286 / 509
第四章
279 絶望の斜陽
しおりを挟む
チャーロは敵にいいように振り回されていることを自覚しながらも、追い回す以外の選択肢を持たなかった。もとより守勢の戦いは得意ではないが、得意でないからなどという理由で負けるわけにもいかない。
せめて時間さえ稼げればいい。子供たちのための時間を――――。
思考が教会に避難している子供たちの方向へ向いた時、彼女は恐ろしい事実に気付いた。
「チャ、チャーロさん! 敵が、教会に向かってる!」
「ウェング……あなたもそう思いますか」
血相を変えて走り込んできたウェングに同意する。敵は明らかに最も大きな天幕である教会に向かっている。
想像したくないが……敵は教会にねらいを定めているのかもしれない。
「何としても邪悪な魔物を教会に近づけてはなりません! 皆の者! 死力を振り絞りなさい!」
死に体だった味方がわずかに息を吹き返した。もっともロウソクの火が消える前の最後の輝きのように不安定な光だったが。
かろうじて追い付いた味方は決死の猛攻を加え、何とか魔物を追い払うことができた。
少なくともこれで教会に侵入することはできないだろう。
そう安心したつかの間、
燃え盛る天幕を幻視した。
「……あ?」
間の抜けた声が出る。
敵は追い払った。しかし敵の矢の射程からは逃げられていない。そう気づいたウェングは叫んでいた。
「火だ――――! あいつら、教会を燃やそうとしている!」
ウェングの叫びに目を凝らしたトゥッチェの民には火矢を構えた働き蟻が見えた。
「止めろ――――!」
叫びながら一斉に突撃する。
だがあまりにも遠い。たった数十歩の距離だが星よりも月よりも手の届かない場所にある。
(くそ! 何でだ!?)
ウェングは心中で叫ぶ。
(俺たちはただここで暮らしていただけだ! 何も悪事はしていない。魔物とは戦っていたけど、それはあくまでも魔物が襲いかかって来るからだ! お前たちが何もしなければ俺たちも何もしない! なのに何故何の罪もない俺たちを襲う!?)
あの機械のように冷酷な魔物が教会の中に子供しかいないと見抜いていないとは思えない。
まるでトゥッチェの民を一人残らず皆殺しにしようという悪意を感じる。
(そんな奴らに俺の家族を、仲間を、妹を殺されてたまるか――――!)
彼の願いが聞き届けられたのかは定かではないが、彼はここにきて自身の予知能力を掌握し、十全に発揮せしめた。
今までせいぜい三つや四つしか見えなかった未来をはるかに増やすことを可能にした。
その数はおおよそ三百。
未来を変えるために、ありとあらゆる可能性を探り、ありとあらゆる方法を検討する。
思考。
試行。
再思考。再試行。
違う。これじゃない。だからもう一度。もう一度!
何度でも刹那の瞬きの内に未来を幻視する。
脳が沸騰するほどに全神経を酷使し、ウェングが見た風景は――――先ほどと何一つ変わってはいなかった。
知略を尽くしても、無謀な突撃を行っても、警告を発しても、天幕は焼かれ、子供たちは燃え死ぬ。
どうあがいても変えられない。
彼が感じた絶望は想像を絶する。絶望的な結末を数百回にわたって見せつけられたのだから。
変えようのない未来を見せつけられ、老人のように枯れ果てた顔を無理矢理上げて、ただただ叫ぶしかなかった。
「やめろおおおおお!」
「準備完了しました」
火矢は赤く、獲物を見つけた獣の舌のように揺らめいている。
「では、放て」
翼から冷酷で端的な命令が短く発せられた。攻撃を仕掛けようとしている天幕に避難している子供がいるとは知らなかったが、知っていたとしても命令を変更しなかっただろう。
子供を殺してはいけない理由はない。むしろ弱い敵から仕留めた方がよいという判断を下したはずだ。
子供や弱った獲物を狩るのは常套手段なのだから。
放たれた矢が緩やかなアーチを描き、天幕に飛んでいく。距離があってもあれだけ巨大な標的を逃すことはない。
鏃にまとわりつく炎が天幕を焼き尽くすその直前に。
銀色の光が矢を遮った。
矢は力なく地面に落ちる。誰もが動きを止める。喧騒に包まれていた今までが嘘のように、風の音がうるさく感じる。
戦闘の只中であるにもかかわらず遠くを見やる。そこには一人の少女がいた。
炎のように赤い斜陽でさえ染められぬほどにまばゆいその髪の色は――――銀色。矢を阻んた壁と同じく銀色。
それが誰かなど考える必要はない。
「久しぶりじゃないか。銀髪」
彼女も敵が誰であるかは理解していた。
かつて戦い、最も恐怖した敵。灰色の蟻。何故か以前戦った敵と同じ魔物だと理解できた。
あの魔物がまた再び彼女の大切な人を傷つけようとしていることを見過ごせるわけがない。
「あなたたちの好きにはさせません。灰色の蟻」
一人は地の底で、また一人は夕日が照らす大地で、お互いに仇敵を知覚した。
