うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第59話 雑種

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「ラプラスか」
 その場にいた全員が嫌そうな顔をする。
『そうだよ。俺様の声を聴きたかっただろう?』
「そんなわけあるか」
「全面的に同意」
「異論ありません」
「ワン!」
 さつままでもがふにゃーと鳴く。
 ラプラスの声を聴きたくないのはオーナーだけではなくギフテッドも共通らしい。
『はあ。せっかく折衷案を持って来たのにつまんねえ奴らだな』
「折衷案だと?」
『そうだ。お互いに契約のギフトの穴を突いたわけだからな。お互いにペナルティがあってしかるべきだろう? で、きちんと罰を決めてやったわけだ』
 上から目線の態度にまたしても不快感が募るが、文句を言っても聞くような相手ではないことはよく知っている。
「で、その折衷案って何よ」
『猫のギフトに関する情報をひとつ開示。逆に葵はギフトに関わらない質問をマロンキャノチーにしてもよい』
「待ってください。それではこちらに不利すぎます!」
「そうよ! せめてこっちにもギフトの情報寄こしてよ!」
『先に取引を持ち掛けたのはそっちだろ?』
「こっちは異存ない」
 マロンキャノチーにとっては受け入れられる条件だったのか、あっさり承諾した。ただ、葵と五月も条件に本気で不満があるわけではなく、時間稼ぎの意味合いもある抗議だった。
『つーわけだ。早く質問しろ。このままだと一方的にギフトの情報を開示させられるだけで終わるぜ』
「ち、わかったわよ。それじゃあ……どうしてあなた、そんなに人間を嫌ってるの?」
 一瞬だけ音が止まった気がした。
 それからどこかから、馬のいななきと、子供の歓声が聞こえた気がした。
(これは、悪くないかもしれません)
 葵が意図するところをおおよそ理解した五月は独語する。
 マロンキャノチーが自分たちに敵意を持っていることは想像できる。言葉はもちろん、躊躇なくオーナーを攻撃するギフテッドというのは珍しいのだ。
 そしてマロンキャノチーのオーナーが死亡しているというのはコピーのギフテッドの件を思い起こさせた。
(もしも何かの行き違いで人間を憎んでしまっているのなら……その誤解を解けるかもしれません)
 淡い希望を胸にした五月と、質問をしてからじっと動かない葵を前にマロンキャノチーは淡々と返答した。
「俺のオーナーが人間に殺されたからだ。これでいいな?」
「さすがに言葉が少なすぎるわよ」
「同感です。納得できません」
 マロンキャノチーは二人の少女を無視してラプラスに視線を送るが、にやにやと顔を歪めるだけだった。ラプラスはもっと話せと無言の圧力をかけていた。
「俺のオーナーが死んだ理由は、俺がサラブレッドとして認められなかったからだ。俺は同一品種間内雑種強制によって生み出されたらしい」
 聞きなれない言葉を聞いた二人の反応は似通っていた。すなわち、困惑。
「何それ?」
「それは……聞いたことがありませんし、なにより矛盾しているはずです」
 しかし生物学において知識が深い五月の方がより困惑していた。
「……まず雑種強勢だな。雑種強勢の説明ならお前がしろ」
 蹄で指名された五月は戸惑いながらも説明し始める。
「皆本さん。雑種強勢という言葉はご存じですか?」
「えっと、あれよね。ミックスの猫が長生きするとかいう……」
「間違っていません。植物で例えましょうか。病気への抵抗性が百点。味が0点のトウモロコシの品種と、病気への抵抗性が0点、味が100点のトウモロコシの品種をかけ合わせればどんなトウモロコシができると思いますか?」
「そりゃ、どっちも50点くらいになるんじゃない?」
「いいえ。どちらも100点かそれ以上のトウモロコシが出来上がります。それが雑種強勢。もちろんかなり極端な言い方ですが」
「え、すごいじゃない……ん? 別々の品種をかけ合わせるのよね?」
「ええ。だから、同一品種で雑種強勢なんか起こるはずがありません」
 同一品種間内雑種強勢という言葉はそれそのものが矛盾の塊なのだ。だがその矛盾を解消したからこそマロンキャノチーがここにいるはずなのだろう。
「俺も具体的にはわからん。オーナーの会話や残っていた資料を読んでようやく理解したことだ。どうも遺伝子分析を利用して、特定の能力に特化したサラブレッドを生産し、交配させて、両親のいいとこどりをするというやり方らしい。それで生まれたのが俺だ」
「へえー。なんかすごそうなんだけど……五月?」
 五月は表情こそ変わっていないが、後悔しているような空気を纏っていた。
