うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第57話 ネゴシエート

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 冗談のような勢いで跳ね飛ばされた葵は先ほど通った厩舎に激突した。
「皆本さん!」
 思わず叫ぶ五月だが、返事はない。
(運よく建物にぶつかったみたいですし、ギフトが発動しているはず。無事、だと信じましょう)
 五月も他人を心配している余裕はない。
 マロンキャノチーがその右目でぎょろりと睨みつけていたからだ。もはや葵は生きていないと判断しているのだろう。
「『ベット!』」
 新たなスキルを使うためにアクションを宣言する。
 だがマロンキャノチーはアクションを完全に無視して今度はアポロに向かって突進する。
 地響きを轟かせながら迫る白い巨影を。
「ワウ!」
 アポロは軽やかに躱す。
「!」
 これにはマロンキャノチーも驚愕を隠せなかった。
「二度も見ればタイミングは覚えられます、ワン!」
 確かにマロンキャノチーの突進は強烈だが、単調すぎる。ドーベルマンの運動能力は彼の動きを捉え始めていた。
「そうだな。なら、変化をつけようか」
 しかしマロンキャノチーも無策ではない。
 背後のアポロに首を向けながら後ろ足で地面を蹴る。
 小石混じりの土がアポロに向けて射出される。一瞬で身をかがめたアポロは再び躱す。
「フシャー!!!!」
 その隙を狙ってさつまが飛び掛かる。
 顔を捻り、やはりアポロを弾き飛ばす。アポロの狙いが単純な外傷ではなく、呼吸を止めることであることはすでに察しているらしい。
(攻め手が足りません。アポロが有効打になれないなら、さつまで窒息を狙うしかないわけですが……警戒されている。ならもう、リスクを背負って手数を増やすしかありません)
 何とか回避はできているが、戦闘ではまぐれ当たりの一発があり得る。耐久力に差がある以上、じり貧になるのは目に見えていた。
「『スープラ』!」
 新たにスキルを宣言し、五月もまたマロンキャノチーに対して距離を詰める。
 その速度は明らかに普通の人間を上回っている。
 葵がいれば、『オーナーであるあんたをショロトルの主であるケツァルコアトルに見立てて強化するスキルかしら』などと推測しただろう。
「お前もか」
 淡々と、冷静に分析するマロンキャノチーに対して拳を向ける……ように見せかけた五月は自分の上着を相手の顔に対して被せた。
「!?」
 目隠しされたマロンキャノチーはぶんぶんと首を振る。それに対して五月は。
「わっ!!!!!!」
 可能な限りの大声を、耳の近くで叫んだ。
「!? お、お前!?」
 サラブレッドは非常に繊細な生き物でちょっとした刺激に反応する。さらに聴覚に優れているがゆえに、馬房の中では絶対に小声でしか会話しないという暗黙のルールが存在するほどだ。
 もちろん、それらを知っている五月は容赦なく弱点を突いた。さらに腹に軽くジャブを入れる。手ごたえはあった。むしろありすぎるほどに。
(ギフトの影響が少ない?)
 好機と見たさつまとアポロも殺到する。
 しかし乱戦を嫌がったマロンキャノチーは全力で離脱し、もう一度大きく首を振って上着を跳ね飛ばした。
(ワウう。すみませんですワン。せっかくチャンスを作ってもらったのに)
 アポロと五月は小声で会話する。
(構いません。相手の体力を削りましょう)
 サラブレッドは数分間であれば自動車に匹敵する速度を出せる。逆を言えばそれ以上の時間であれば大幅にパフォーマンスが落ちる。
 もちろん敵もそれは百も承知だろうが、だからこそ五月も参戦して集中力を削ぐ狙いだった。
 そこにざり、と砂をかく足音。
「あー……死ぬかと思ったわ」
「皆本さん」
 大丈夫ではないかと思っていたものの、確信はなかった五月はほっとして葵を見たが、やはりと言うべきか葵はボロボロだった。
 あちこちが擦り傷だらけで、唇から出血しており、邪魔だったのか上着を脱いでいた。とことこと足元に近づいてきたさつまをなかば無意識的になでる。
「……よく生きていたな」
「まあね。いや、ほんと、運良かったわ」
 そう言うとぴらりと一枚の紙を取り出した。
「何のつもりだ」
「降参するわ。だから、取引しない?」
 葵はとんでもない爆弾発言を繰り出した。
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