再会を祝うことはない。嘆くこともない。ただそれでも、恐らくはこうなることを心のどこかで予想していたことは確かだった。
せめて時間さえ稼げればいい。子供たちのための時間を――――。
思考が教会に避難している子供たちの方向へ向いた時、彼女は恐ろしい事実に気付いた。
「チャ、チャーロさん! 敵が、教会に向かってる!」
「ウェング……あなたもそう思いますか」
血相を変えて走り込んできたウェングに同意する。敵は明らかに最も大きな天幕である教会に向かっている。
想像したくないが……敵は教会にねらいを定めているのかもしれない。
「何としても邪悪な魔物を教会に近づけてはなりません! 皆の者! 死力を振り絞りなさい!」
死に体だった味方がわずかに息を吹き返した。もっともロウソクの火が消える前の最後の輝きのように不安定な光だったが。
かろうじて追い付いた味方は決死の猛攻を加え、何とか魔物を追い払うことができた。
少なくともこれで教会に侵入することはできないだろう。
そう安心したつかの間、
燃え盛る天幕を幻視した。
「……あ?」
間の抜けた声が出る。
敵は追い払った。しかし敵の矢の射程からは逃げられていない。そう気づいたウェングは叫んでいた。
「火だ――――! あいつら、教会を燃やそうとしている!」
ウェングの叫びに目を凝らしたトゥッチェの民には火矢を構えた働き蟻が見えた。
「止めろ――――!」
叫びながら一斉に突撃する。
だがあまりにも遠い。たった数十歩の距離だが星よりも月よりも手の届かない場所にある。
(くそ! 何でだ!?)
ウェングは心中で叫ぶ。
(俺たちはただここで暮らしていただけだ! 何も悪事はしていない。魔物とは戦っていたけど、それはあくまでも魔物が襲いかかって来るからだ! お前たちが何もしなければ俺たちも何もしない! なのに何故何の罪もない俺たちを襲う!?)
あの機械のように冷酷な魔物が教会の中に子供しかいないと見抜いていないとは思えない。
まるでトゥッチェの民を一人残らず皆殺しにしようという悪意を感じる。
(そんな奴らに俺の家族を、仲間を、妹を殺されてたまるか――――!)
彼の願いが聞き届けられたのかは定かではないが、彼はここにきて自身の予知能力を掌握し、十全に発揮せしめた。
今までせいぜい三つや四つしか見えなかった未来をはるかに増やすことを可能にした。
その数はおおよそ三百。
未来を変えるために、ありとあらゆる可能性を探り、ありとあらゆる方法を検討する。
思考。
試行。
再思考。再試行。
違う。これじゃない。だからもう一度。もう一度!
何度でも刹那の瞬きの内に未来を幻視する。
脳が沸騰するほどに全神経を酷使し、ウェングが見た風景は――――先ほどと何一つ変わってはいなかった。
知略を尽くしても、無謀な突撃を行っても、警告を発しても、天幕は焼かれ、子供たちは燃え死ぬ。
どうあがいても変えられない。
彼が感じた絶望は想像を絶する。絶望的な結末を数百回にわたって見せつけられたのだから。
変えようのない未来を見せつけられ、老人のように枯れ果てた顔を無理矢理上げて、ただただ叫ぶしかなかった。
「やめろおおおおお!」
「準備完了しました」
火矢は赤く、獲物を見つけた獣の舌のように揺らめいている。
「では、放て」
翼から冷酷で端的な命令が短く発せられた。攻撃を仕掛けようとしている天幕に避難している子供がいるとは知らなかったが、知っていたとしても命令を変更しなかっただろう。
子供を殺してはいけない理由はない。むしろ弱い敵から仕留めた方がよいという判断を下したはずだ。
子供や弱った獲物を狩るのは常套手段なのだから。
放たれた矢が緩やかなアーチを描き、天幕に飛んでいく。距離があってもあれだけ巨大な標的を逃すことはない。
鏃にまとわりつく炎が天幕を焼き尽くすその直前に。
銀色の光が矢を遮った。
矢は力なく地面に落ちる。誰もが動きを止める。喧騒に包まれていた今までが嘘のように、風の音がうるさく感じる。
戦闘の只中であるにもかかわらず遠くを見やる。そこには一人の少女がいた。
炎のように赤い斜陽でさえ染められぬほどにまばゆいその髪の色は――――銀色。矢を阻んた壁と同じく銀色。
それが誰かなど考える必要はない。
「久しぶりじゃないか。銀髪」
彼女も敵が誰であるかは理解していた。
かつて戦い、最も恐怖した敵。灰色の蟻。何故か以前戦った敵と同じ魔物だと理解できた。
あの魔物がまた再び彼女の大切な人を傷つけようとしていることを見過ごせるわけがない。
「あなたたちの好きにはさせません。灰色の蟻」
一人は地の底で、また一人は夕日が照らす大地で、お互いに仇敵を知覚した。
再会を祝うことはない。嘆くこともない。ただそれでも、恐らくはこうなることを心のどこかで予想していたことは確かだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる