こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第二章

119 石捨て山

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 テゴ村に視点を移す。狙うはテゴ村の家屋――ではない。田んぼだ。
 この田んぼを焼き払う。持久戦のかなめである食料を無くす。完全に嫌がらせだけど、戦いってのは人の嫌がることをするもんだからな。うけけけ。
「引火用の酒、油、火だね、用意できた」
「よろしい。それじゃあ火をつけろ」
 ヒトモドキだって馬鹿しかいないわけじゃあないオレが村に襲撃をかける可能性があることくらい考えてある。村の警護は怠っていなかった。の警護は。
 田んぼには警護どころか柵の一つもない。仮に警護しようとしていたところで広すぎてカバーしきれなかったはずだけど、せめて物見台の一つくらいは設置してもいいと思うんだけどな。
 まあ、そういうことをしていないおかげでこうして楽にキャンプファイヤーができるわけだ。
 田んぼの水はまだあるので燃え広がらないかとも思ったけどそんなことはなかったぜ! 適当に火を放つだけで田んぼ全体は火に包まれた。地面が濡れていても稲から稲へ火が移ったようだ。一応整備されてるから森に燃え広がることはないと思うけどその時はオレも手伝わないとだな。森火事は勘弁。
 ついでに川から田んぼに繋がる水路も壊しておく。これも嫌がらせだ。もうこれで飲み水にさえ苦労するはず。井戸もあったけど流石にこの人数は井戸だけじゃ無理だろ。
「ふーん、ふふふふふーんふ、ふふふふ、ふーんふーん」
「ねーねー、それ何?」
「物を燃やした喜びを表現する歌」
 キャンプファイヤーの時に歌うあれだ。
「私も歌っていい?」
「好きにしていいぞ、小春」
「ふーん、ふふふふふーんふ、ふふふふ、ふーんふーん」
 小春はしばらく歌を歌っていた。そのうちオカリナも吹きだした。テレパシーで歌いながらオカリナを吹くとは器用だな。

「よし。全員お疲れ様。ちょっと聞きたいことがあるから小春と千尋はまだ休まないでくれ」
「はーい」
「うむ」
「さて、お前らヒトモドキと戦ってみてどうだった? 強かったか?」
「弱かったよ。でもアグルって人は別かな」
「話にならんな」
 まあそうだよな。単純に個々の戦闘力は低いし、連携はそこそこ程度。所詮徴兵された寄せ集めだから当然だけどな。
「そうだな。特に何だろう、海老を守る気がないって辺りかな。アグルも気づいていたなら部下を肉盾にでも仕立てればいいのに」
 はっきり言って海老の価値はヒトモドキ十人よりも多い。唯一まともな判断ができていたアグルならそのくらい気付いてもよさそうなもんだけど。
「お主……それは本気で言っておるのか?」
「? そりゃそうだけど。もしかして何か気づいたのか?」
「気付くも何も……ヒトモドキと海老は別の生き物であろう? 身を挺して守るはずなどなかろう」
「あ」
 ごもっとも。
 オレたちは基本的に他種族国家だ。だから命に価値はつけるけど、優劣はつけない。ただ有用であれば大事にするだけ。
 しかしヒトモドキは魔物を穢れた生き物なんて呼んでいるから、例えマディールを受けた魔物であっても積極的に守ろうとするはずはない。人間だって猛獣を撃ち殺さなければ人を守れない状況なら猛獣を殺すだろう。当たり前だ。どっかの生物保護団体辺りはどう……おっとそれは余計だな。
「確かにな。他の生物を守るのに命を懸ける奴はいないか」
「……お主も、そうなのか?」
 おっと。ここはちょっと重要な質問っぽいぞ? 嘘を吐かず、なるべく千尋の機嫌を損ねない返答をしないとバッドエンドフラグが立つ気がする。
「そりゃオレだって自分の命は惜しいさ。でもお前の母親に助けられたからな。できる限り千尋たちは助けるし、お前たち自身も有能だからな。お前らがいてくれないと困る」
「ふむ、困るのか」
「困るな」
「そうか。では仕方ない。一緒にいてやるとしよう」
 くくく。やっぱりちょろいぜ。ま、実際に蜘蛛がいないと困るしな。この様子なら今回の戦いは楽に勝てそうだし。よそからの食料などの供給がない限り。
 おっと、どうやらティマチが演説を行っているみたいだぞ? 聞いてみるか。



