うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第58話 盲点

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「交渉?」
 マロンキャノチーは耳を伏せていた。いわゆるイカ耳であり、これは馬が不機嫌であることを示すサインだった。
「何故交渉に応じなくてはならない。お前より俺の方がよっぽど強い」
「ええそうね。このまま戦えば多分わたしたちは負ける。でもいいの? あなたじゃ特害対の他のメンバー、特に河登さんには勝てないわよ」
「……」
 彼は押し黙った。
 それで賭けに一つ勝ったと葵は悟った。実のところマロンキャノチーが特害対と接触していたことはわかっているが、特害対についてどのくらい知っているかはっきりしていない。
 特害対に警戒するべき戦力がいると彼が知っていたおかげで交渉の余地ができた。
「この紙はあなたも知っていると思うけど契約のギフトが籠められた紙」
 ぴらぴらと白い紙を降伏を示す白旗のように振る。
 しばし考え込んでいたマロンキャノチーは不満げに返答した。
「契約の内容は?」
「わたしはわたしが知っている限りの特害対のギフトの情報をあなたたちに渡す。もちろんわたし以外の。それから、あなたのオーナーはわたしたちを二十四時間襲わせない」
 これはかなり譲歩した条件と言える。
 この戦いは情報が命だ。
 それを惜しげなく渡す対価が一時的に見逃すことだというのはいかにこの状況が逼迫しているかということの証明でもある。
 そしてなにより、この契約には重大な抜け穴がある。五月はそれに気づいていたが。
(……何か考えがあるんですよね。信じますよ。皆本さん)
 あえて黙っていた。
 口を挟めば葵の策を崩壊する可能性があると予想したのだ。
 少し考えていたマロンキャノチーはやがて承諾した。
「いいだろう。どうすればいい?」
「多分、この契約書に触れればいいはずよ」
 さつまを抱きかかえながら、マロンキャノチーから少し離れた場所に契約書を置く。まだ契約が結ばれていないため、警戒は怠らない。
 葵が慎重に離れるのを見届けたマロンキャノチーが契約書にサインするように蹄を押し当てる。
 契約書の文字がマロンキャノチーに文字が絡みつく。
「む……なるほど……これが契約か。さあ、話してもらうぞ。特害対の情報を」
「そうね。契約のギフトは植物のギフテッド。あとは魚、キノコ、熊」
「他には? ギフトを見たことがある奴もいるだろう」
「ないわよ」
「何?」
「だってわたし、オーナーになってから一か月もたってないもん! 特害対のギフトについてほっとんど知らないに決まってるじゃない!」
 胸を反らし、高笑いする葵。
 マロンキャノチーの顔にはびきりと青筋が浮かび、耳を全力で絞っているように見えた。
「ならそこの犬のギフトについて答えろ。それくらいは知っているだろう」
「あ、それ無理。こいつとはお互いに協力する契約を結んでるから、先に交わしたそっちが優先されるわ」
「み、皆本さん……い、いくらなんでも狡すぎます……」
「ワウウウ……」
 敵どころか味方まで呆れる始末だった。ちなみに先約優先は葵の推測だったが間違っていなかったようだ。
 マロンキャノチーに至っては怒りが頂点に達したのか今まで以上の殺意を向けている。
「やはり人間は信用ならん。そこで立ち尽くしていろ。今すぐ蹴り殺してやる!」
「はっはあ! 残念ながら契約のせいであなたは攻撃できないわよ!」
 勝ち誇る葵に対してマロンキャノチーは冷酷に告げる。
「その契約は俺にオーナーがいればの話だろう」
「ま、まさか、あんたのオーナーは……」
「そうだ。もうすでに死亡している」
「そんな! アクションした時カードはなかったのに!?」
「オーナーの生死が確認できない場合透明になるらしいな」
「し、知らなかった……ずるいわよ!」
「お前が言うな!」
 まっとうな正論に逆ギレする葵を見て、五月は思考を進める。
(嘘ですね。というかさっきから演技しているように見えます)
 以前葵にオーナーを認識せずにアクションを行った場合カードが見えなくなると説明したことがある。
 こういう重要な情報に対する記憶力が葵はかなり良いと五月は認識している。
 つまり葵は契約を破られることを前提として持ち掛けたことになる。
(そうなると皆本さんは時間稼ぎを狙っているはず。なら私も協力しなければ)
 二人と二匹は身構え、迫る葦毛の馬を迎え撃とうとする。
 だが、ぴたりと馬の動きが止まった。
『うけけけけけ!』
 けったいな声が響き、奇天烈な模様が樹を覆っていた。
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