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悪役令嬢物 きんたろう ~えっ、お前が悪役令嬢!?~

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放課後の教室。
学校がある日は、ほぼ毎日といっていいほど、ここで村山とくだらない話をして帰るのが俺のルーティンだ。
今日も窓側の後ろの席に座る村山に俺は話しかけた。

「何やってんだ、村山」
「おぉ、友野。ちょうど仕上げの作業が終わって完成したところだ」
「なんだそれ?」

数枚の画用紙には、様々なものがクレヨンで描かれている。

「紙芝居だ。妹たちに披露してやろうとおもってな」

村山には、年の離れた妹が二人いる。それはそれは妹たちを可愛がっており、立派なシスコン兄ちゃんだ。

「ほぉー。なんの話にしたんだ?」
「ありきたりな昔話では、目新しさがないからな。自分で創作した」
「話も自分でつくったのかよ!」

わざわざ話も自作するとは。さすがシスコン兄貴。妹が喜ぶためなら何でもする男、村山。

「あぁ、女の子が喜びそうな話をネットで調べてな。さすがにイチから話を作るのは大変だから、既存の物語をアレンジしてみた」

村山は、画用紙で出来た紙芝居をまとめてトントンと机の上で揃える。

「とはいえ、物語をつくるなんて初めてでな。友野、よかったら感想を聞かせてくれないか?」
「もちろん! 感想も言うから、聞かせろ!!」

女の子向けとはいえ、村山がどんな話を考えたのか興味がある。出来上がりがどうであれ、今後のいいネタになりそうだ。
村山は、机の正面に陣取る俺の方に紙芝居を向けて語りだした。

「それでは、始めるぞ。『悪役令嬢物語 きんたろう』」
「…………お前。『悪役令嬢』がなにか分かってる?」

女の子が喜びそうな話ってそれか!?
俺もうっすらとしか知らないが、『悪役令嬢』ってのは、乙女ゲームとかでオホホホとか笑いながら、主人公の子をイジメるお嬢様だろ!
村山の妹の年齢って、確かひとケタだったよな? 対象年齢、高すぎないか!?

「昔々、足柄山の山奥にきんたろうとその母親が暮らしていました。母親はきんたろうに前掛けとマサカリを授け、きんたろうは薪割りをして母親を助けていました」
「金太郎の話そのまんまじゃねぇか。期待できねぇ。絶対、期待できねぇぇぇ!!」

マサカリを振り回す令嬢が出てくるのかと思ったが、そうでもないらしい。
ただ『悪役令嬢』って付けたかっただけじゃないのか。それと、女の子向けの話の選択として『金太郎』は間違っていないか。

「きんたろうの遊び仲間は、もっぱら山の動物たちです。相撲を取って、はっけよい!と遊びます。力の強いきんたろうには、並みの動物ではかないません」
「あぁ、それでー?」

聞く気がなくなってきたものの、とりあえずそのまま村山の話に付き合うことにする。
表情一つ変えずに村山は紙芝居を続けた。

「動物たちはいいます。『きんたろうさんはとても強いね。でも、きっとあの方には勝てない……』」
「ん?」
「『この足柄山を統べる名家の令嬢。【ツキノ・ワ・熊】様には』」
「悪役令嬢出てきた! っていうか、令嬢じゃなくて熊じゃねぇのか!?!?」
「ウサギはいいました。『熊の一族は、この山の食べ物を独り占めしてるんだ。僕たち小動物を襲うこともある。ちなみに好物は、はちみつ』」
「やっぱり、熊だ」

【ツキノ・ワ・熊】様……ツキノワグマ確定。
……『悪役令嬢』とは?

「それを聞いたきんたろうは、森の動物達のためにツキノ・ワ・熊を倒すことを誓います。日々、猛特訓を行い、きんたろうは技を磨きました」
「少年漫画みたいな展開になってきた」
「きんたろうは特訓を終え大幅にパワーアップしました。そしてツキノ・ワ・熊に挑戦するために、熊一族がよく出没するという栗の木が生い茂る広場に出てみます。すると茂みから、黒い影が現れました。【ツキノ・ワ・熊】、こと【ツキノ】です。黒い毛皮に胸の三日月型の白い模様は、この山の支配者であることの証です」
「いや。それらしいこといってるが、胸の白い模様はツキノワグマの特徴なだけだからな」

あと、まごうことなき熊が『悪役令嬢』でいいのか。

「ツキノはいいます。『おーほっほっほほ。私がツキノよ。……ふぅん。貴方がきんたろう? 小物を倒していい気になってるって聞いたわ。ポッと出の人間風情が、私に勝とうなんて100年早いわよ!』」
「出た! 悪役令嬢! ……いや、熊なんだよなぁ」
「体長は145cmと人に比べて小柄だが、体重は100kg。さりとて俊敏性もあり、走る速度の最高は時速50km程度。厚い皮下脂肪に守られ、有刺鉄線すらものともしない。足柄山の総大将。それが、きんたろうの前へと立ちふさがります」

有刺鉄線?