「そっちは気づいたようだな。この方法の問題点に」
 五月の様子のおかしさを見て、怒りを堪えるような声音でしゃべるマロンキャノチーだったが、葵には何が何なのか全くわからない。
 困った葵の視線はアポロに送られるが、彼も心配そうに自分のオーナーを見守るばかりだ。
「どうした? 言えないなら俺が言ってやろうか?」
 促されてようやく五月は声を絞り出した。
「皆本さん。種牡馬、つまり子供を作れる馬の選定方法がご存じですか?」
「え、そりゃ、レースに勝った馬が……あ、そっか。その、同一品種間内雑種強勢? が成立しちゃうと今までなれてたのに種牡馬になれない馬が出てくるのね。でもまあ、それってしょうがないんじゃない?」
 どうあがいても人生は競争の連続だ。それは馬生も変わらない。子孫を残せない馬がいるのは可哀想ではあるがそういうものだろうとも思う。
「そこが問題じゃないんです。問題なのは、種牡馬は金になるということです」
「お金?」
「……はい。種付け料。ある種牡馬が種付けする値段。場合によっては、一千万円を超えます。そして、国によってはレースの賞金よりも種牡馬価値を高めるためにレースで勝利を目指す、ということがあり得ます」
「ああ、そういうこと」
 五月の話を聞いた葵はとても嗜虐的な笑みを浮かべた。五月は葵がギフトを看破したり相手を追い詰めたりするときにそういう表情を見せると気づいていた。
「同一品種間内雑種強勢、っていうか雑種強勢は総合的に見れば親の能力が優れていなくても優秀な子孫を残せることになっちゃうのね」
「……さらに補足するなら……雑種強勢によって誕生した個体の子孫のほとんどはその形質が劣化します。それは結局……優秀な馬の子孫は優秀であるというサラブレッド生産の歴史と相反するものです」
「そうだ!」
 五月の言葉が終わった瞬間にマロンキャノチーは叫び、ダンっと足を踏み鳴らした。
「俺がレースに出られなかったのは伝統に背くからでも、ルールに違反しているからでもない! 俺という存在が今までの地位を脅かし、金儲けが成立できなくなるからだ!」
 烈火の如き怒りが湧きだす。
 葵も、五月も、アポロも、それに反論できようはずもない。
「レース中に負傷してしまう奴がいる。それはやむをえまい! 成績が振るわず生活を終える馬がいる。それも仕方があるまい。だが!」
 一度言葉を切り、大きく息を吸い込み、感情と共に言葉を吐き出す。
「金儲けのために新しい技術を切り捨てるとは何事だ! 俺のオーナーがどれほどの心血を注いで俺を作ったと思っている!? 俺たちはより速く走るために生み出されたのではないのか!?」
 彼が出しているのは言葉だけではない。心だけでもない。
 血だ。
 彼は血を吐き出している。
 彼に流れる血。
 彼を生み出すための努力。
 それらを否定されたことへの復讐心。
 全ての心がかき混ぜられた感情を言葉として、吐き出している。
「馬事文化の発展? 馬の繁栄? 舌触りのいい理念を述べながら、いざ自分の縄張りが脅かされるとなると圧力をかけ、俺を走らせず、オーナーはそれを気に病んで自殺した! そんなことを気にも留めず、今でもそいつらはのうのうと自分の馬を誇っている! 厚顔無恥の二枚舌! 断じて許せん! 人類、死すべし!」
 彼女たちは思い知った。
 誤解やすれ違いなどどこにもない。
 譲歩と我慢を重ねて、それでも爆発せずにはいられなかったのだ。
 ……擁護するわけではないが。
 もしも同一品種間内雑種強勢が成立し、一般に普及した場合、間違いなくトラブルが起こる。誰かが首をくくらなければならないような事態にも発展しかねない。
 金の問題にとどまらず、競馬の歴史は勝者の歴史であり、血統というものは少なからず観客を魅了してきた。
 それが唐突に終わりを告げたとしたら、保守的な面が強い競馬ファンは離れる可能性が高い。
 そうなれば生産する馬の数は減少し、むしろサラブレッドの生きる場所は狭まるかもしれない。
 だがもちろん、そんなものは。

 人間の事情でしかないのだ。

 五月は下を向いていた。
 何一つとして反論が思い浮かばない。
 何を言えばいいのかわからない。
 黙るしかない。
 だが。

 葵はまっすぐにマロンキャノチーを見つめていた。
 それだけではなくすっと握手を求めるかのように右手を伸ばし。
「あなたのようなギフテッドを待っていたわ。一緒に人類を滅ぼしましょう!」
 とんでもないことを言い出した。





あとがき


念のために補足しておきますが同一品種間内雑種強勢とは架空の概念です。
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