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第二章
第61話 激戦
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唸るベアに相対し、軽くいななくマロンキャノチー。
怒りと闘志が攪拌された視線のぶつかり合いは、物理的な衝撃があると錯覚するほど激しかった。
「葵ちゃん。五月ちゃん。ベンを頼めるかしら」
「はい」
五月はベアの背中におんぶ紐のようなもので括り付けられていたベンを下ろし、抱きかかえる。
「ベア、ベア?」
金髪の幼児、おそらくは二歳前後の男の子が名残惜しいかのようにベアに手を伸ばす。
「ごめんね。ちょっと待ってて、ベンちゃん」
目線はマロンキャノチーから離さずに、しかし優しい言葉をかけた。
その瞬間にベアの毛がぶわりと逆立つ。それに気圧されるように三人と二匹は足早に離脱する。
十数メートルほど離れたところで葵は五月に話しかけた。
「ねえ。よかったの?」
「ひとまず私たちも息を整えて思考する時間が必要です。それに、ベアさんは善側がまだ組織的な活動をしていたころから戦っていたギフテッドです」
「!」
「それにベアさんも肉体強化のギフトです。シンプルな殴り合いならおそらく特害対でもトップのはずです。だから、無策で私たちが手を貸しても邪魔なだけです」
(……まずはお手並み拝見ってところね)
自分たちが鉄火場にいるのは間違いない。が、同時に強敵を倒す手がかりを得る好機でもある。
特害対だろうが、善側の生き残りだろうが、結局のところ倒すことに変わりはないのだから。
嵐の前の激しさのように、牧場の一角には和やかな日差しが降り注いでいた。
「お前も人間を守るのか」
「そうね」
「何故守る。人間は最低だぞ」
「ええ。そうね。最低よ」
「何……?」
マロンキャノチーは驚いた。てっきり人間が好きだからこそ彼女たちのために戦っていると思っていた。
「あら、あなた、他のギフテッドとあんまり話したことないのね。ギフテッドはだいたい、人間なんてろくでもないと思ってるわ」
「わからん。なら、どうして戦う」
「決まってるでしょ。人間がどんなに醜悪でも、それがあの子たちを守らない理由になるかしら」
それは紛れもなく、母親の言葉だった。
マロンキャノチーはびりりと肌が泡立つのを感じた。
野生の獣なら誰でも知っている。子を守る母親が最も怖いということを。
太陽が雲に隠れることを合図に二頭は激突した。
ベアトリクス。グリズリー。カナダ出身。体重二百キロ。最高時速48キロ。
マロンキャノチー。サラブレッド。北海道出身。体重四百八十六キロ。最高時速七十キロ。
もちろんこれは素の身体能力である。この戦いでは、それにギフトが上乗せされる。その結果は。
白と褐色の影。
二つが激突した衝撃は大砲の弾丸が衝突したと思えるほどだった。
白い燐光を纏った葦毛の馬と、紫の靄がかかったグリズリーの衝突は拮抗していたが、じりじりと白い燐光が推し始めていた。
やや、マロンキャノチーのギフトが優勢なのだろう。
だが、これは単なる異能のぶつけ合いではない。二体の間には明確な差がある。生物種としての違いだ。
走ることに特化したサラブレッドと時には大型の草食動物を襲うグリズリーでは、本来の戦闘能力に大きな差がある。
相撲の取っ組み合いのような態勢から上手投げのように右腕を動かし、マロンキャノチーを地面に叩きつける。
重機が地面を掘るような音が響き、マロンキャノチーは横倒しになる。
そこにベアは一気に襲い掛かるが、倒れたままで後ろ足蹴りを繰り出し、それが腹に直撃したベアは冗談のように大きく吹き飛び、その勢いは柵をなぎ倒し、植えられていた樹木を倒さんばかりの勢いでぶつかりようやく止まった。