「やたらとそこだけ現代的な描写なんだな……」
「ネットで調べてコピペした。……そうして、きんたろうとツキノは、しばし向き合った後、がっぷり組み合います。足柄山の覇権を掛けた戦いの始まりです」
「頑張れ、きんたろう!」
「森の動物たちは固唾を飲んで戦いを見守ります。その後、きんたろうとツキノは13時間に及ぶ死闘を繰り広げました」

13時間は長いな。さすがに飽きるぞ。

「日が沈んでも勝敗が付かない試合に、きんたろうは疲労困憊です。しかし、それは相手のツキノも同じこと。きんたろうは、ツキノの集中力が切れた時を見逃しませんでした」
「いけっ! そこだ、きんたろう!」
「『ここだっ!』 きんたろうは外側から脚をかけて、払うようにツキノを豪快に投げます。次の瞬間、ツキノは地面に倒れていました」
「決まったー! きんたろうの二丁投げだ!!」

クレヨンで書きなぐられた紙芝居は、謎の勢いの気合が入っており、手に汗握る展開になっていた。
きんたろうの勝利に、俺は思わず声を上げてしまう。

「ツキノは悔しがります。『くっ、私が前掛け一枚の破廉恥な輩に負けるなんて……!』」
「……いや、お前も服着てないから素っ裸だろ。熊だから仕方ないけど」
「そして、きんたろうの傍らに置かれたマサカリに気付きます。『貴方のその斧は……まさか伝説のホーリープラチナ・アックス!?』 きんたろうのマサカリは選ばれしものにしか与えられないものでした」
「なんでそこだけ、いきなり洋風ファンタジー!? あと、その伝説の斧で薪割りしてたよね? いいの???」
「……細かいことを気にしていると、大きくなれないぞ」

なんだ。その謎理論。まぁ、村山がつくった話だしな……。

「『その斧を私に向ければすぐに決着が付いたというのに……まったく、貴方って人は』。ツキノはきんたろうとの力の差を受け入れて、和解します。その後、熊の一族たちは足柄山で無体を働くことはなくなり、食料は皆で分け合うようになりました」
「おぉ、和解エンド」
「その後、きんたろうが足柄山の名家の令嬢を倒したという噂は都まで届きました。しばらくして、その噂を聞きつけて都から偉い人の部下が『是非とも貴方の力を殿下の元で役立ててほしい』と、きんたろうを都にスカウトしにやってきます」
「成り上がり展開も来たっ!」
「しかし、きんたろうは思い悩みます。『せっかく仲良くなったのに。足柄山のみんなと別れたくない……』。都に行けば、足柄山のみんなとは離れ離れになってしまいます」
「あぁ~」

わかる。分かるぞ。きんたろう。
友との別れ、つらいよな。

「悩むきんたろうの元へ、ツキノが現れます。『貴方は行くべきよ。この私を倒したのよ、もっともっと広い場所で活躍できるわ。そして、世界に名声をとどろかせなさい! ツキノはあんな凄い人物と戦ったんだって思わせてちょうだい!』。ツキノは、行くべきか迷うきんたろうの背中を押します。しかし、ツキノの目にはうっすらと涙が浮かんでいました。ツキノも本当は、きんたろうと別れたくなかったのです」
「つ、ツキノ~!」

本心では、きんたろうと別れたくない。でも、相手のためを思って、きんたろうに都へ行くことを進めるライバル。
あー、いいヤツじゃないか!! ツキノぉぉぉ!!!

「そうして、足柄山をツキノに託し、仲間に別れを告げてきんたろうは旅立ちました。きんたろうは都で学問と武術を修め、ツキノの言う通り、後世に名を残す戦士となりました。……めでたしめでたし」

話し終わった村山は、紙芝居をパタンと机の上に置いた。

「ふぅ~。で、どうだった? 『悪役令嬢物語 きんたろう』」
「嘘だろ。わりと感動した」
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