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第二章
第54話 12マイナス1
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二つ目の厩舎に入る。
ずらりと並ぶ馬たちは彫像のようで、博物館のようでもあった。見慣れない巨体がそう感じさせるのだろうか。
その中でひときわ目立つ馬がいた。
「白い馬。白馬ってやつ?」
「いえ、多分葦毛の馬ですね」
「あしげ?」
「簡単に言うと若いうちから毛が白くなる馬です」
「じゃあ白髪みたいなもん?」
「そうですね」
「はー……馬の毛っていろいろあるのね」
「ええ。こちらにいる馬は葦毛の馬意外鹿毛ですが、先ほどの厩舎にいた馬は黒鹿毛や青鹿毛の馬もいましたよ」
五月の言葉に感心したのは男性だった。
「へえ……お若いのにそこまで毛色を見分けられるのはすごいですね」
「祖父が競馬観戦を嗜んでいたので」
「ははは。一昔前の競馬ファンの中には熱狂的な人もいますからね。まあ、最近の馬は鹿毛の馬ばっかりでつまらないとか、ここに来ても葦毛や栃栗毛の馬を見たかったなんて人もいますね」
「観光と馬を養うのを両立させるのも大変ですね」
「それが仕事ですからね。ここをくぐるとパーソナリティ……つまり先日死亡した馬が倒れた場所につきます」
一瞬、彼はどこか遠くを見るような表情になった。
亡くなった馬の面影を探しているようだった。
冷涼な風が柵の隙間から吹き抜ける。
揃った芝生が不自然に倒されているのはそこに何か重いものがあったのだと推測できる。葵は心の中で殺人事件の現場に急行する刑事とはこんな気持ちなのだろうかと思った。
「アポロ。どうですか?」
「は! 血の臭いがしますワン!」
さすがの犬の嗅覚は時間の経過をものともせず真実を突き止めた。
「心不全ってことは外傷がないはずよね?」
もしも過去の事実と一般人との認識が違うのならこれはギフテッドの犯行になるはずだ。
「はい。例えば鼻血などを出せばその限りではありませんが……」
「馬って鼻血出すんだ」
「ええ。普通にぶつけた場合はもちろん、気道や肺に出血があった場合も鼻血を出します。馬は基本的に鼻からしか呼吸できませんから、危険な状態と言えます」
「ふうん。そういえば白馬って珍しいの?」
「珍しいですね。遺伝しにくいですし、サラブレッド……つまり競争能力の高い馬はほとんどいないらしく、少し前にすごく強い白馬が日本にいたらしいです。それがどうかしましたか?」
「じゃあ、葦毛の馬はもっと少ないの?」
一般的な知識として葦毛という言葉を知っている人はあまりいないが、白馬を知らない人間はいないだろう。だから葵の疑問は理解の範疇だったが、それは間違っている。
「いえ。葦毛の馬は現在でも数こそ少ないものの存在します」
葵は突然体の動きを止めた。
それから焦るように早口で尋ねる。
「ねえ。たしか引退馬は全部で十二頭いるって言ってたわよね」
「ええ。そうですね。実際に厩舎には十二頭の馬がいま……」
五月はそこで言葉を切った。
葵が何を言わんとしているのか察したのだ。
二人の頬には初夏の陽光に照らされているかのように汗が一筋伝ったが、それは冷汗だ。
「お二人ともどうかしましたワン?」
「おかしいのよ。数が合わない。……わたしたちは探偵にはなれそうもないわね」
「十二頭いるのなら数は合っていますワン?」
「いいえ。それは違います。あの男のひとの口ぶりや人となりを考えるのなら、十二頭の中に死亡した馬がいてもおかしくありません。それに、こうも言っていました。葦毛の馬がいたほうが観光客が喜ぶとも」
つまり十二頭の馬の中に存在してはいけない馬がいる。
突如としてキャリーバッグの中のさつまがうなりを上げ、アポロも素早く反転して犬歯をむき出しにした。
それに一拍遅れて五月と葵も振り向く。
