うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第55話 圧倒

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 草を踏みしめる白い葦毛の馬を見て改めて葵と五月は戦慄する。
 驚くべき巨体と石膏像の如き筋肉が動く様子はいっそのこと神話の中に迷い込んだ気さえする。
 さらに絶望的なことに、その巨体が今にも襲い掛かってくるほどに殺意を漲らせているのだ。否が応でも体は硬くなる。
 それでも葵は一度軽く息を吸い、心と体を整える。
「初めまして、馬のギフテッドさん。わたしは皆本葵。お名前を伺っても構いませんか?」
 相手への警戒は怠らず、手を後ろに回して飛行機に乗っている途中に針でつついた場所を強くつねる。
 ジワリと血が滲み、さつまがギフトを使える状況を整える。
「……マロンキャノチーだ」
 低いが、若々しい声は生命力にあふれていた。
(意外と可愛らしい名前ね)
 ちらりと五月に視線を送る。
 五月はふるふると首を横に振った。つまりマロンキャノチーという馬は有名な馬ではないのだろう。
「念のために用件を伺っても?」
 葵たちの役目は調査だ。戦闘ではない。
 だが明らかに他の馬に危害を加えているため、穏便にことを済ませられる可能性は低いだろう。そしてその予想通りの返答だった。
「お前らを殺す。ギフテッドが出会えばそれしかないだろう」
 明確な殺意を伴ったその言葉通り、マロンキャノチーは一歩前に踏み出し、ゆるやかに加速する。歩くような動きから走ると言ってよい動きになると、白い燐光のようなものを纏い始めた。
 馬は短時間であれば自動車に匹敵する速度を出せる。つまりこの突進はただ当たるだけで人間を容易に殺傷せしめる威力がある。
 ましてや異能の力であるギフトが伴っていれば。
「「「!!」」」
 キャリーバッグを掴んだ葵も、五月も、アポロも、後先考えず全力で射線上から退避する。一組は右。もう一組は左。
 かろうじて躱す。
 だだだという地面を踏み鳴らす音と、衝撃のような突風が通過する。それが通過した後、やや遠くでバキリと乾いて破裂音が耳をつんざく。
 運よく、だろう。その突進は誰も傷つけることがなかったが、マロンキャノチーの走路上に存在した牧柵は完全に大破していた。
「「『ベット』!」」
 もはや息を合わせる暇さえ惜しいとばかりに宣言したアクションは完全に同じタイミングで響き合った。
 当然である。ここから先は一瞬の判断が命取りだ。
 液体になったさつまと、地面を踏みしめ、前足を分裂させたアポロがマロンキャノチーに迫る。
 いつもの集中力を分散させる手口だが。
「……」
 マロンキャノチーはこちらのアクションに全く付き合わず、さつまとアポロを迎撃する。
 前足にかみつこうとしたアポロには右前足を振るい、鼻先に跳びつこうとしたさつまに対してぶるんと首を鞭のようにしならせる。
 マロンキャノチーとしてはそれこそハエを振り払う程度の動作だったのかもしれない。
 だが圧倒的な巨体から繰り出される防御はあっさりとアポロの体を吹き飛ばし、さつまは液体になって飛び散ったがすぐに元に戻った。
 たった一瞬でわかる実力差。
 善側と悪側のギフテッドには大きな隔たりがある。それをまざまざと見せつけられる結果だった。
 ここまでの実力差があれば下手な駆け引きは意味をなさない。
 葵と五月はその実力差を埋める策を考えなければならなかった。なにしろ相手は馬。逃げ出したとしても平地での追いかけっこで勝てるわけがないのだ。
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