21 / 29
風のたより
しおりを挟む
ここセルヴェイルの街は、ブレアウッドの街よりもはるかに都会だ。中心部には三階建ての店がひしめき合い、路地裏にまで多種多様な店が混在する。
人々が行き交うレンガ道を歩けば、やがて住宅街にたどり着く。その先は、規則正しく区切られた住宅地が見渡す限り広がっていて……
だから私は知らなかったのだ、セルヴェイルの街にも、精霊の住むような森があるなんて。
「まさか、グレンさんが精霊守様だったなんて……」
「知ってる奴は知ってるよ。でも、ここではあまり言いたくないんだ。気晴らしに来てるのに気を遣われたりしちゃあ、たまったもんじゃないからな」
「分かりました、それでは私も秘密にしておきますね」
グレンさんは親しみやすく、距離が近く、私が知っている精霊守様のイメージとは違っていた。
ルディエル様は、精霊守であることをみんなに隠そうとはしなかったし……それだけに新聞記者から追われたり、孤独だったり、苦労も多かったようだけれど。
(グレンさんみたいな精霊守様もいらっしゃるのね……)
グレンさんの肩にとまる精霊が、こちらをジッと見定めている。あまりにも目が合うのでつい呼び寄せてみると、嬉しそうにこちらへ飛んできてくれた。
やっぱり可愛らしい。怖くなんかない。
グレンさんが食堂へ連れてくる精霊は、日を追うごとに増えていった。最初は彼の肩にとまるだけだった精霊が、今は店内をいくつもパタパタと飛び回っている状態だ。
やがて、私の肩にも時々とまってくれるようになった。少しずつ懐いてくれたのかもしれない。やっぱり、精霊達と触れ合うとホッとする。
「……サラはめちゃくちゃ精霊に好かれるな」
「あ……慣れているからでしょうか。前の街でも、精霊と遊んでいたのです。一緒に寝たりもして」
「一緒に寝る? それだけ精霊に気に入られて、よく街を出られたな」
「え?」
「奴らは気に入った奴を囲いこもうとするだろ?」
(囲い込まれていた……? 私が?)
私はブレアウッドの街での生活を思い返した。
精霊に気に入られていた自覚はある。シュシュはしょっちゅう一緒に寝てくれたし、アレンフォード家に行ってもみんなで大歓迎してくれた。プレゼントを贈ってくれたのも精霊達だったようだし、私のためにわざわざ花畑を育ててくれたりもした。
すべて嬉しくて満たされる思い出だけれど……それは私のことを囲い込もうとしていたのだろうか。でも、それが嫌だったことは一度もなかった。
「たしかに、精霊達からプレゼントを貰ったりはしました。けど……」
「街を出る時に、精霊から引き止められなかったのか?」
「あの子達には黙って街を出たので」
私はルディエル様だけでなく、精霊達にも別れを告げずに街を出た。もしグレンさんが言うようにシュシュ達から引き止められてしまったら、きっと思いとどまってしまうだろうと思ったからだ。
シュシュは今頃、寂しい思いをしているだろうか。私のことなど早く忘れて、ルディエル様とご結婚相手と、楽しく暮らしてくれたらいいのだけれど……
「……サラは恐ろしいことをするんだな。精霊の気持ちを無視するなんて」
「えっ、どういうことですか」
「俺はだんだん分かってきたぞ……あの森の件はもしかしてお前が原因か。いいかサラ、落ち着いて聞いてくれよ」
グレンさんはゴクリと唾を飲み込んだ。
それにつられて、私も思わず身構える。
「まず、この……セルヴェイルの精霊、こいつらは風の精霊だ」
「風の精霊?」
「そう。森に住処はあるんだが、風に乗って街から街へ飛びまわる。だから他の街のこともよく知ってる」
「へえ……凄いですね! 他の街にも行けるなんて」
「んで、こいつらに聞いたんだ。とある森が大変なことになっているってのを」
大変なこと、とはどういうことだろう。
グレンさんがただならぬ表情をうかべているから、私の胸騒ぎも止まらない。
「あの……なにかあったんですか……?」
「ありまくりだ。その森は、ずっと穏やかで安定していて、精霊の数も国一番を誇る優等生だったんだぞ」
「え、ええ」
「なのに一ヶ月前から、雨が止まなくなっちまった」
風の精霊が言うことには、その雨が降り出したのは突然のことだったらしい。
すぐやむと思われていた雨は一向におさまらず、むしろ勢いを増していっているとのことだった。
「当然、雨が降るのは森だけじゃない。辺り一帯――近くの街まで長雨だ。これ以上雨が降り続けば、その街の作物は全滅だろう。川の水は溢れ、家屋は痛み、木々も倒れ、病気も蔓延し……」
「そんな! 精霊達の力で、なんとかならないのですか」
「ならない」
精霊は、この世の自然を司ると言われている。
彼等が暮らしやすい環境は、人にとっても都合が良い。だから人々は精霊の力を借りて、バランスを調整してもらっているのだ。
その均衡が崩れた街はどうなってしまうかというと――このように、とんでもない災害に見舞われる。
「精霊達にお願いしても、どうにもならないなんて……」
「おそらく、その長雨を振らせている張本人があいつらだからな。降り方が異常だ。精霊達が泣いてるんだ」
「精霊が泣いている……?」
「そうだ。サラは“精霊の涙”って知ってるか」
グレンさんは神妙な面持ちで語り始めた。
人々が行き交うレンガ道を歩けば、やがて住宅街にたどり着く。その先は、規則正しく区切られた住宅地が見渡す限り広がっていて……
だから私は知らなかったのだ、セルヴェイルの街にも、精霊の住むような森があるなんて。
「まさか、グレンさんが精霊守様だったなんて……」
「知ってる奴は知ってるよ。でも、ここではあまり言いたくないんだ。気晴らしに来てるのに気を遣われたりしちゃあ、たまったもんじゃないからな」
「分かりました、それでは私も秘密にしておきますね」
グレンさんは親しみやすく、距離が近く、私が知っている精霊守様のイメージとは違っていた。
ルディエル様は、精霊守であることをみんなに隠そうとはしなかったし……それだけに新聞記者から追われたり、孤独だったり、苦労も多かったようだけれど。
(グレンさんみたいな精霊守様もいらっしゃるのね……)
グレンさんの肩にとまる精霊が、こちらをジッと見定めている。あまりにも目が合うのでつい呼び寄せてみると、嬉しそうにこちらへ飛んできてくれた。
やっぱり可愛らしい。怖くなんかない。
グレンさんが食堂へ連れてくる精霊は、日を追うごとに増えていった。最初は彼の肩にとまるだけだった精霊が、今は店内をいくつもパタパタと飛び回っている状態だ。
やがて、私の肩にも時々とまってくれるようになった。少しずつ懐いてくれたのかもしれない。やっぱり、精霊達と触れ合うとホッとする。
「……サラはめちゃくちゃ精霊に好かれるな」
「あ……慣れているからでしょうか。前の街でも、精霊と遊んでいたのです。一緒に寝たりもして」
「一緒に寝る? それだけ精霊に気に入られて、よく街を出られたな」
「え?」
「奴らは気に入った奴を囲いこもうとするだろ?」
(囲い込まれていた……? 私が?)
私はブレアウッドの街での生活を思い返した。
精霊に気に入られていた自覚はある。シュシュはしょっちゅう一緒に寝てくれたし、アレンフォード家に行ってもみんなで大歓迎してくれた。プレゼントを贈ってくれたのも精霊達だったようだし、私のためにわざわざ花畑を育ててくれたりもした。
すべて嬉しくて満たされる思い出だけれど……それは私のことを囲い込もうとしていたのだろうか。でも、それが嫌だったことは一度もなかった。
「たしかに、精霊達からプレゼントを貰ったりはしました。けど……」
「街を出る時に、精霊から引き止められなかったのか?」
「あの子達には黙って街を出たので」
私はルディエル様だけでなく、精霊達にも別れを告げずに街を出た。もしグレンさんが言うようにシュシュ達から引き止められてしまったら、きっと思いとどまってしまうだろうと思ったからだ。
シュシュは今頃、寂しい思いをしているだろうか。私のことなど早く忘れて、ルディエル様とご結婚相手と、楽しく暮らしてくれたらいいのだけれど……
「……サラは恐ろしいことをするんだな。精霊の気持ちを無視するなんて」
「えっ、どういうことですか」
「俺はだんだん分かってきたぞ……あの森の件はもしかしてお前が原因か。いいかサラ、落ち着いて聞いてくれよ」
グレンさんはゴクリと唾を飲み込んだ。
それにつられて、私も思わず身構える。
「まず、この……セルヴェイルの精霊、こいつらは風の精霊だ」
「風の精霊?」
「そう。森に住処はあるんだが、風に乗って街から街へ飛びまわる。だから他の街のこともよく知ってる」
「へえ……凄いですね! 他の街にも行けるなんて」
「んで、こいつらに聞いたんだ。とある森が大変なことになっているってのを」
大変なこと、とはどういうことだろう。
グレンさんがただならぬ表情をうかべているから、私の胸騒ぎも止まらない。
「あの……なにかあったんですか……?」
「ありまくりだ。その森は、ずっと穏やかで安定していて、精霊の数も国一番を誇る優等生だったんだぞ」
「え、ええ」
「なのに一ヶ月前から、雨が止まなくなっちまった」
風の精霊が言うことには、その雨が降り出したのは突然のことだったらしい。
すぐやむと思われていた雨は一向におさまらず、むしろ勢いを増していっているとのことだった。
「当然、雨が降るのは森だけじゃない。辺り一帯――近くの街まで長雨だ。これ以上雨が降り続けば、その街の作物は全滅だろう。川の水は溢れ、家屋は痛み、木々も倒れ、病気も蔓延し……」
「そんな! 精霊達の力で、なんとかならないのですか」
「ならない」
精霊は、この世の自然を司ると言われている。
彼等が暮らしやすい環境は、人にとっても都合が良い。だから人々は精霊の力を借りて、バランスを調整してもらっているのだ。
その均衡が崩れた街はどうなってしまうかというと――このように、とんでもない災害に見舞われる。
「精霊達にお願いしても、どうにもならないなんて……」
「おそらく、その長雨を振らせている張本人があいつらだからな。降り方が異常だ。精霊達が泣いてるんだ」
「精霊が泣いている……?」
「そうだ。サラは“精霊の涙”って知ってるか」
グレンさんは神妙な面持ちで語り始めた。
41
あなたにおすすめの小説
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います
***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。
しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。
彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。
※タイトル変更しました
小説家になろうでも掲載してます
緑の指を持つ娘
Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。
ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・
俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。
第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。
ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。
疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる