。
 それも当然かもしれない。これまでずっと、ルディエル様に支えられて生きてきたのだから。

(もうお屋敷は完成したのかしら……)

 アレンフォード家のお屋敷は、ルディエル様と精霊達によってどんどん磨きがかかっていった。きっと、そろそろお相手を迎える頃になっているだろう。

 その光景を考えるだけで私の胸はズキリと痛んで、思わず指輪を握りしめる。
 ルディエル様にいただいたサファイアの指輪だ。彼の隣にはいられなくても、この指輪だけは私のもの。その青に癒されながら、私はその日も眠りについた。



 
「はじめましてサラさん! マレッタです。仲良くしてね」

 翌々日の昼下がりのこと。
 グレンさんは、本当に婚約者を店に連れてきた。名前はマレッタさん。短く切りそろえられた栗色の髪がくるんとしていて、小柄でハキハキとしていて……彼の言っていたとおり、本当にリスのような愛らしさだ。
 
 お酒が飲めないマレッタさんの前には、女将特製のキャラメルプリンが提供された。普段は出さない特別メニューである。甘党の彼女に合わせて作ったらしい。
 プリンをすくうマレッタさんを、グレンさんが隣から見つめている。それは本当にとろけるような眼差しで、こちらが赤面してしまうくらいだった。

「どうだサラ、マレッタは可愛いだろう!」
「ええ、本当に……! グレンさんが惚気けるのも当然ですね」
「もう! ここでも惚気けてるの? やめてよね!」

 マレッタさんは恥ずかしがってそっぽ向いてしまった。そんな仕草も可愛らしい。

「この人、知り合った時からこうなのよ。どこでも惚気けて恥ずかしいの。少し我慢して欲しいんだけど……」
「我慢できるかよ。こんなに可愛い婚約者がいるのに……俺がずっと独り身だったのはマレッタに出会うためだったんだなあ」

 グレンさんは人目を憚ることもなく、マレッタさんを猫可愛がりしている。そんな二人の様子が微笑ましくて私の顔は自然とゆるんだ。

「お幸せそうでうらやましいです。お二人の出会いは、どういったものだったのですか?」

 何気なく馴れ初めを尋ねたつもりだったのだけど、その瞬間、グレンさんとマレッタさんは揃って口をつぐんだ。どちらも、少し言いにくそうな顔をしている。

(あ……あまり聞いちゃいけないことだったかしら)

「あの、すみません……答えなくても構わないので……」
「いえ、いいの。なんて言ったらいいのか……私はある日突然、気付いたらグレンのところにいたの」
「……マレッタは、俺の“知り合い”が選んでくれたんだ」

 二人からはなんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。
 グレンさんとマレッタさんは、誰かに紹介されて婚約を決めたようだ。でもそのを、二人が隠したがっているようにもみえる。

「会ってみたらとても気が合ったから……結婚してもいいかなって思って」
「女将さん、聞いたか? 俺とマレッタは相性抜群なんだ」
「はいはい相思相愛で良かったわね。マレッタちゃん、プリンもっと食べる?」
「女将さんありがとう~!」

 私が感じた違和感は、和やかな空気にかき消されていく。二人が幸せなら、出会い方なんてどうでもいいのだけれど……
  
(そういえば、今日も精霊がとまっているわ)

 グレンさんの肩に一匹、そしてマレッタさんの頭にも一匹。相変わらず、女将さんには見えていない。

 青く小さな精霊と、先程から目が合っている。
 私精霊と私は目線で合図だけをして、みんなで食事を楽しんだ。
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