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秋葉夕雲

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第三章

150 荒野の月

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 夜闇のさなか蟻の軍団が整然と行進し、所定の位置で停止する。
 そこで隊列を組み、槍を構え、その奥に弓隊を配置する。トカゲと戦う時に使ったファランクスだ。
 ラプトルもトカゲと同じくスピードが高い接近戦型だからこれが有効なはず。ファランクスの中央に穴を開けて、そこに豚羊を入り込ませ、豚羊がぎりぎり通れるだけの大きさにして、豚羊が通り抜けてから穴を閉じれば自然とラプトルと豚羊を分離できる。
 ……しかしラプトルは予想に反して蟻の隊列に近づくと反転し、そのまま機を窺うように休息を始めた。
 ラプトルにとってオレたちは未知の敵であるはずだ。だから突撃はせずに様子を見るその判断は理解できる。
 しかし、その距離が気になる。ぎりぎりこちらの弓が届かない絶妙な間を空けている。まさかこっちの弓の性能を理解しているのか? もしかしたら偵察か何かによってこっちの戦力を調査していた? もしそうだとすると情報戦で負けてることになる。……油断できないな。
 向こうも止まったおかげで思考する時間はできたし、ひとまずお互いの戦力を把握しようか。

 ラプトルはおよそ二百弱。こっちは千人くらい。豚羊は五百頭ほどいるけど戦力としては数えられない。こっち兵隊はほとんど蟻。蜘蛛は遮蔽物の無い草原ではイマイチ戦えない。流石に投石機を設置する時間はないし。なので洞窟でお留守番だ。その分弓兵は戦いやすいはずなので頑張ってもらおう。
 数では圧倒的に優っているとはいえ、敵の方がサイズは大きい。少なくとも馬くらいはある。地球の兵隊で判断すると騎兵くらいの戦闘力はあるかな。魔法の性能も加味すると槍とかで武装した軽騎兵みたいなもんかな。
 ただし飛び道具はないから多分こっちの方が有利なはず。

 月が翳る。夜なのでわかりづらいけど雲が先ほどより広がっている。そのうち暗闇が訪れるのは間違いなさそうだ。そんな状況だというのに鳥が夜空を旋回している。豚羊の叫び声に飛び起きたのか、それとも戦いのおこぼれを狙っているのか。
 ラプトルたちにまだ動きはない。豚羊はすでに洞窟付近まで退避させている。少なくともあいつらを今すぐ追う気はないみたいだ。
 いい加減焦れてきたかな。いっそこっちから話しかけるか。いや、その前に柵でも作って備えるか。ファランクスはあるといっても柵なんかがあればより強固になるだろう。
 指示を飛ばして防衛陣地を構築させようとすると、急にラプトルに動きがあった。
 ち、こいつらホントによくこっちのこと見てるな。準備を整えようとしたらいきなり攻撃を始めるとか。この月のない真夜中でも見えるのか? それとも視力以外の方法でこっちの動向を把握してるのか? ……恐竜の狩りのスタイルなんて詳しくないよ。つーか地球上の誰も知らないことをわかるはずない。
 ラプトルがどんな奴かわからないけど一応話しかけてみるか。

「聞こえているか? これ以上近づくなら攻撃する。大人しく去るならこれ以上何もしない」
 ……反応なし。思いっきりしかとされた。探知はできているからテレパシーは通じているはずだ。オーケー。覚悟ありとみなす。
「それじゃあ射撃開始!」
 一斉に放たれる矢。それらはラプトルに突き刺さ――――らなかった。
 弓矢には有効距離が存在する。矢が届いたとしても命中率が低く、威力を発揮しない距離は存在する。今までのラプトルは矢の届かない距離にいただけで有効距離には入っていなかった。だから奴らは有効距離について詳しく知らないと思っていた。
 しかし、ラプトルは有効距離ぎりぎりまで近づくと隊列を急旋回させ、その列を裂けるチーズみたいに二つに分かれさせた。
 オレたちを避けて豚羊を狙うつもりか? そう思ったけどどうも違う。
 列を二つに分け、片方は右回り、もう片方は左回りに、二重の線を作り、オレたちの左右の側面を衝こうとしているようだ。
 ファランクス正面からの攻撃には強いけど側面と背面にはめっぽう弱い。今ラプトルが行っているのは典型的なほどにファランクスの対策だ。弓矢への対処にしてもそうだけど、こいつらは妙にオレの戦術に、いや、地球の戦術に詳しくないか? もしかしたら……今は一旦考えないでおこう。
 今はどう対処するかだ。
「陣形を方陣に組み替えろ」
 ファランクスの弱点くらいわかってる。訓練くらいは積んである。というか多少訓練した奴を送り込んだ。現在の陣形は長方形の前面に槍兵を置いているけど、それを正方形に変えつつ、中心に弓兵、外側に槍兵を配置する。
 学生が朝礼でグラウンドに並ぶ時間を考えれば整然と戦場で陣を変えることの難しさの数%は理解できるだろう。しかしそれはあくまで人間だったら。
 こと決められた行動を行うことに関して、蟻は絶対的な能力を発揮する。それにこっちには探知能力があるから例え暗闇であっても全体をレーダーのように把握できる。……中世の武将が聞いたら憤死しそうだな。
 側面に回り込もうとしていたラプトルはそのまま背面に回り込もうとするが、慎重なのか突撃せずにそのまま方陣の周りをぐるぐる走り始めた。上から見れば右回りと左回り、二つの円ができていただろう。
 包囲したつもりか? 確かにラプトルは数が少ない。逃がさないようにしようと思えばある程度動き回る必要がある。しかしこっちは動かずに向こうはランニング。持久戦になれば軍配が上がるのはこちらだ。
 それはラプトルも承知しているらしく、内側の円から一群が突撃を仕掛けてくる。当然ながら応射して今度こそハリネズミにしてや……れなかった。
 突撃を仕掛けるとみせかけて再び弓の射程からさっと遠ざかっていった。
 フェイント? ……なかなか味な真似をするな。まずい。ちょっとラプトルの戦術眼を甘く見ていたかもしれない。どうし……ってまた突撃してから退いた。それを何度か繰り返すうちに気付いた。
「おい! オレたちの矢の本数、残りどれくらいだ!?」
「後半分くらい」
 ま、まじかよ。もうそんなに消耗しているのか? 
 流石にここまでくればわかる。ラプトルの作戦は、蟻の最大の武器、弓を無力化する作戦だった。
 当然ながら弓は矢がなければ役に立たない。しかし矢の数には限りがある。<錬土>で矢を補充できなくはないけど現在はファランクスを組み立てている。ファランクスはその名の通り密集陣形であるので細かい作業ができるほどの隙間を確保するのは難しいし、何より時間がない。こいつらなら弓の弾幕が薄くなればその隙を見逃さないだろう。
 なら無駄撃ちさせればいずれ矢は尽きる。単純な、しかしながら極めて狡猾な作戦。同時に血で道を開く作戦でもある。矢は有効距離ではないとしても当たってはいる。石の刃物で切りつけられたらそりゃ痛いに決まってる。当たり所が悪ければ死ぬことだってありえる。それでもラプトルはこの戦法を選んだ。
 端的に言えばこれは消耗戦だ。痛みに耐えて、それでも相手を打倒そうとする戦い方だ。
 弱点を突く戦い方。犠牲を厭わない戦術。紛れもなく高い知性と戦闘経験そして何より統率力がなければできない。オレにそれを超える力があるか、試されているかのようだった。
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