うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第53話 牧場の午後

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 シャトルバスを降りてもろもろの手続きを終えて観光用のゲートではなく、従業員用の出入り口に案内された。
 出入り口にはひっそりと北見牧場、と書かれていた。
 そこから少し歩いたところに事務所への扉がある。
 それだけなら人工的な都市の空気しかないのだが、かすかな獣臭とかぽ、かぽ、という馬の足音が牧歌的な雰囲気を醸し出していた。

「はあ。特別獣害対策委員会。事故死した馬の調査というご連絡はいただいておりますが……ええっと、こんなに若い方が?」
 事務所の中にいたのは責任者らしき初老の男性だった。
 髪が薄くなった頭をかきながら、困惑の視線を葵と五月に向ける。キャリーバッグのさつまとリードをしっかりと握ったアポロにはまったく目もくれない。いや、まったく目に映っていないのだろう。
「私たちはボランティアのようなものです。親類が所属しておりますので、たまに手伝いなどをしております」
 丁寧に返答する五月に対して、まあそういうこともあるのか、と納得したようだった。
 ぼそぼそと耳打ちする。
「ねえ五月。大丈夫なの?」
「問題ないでしょう。多少違和感があってもラプラスがなんとかしてくれるはずです。もちろん相手がオーナーでなければ」
 つまるところ相手の反応をよく見ておけばオーナーであるかどうか判断できるかもしれないということだ。
 表情の把握ができない葵には難しい話だった。
「じゃあまず先日亡くなった子が最後にいたところまで案内しますね」
「「よろしくお願いします」」
 二人は丁寧に頭を下げたのだった。

 この北見牧場は牧場と銘打っているが馬を育てているのではなく、馬とのふれあいを行うテーマパークに近い。
 それゆえ遠目に家族連れや、小柄なポニーにまたがる観光客の姿が見える。
 そして近くには厩舎で草を食む馬の姿。
「……大きいわね」
 無意識的につぶやいた言葉は葵のものだった。
「ははは。馬を初めて見た人はだいたいそう言いますよ」
 なんとなく上機嫌そうになった男性は滑らかに語りだす。観光地の責任者であるためか、他人をガイドするのが好きな性分なのだろう。
「この牧場にはおよそ八十頭の馬がいますが、引退馬が全部で十二頭いました。最近はあなた方のような若いお客さんも増えているのでこちらとしては嬉しい限りです。ただ、あまり騒がないでくださいね」
「サラブレッドは繊細ですからね」
「そうです。もちろんここにいる馬は比較的おとなしいほうですが、それでもカメラのシャッター音などに過敏に反応してしまうことはあるので携帯電話もマナーモードにしておいてください」
 全部で4頭の馬がいた厩舎を後にし、次の厩舎に向かう。このあたりには引退馬だけがいるらしい。
「先日亡くなった子は心不全でして……結局はっきりした原因はわかりません。去年ここに来たばかりの子だったのですが……」
 男性は無念そうな表情をしていた。それだけでも彼が馬を大切に思っているのは想像できる。
「そういうことはよくあるんですか?」
 葵の単純な疑問にも丁寧に答える。
「多いわけではありませんが、ないとは言い切れません。馬はもともと心臓に負担が大きい生き物です。特に競走中は。競走中でなくても、例えば何かに驚いて暴走してしまうということはあり得ます。我々も気を付けているのですが……」
 葵は冷静に、しかし熱弁する男性に少し感心していた。基本的に彼女はペットを大切に扱う人間に対する評価が高いのだ。
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