「気づくか。犬と猫相手に奇襲は無理だな」
そこには二人の予想通り葦毛の馬が悠然と歩みを進めていた。
ずらりと並ぶ馬たちは彫像のようで、博物館のようでもあった。見慣れない巨体がそう感じさせるのだろうか。
その中でひときわ目立つ馬がいた。
「白い馬。白馬ってやつ?」
「いえ、多分葦毛の馬ですね」
「あしげ?」
「簡単に言うと若いうちから毛が白くなる馬です」
「じゃあ白髪みたいなもん?」
「そうですね」
「はー……馬の毛っていろいろあるのね」
「ええ。こちらにいる馬は葦毛の馬意外鹿毛ですが、先ほどの厩舎にいた馬は黒鹿毛や青鹿毛の馬もいましたよ」
五月の言葉に感心したのは男性だった。
「へえ……お若いのにそこまで毛色を見分けられるのはすごいですね」
「祖父が競馬観戦を嗜んでいたので」
「ははは。一昔前の競馬ファンの中には熱狂的な人もいますからね。まあ、最近の馬は鹿毛の馬ばっかりでつまらないとか、ここに来ても葦毛や栃栗毛の馬を見たかったなんて人もいますね」
「観光と馬を養うのを両立させるのも大変ですね」
「それが仕事ですからね。ここをくぐるとパーソナリティ……つまり先日死亡した馬が倒れた場所につきます」
一瞬、彼はどこか遠くを見るような表情になった。
亡くなった馬の面影を探しているようだった。
冷涼な風が柵の隙間から吹き抜ける。
揃った芝生が不自然に倒されているのはそこに何か重いものがあったのだと推測できる。葵は心の中で殺人事件の現場に急行する刑事とはこんな気持ちなのだろうかと思った。
「アポロ。どうですか?」
「は! 血の臭いがしますワン!」
さすがの犬の嗅覚は時間の経過をものともせず真実を突き止めた。
「心不全ってことは外傷がないはずよね?」
もしも過去の事実と一般人との認識が違うのならこれはギフテッドの犯行になるはずだ。
「はい。例えば鼻血などを出せばその限りではありませんが……」
「馬って鼻血出すんだ」
「ええ。普通にぶつけた場合はもちろん、気道や肺に出血があった場合も鼻血を出します。馬は基本的に鼻からしか呼吸できませんから、危険な状態と言えます」
「ふうん。そういえば白馬って珍しいの?」
「珍しいですね。遺伝しにくいですし、サラブレッド……つまり競争能力の高い馬はほとんどいないらしく、少し前にすごく強い白馬が日本にいたらしいです。それがどうかしましたか?」
「じゃあ、葦毛の馬はもっと少ないの?」
一般的な知識として葦毛という言葉を知っている人はあまりいないが、白馬を知らない人間はいないだろう。だから葵の疑問は理解の範疇だったが、それは間違っている。
「いえ。葦毛の馬は現在でも数こそ少ないものの存在します」
葵は突然体の動きを止めた。
それから焦るように早口で尋ねる。
「ねえ。たしか引退馬は全部で十二頭いるって言ってたわよね」
「ええ。そうですね。実際に厩舎には十二頭の馬がいま……」
五月はそこで言葉を切った。
葵が何を言わんとしているのか察したのだ。
二人の頬には初夏の陽光に照らされているかのように汗が一筋伝ったが、それは冷汗だ。
「お二人ともどうかしましたワン?」
「おかしいのよ。数が合わない。……わたしたちは探偵にはなれそうもないわね」
「十二頭いるのなら数は合っていますワン?」
「いいえ。それは違います。あの男のひとの口ぶりや人となりを考えるのなら、十二頭の中に死亡した馬がいてもおかしくありません。それに、こうも言っていました。葦毛の馬がいたほうが観光客が喜ぶとも」
つまり十二頭の馬の中に存在してはいけない馬がいる。
突如としてキャリーバッグの中のさつまがうなりを上げ、アポロも素早く反転して犬歯をむき出しにした。
それに一拍遅れて五月と葵も振り向く。
「気づくか。犬と猫相手に奇襲は無理だな」
そこには二人の予想通り葦毛の馬が悠然と歩みを進めていた。
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