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「おまえは、ゼシー先輩じゃない。あの人はどうしたんだ……?」

 目の前のゼシーはきょとん、とした後、ああなるほどね、と肩を竦めてみせた。その一瞬だけは、ふざけた表情はしなかった。前のゼシーのような静けさを垣間見せた。
 だがすぐに、にんまりとした顔に戻ってしまう。

「ずっと見てたんだから知ってるだろ? ゼシーは俺だよ」

 ユアンはカッと頭に血が上るのがわかった。ちがう、と気づかないうちに叫んでいた。

「ゼシー先輩は、自分のことを俺とは言わない」
「まさか、理由はそれだけ?」
「ゼシー先輩はそんな、そんな笑い方はしない! ぜんぜんちがうくせに、先輩のふりをするのはやめろよ!」
「ふりなんかしてないよ。俺は俺だ」

 誰も疑ってないよ。ゼシーは言う。

「友人も、先生たちも、もちろん家族もね。みんな俺をゼシーって呼ぶ。だから、俺はゼシーなんだよ」

 おまえじゃない、というユアンをゼシーは気にもしない。ユアンが望んでいた回答はそれではなかった。認めない。認められない。
 こいつは誰だ。そう睨み付けるユアンを、ゼシーはただ楽しそうに眺めるばかりだ。

「いや、ちがうか。ゼシーは俺なんだよ」

 ゼシーはユアンの顎を押さえていた手を頬に移動させ、拭った。ユアンは気づいていなかったが、泣いていたらしい。そういえば、呼吸もしづらく、しゃくり上げていた。その手つきが優しいものだとは認めたくなかった。

「可哀想だねユアン。そんなに好きだったの? 俺のことが」
「おまえなんか好きじゃない」

 ユアンはかぶりを振った。目の前のゼシーのふりをしたこの男を好きなわけがない。
 そしてそもそも、ユアンはゼシーをそういう感情で見たことがなかった。尊敬していた。憧れていた。だから余計に腹が立った。自分の大事にしていたものを、目の前の男が、嗤って踏みにじっている。泥をなすりつけて、喜んでいる。そう思った。
 ユアンが噛みついたところで、相手はただ笑うばかりだ。

「ずっと俺のことを見てたのに?」
「僕が見ていたのはおまえじゃない!」
「いや、俺だよ。ゼシーは俺なんだから」

 ぬう、と自分よりも大きな身体に覆い被さられ、ユアンは口元を戦慄かせた。
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