「我々は醜悪な大海老を打ち倒し、さらに卑劣にも背後から襲ってきた蟻どもを返り討ちにし、これに勝利した! しかし! あろうことか蟻どもは村を襲撃し、田を焼き払った! だが我々は決して邪悪な蟻に屈しない! 必ずや正義の裁きを蟻に下すだろう! そしてこの戦いで散った信徒に祈りを捧げよう!」
 テゴ村に帰還したティマチが行ったのは、皆の健闘を称え、蟻を非難する演説だった。歓声が轟き、誰もが彼女の演説に感銘を受けているのは明らかだった。……アグルだけを除いて。

「くそっ! 田の大部分は焼失……これではどれだけ持つか……食料を切り詰めるしかないか」
 誰にも聞こえないように悪態をつく。
「やはりあの蟻は戦術を理解している。明らかにこちらの食料が乏しいことを見抜いている……だがそれを口に出すことはできん」
 アグルは正確に蟻の戦力を理解していたが、却ってそれが彼を窮地に追い込んでいた。何故なら悪魔にかどわかされた魔物とは邪悪な存在でただ単に人を襲うだけの存在でなければならないのである。それは聖典にそう書かれているから、誰もがそう思っているから。
 兵糧攻めを行う魔物など想定していない、いや、想定してはいけないのだ。
 ティマチはあくまで蟻の体色が通常とは異なることを悪魔が憑りついたと判断しただけであって、その知能については一言も語っていない。
もしもアグルが蟻の戦術を見抜いて意見具申したところで、一笑に付されるか、最悪異端として扱われる可能性さえある。
 異端として扱われることはセイノス教徒にとって死よりも重い罰であり、決して救われることがないことを意味する。間違ってもアグルが異端になるわけにはいかない。
 それらを回避するためには蟻にどのような悪魔が憑りついているかをつまびらかにしなければならない。つまり、高位の聖職者に事の次第を報告し、その聖職者が聖典からどのような悪魔かを吟味し、そこで判断し損ねた場合さらに上位の聖職者へと報告し、それを繰り返してからいずれ返答が返ってくるはずだ。要するにお上にお伺いを立てなければならない。
 そこまで手順を踏んでようやく、蟻が戦術を行使していると認めてよい。間違ってもアグルが勝手に判断してよいことではない。
「くそ、やはり他の村から食料を徴発するしか……だが……ティマチは頷かないだろうな」
 何故なら彼女の目的は――――ここにいる村人をできるだけ多く殺すことだからだ。彼はそう思っていた。

 村に潜伏させている蟻からの報告はむしろこちらが頭を抱えたくなるようなあほらしい演説だった。
 ティマチはアホなのか? あれを勝利だと思っているのか? どう考えても海老を殺したこっちの勝ちだろう。そもそもお前が無茶な突撃を強いなければ死んだ村人大分少なかったぞ? それとも単にプロパガンダみたいに士気を下げないためにそう言っているだけか?
 いくら何でも無能すぎる。戦術と言えば闇雲に突撃させるだけで、こっちの巣を探すのも村人の経験と土地勘だより。これじゃあ中学生の方がましだろう。どこか別の場所に連絡を取る様子も見られないことからここにある食料や水だけで戦うつもりなのか? 何日持つやら。
 ……それとも、オレが見落としている何かの策があるのか? だんだん不安になってきた。
 でもいくら考えてもわからない。小春や千尋にも聞いてみたけどわからないとのこと。
 このままだと村人全員に自殺させるようなもん……?
 待てよ?
 まさかそれが狙いなのか?
 いやいやいやいや、落ち着こう。いくら何でもティマチとやらがそんなことをする理由が……ある。あってしまった。
 冷や汗がぽたりと落ちる。気付いてしまった、あまりにも無情な作戦。
 今まで散々見てきたじゃないか。トカゲでも、蜘蛛でも、サージも言っていた。
 魔物が味方を殺す理由。それは食料が足りないから。
 つまり。
 ティマチは騎士団全体を間引きしようとしているのではないか。
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