そのすさまじい戦闘を見守っていた葵はようやく声を絞り出した。
「あれがベアさん……とんでもないわね」
「ですが……少し動きが悪いように思えます」
「……あれで?」
二頭の戦いはいまだ続いている。
戦闘の余波で樹がなぎ倒され、一抱えするのが精一杯の土が空高く舞い上がる。
「はい。以前の戦いではもっと勢いがありました。それを差し引いても、ギフト同士の力比べでは分が悪そうですね」
「なら……ギフトの相性かなんかかしら……生物学的にはどうなの?」
「熊は雑食動物で獣を襲うこともありますが、どちらかと言うと山林の獣で、平原が住処である馬とは住む場所が違うためわずかに熊が有利というところでしょう」
二人とも黙ってしばし考え込む。
戦いの音がする方に向かって楽しそうにベンはきゃっきゃっと楽しそうに手を伸ばしている。子供は呑気だとため息をつきそうになった。
「わたしの……ヤマタノオロチに対してはそんなに相性悪そうじゃないのよね。さつまも多分、悪くはない。アポロちゃんは?」
「それほど有効ではないようですワン。とはいえ最悪ともいえないですワン」
「セントジョージみたいな竜殺しじゃなさそうね。だとすると……」
「いえ、おそらくですがマロンキャノチーのギフトはあなたのギフトに近いものだと思います」
「ん? 特定の相手に強い、そういうギフト?」
「はい。根拠は私の攻撃が思ったよりも効いたことです。私がアポロのギフトで強化された拳はギフトの防御が薄かったようです」
「つまり、どのギフトで攻撃を当てるかだけじゃなくて、誰が攻撃を当てるかも重要なのね?」
「はい。おそらくですが……彼のギフトは自分、ないしは生物学的に敵だと認識しているものに有効なのでしょう」
「……根拠は?」
「馬はとても仲間意識が強い動物です。特に人とのコミュニケーションにおいては犬、人、馬は相互に通じ合えると言われています」
推測が正しいとすればそれはあまりにも皮肉なギフトだった。
人を憎むマロンキャノチーのギフトが人間を仲間だと認めているということなのだから。
「そしておそらく、彼のギフトはギフトの種類にも影響を与えるはず。彼のギフトに近しい性質、神話体系であれば、彼のギフトは効果が薄れると推測します」
「だいぶ絞れる……けどオールインを成功させるのは無理よ」
「ええ。ですので」
すっとベンを葵に手渡しする。
「私とアポロ、ベアさんでなんとか相手のアクションを引き出します。そこから相手のギフトを解き明かしてください」
返答を聞かず、五月はアポロを連れだって未だ激しい戦闘の中心へと向かっていった。
怒りと闘志が攪拌された視線のぶつかり合いは、物理的な衝撃があると錯覚するほど激しかった。
「葵ちゃん。五月ちゃん。ベンを頼めるかしら」
「はい」
五月はベアの背中におんぶ紐のようなもので括り付けられていたベンを下ろし、抱きかかえる。
「ベア、ベア?」
金髪の幼児、おそらくは二歳前後の男の子が名残惜しいかのようにベアに手を伸ばす。
「ごめんね。ちょっと待ってて、ベンちゃん」
目線はマロンキャノチーから離さずに、しかし優しい言葉をかけた。
その瞬間にベアの毛がぶわりと逆立つ。それに気圧されるように三人と二匹は足早に離脱する。
十数メートルほど離れたところで葵は五月に話しかけた。
「ねえ。よかったの?」
「ひとまず私たちも息を整えて思考する時間が必要です。それに、ベアさんは善側がまだ組織的な活動をしていたころから戦っていたギフテッドです」
「!」
「それにベアさんも肉体強化のギフトです。シンプルな殴り合いならおそらく特害対でもトップのはずです。だから、無策で私たちが手を貸しても邪魔なだけです」
(……まずはお手並み拝見ってところね)
自分たちが鉄火場にいるのは間違いない。が、同時に強敵を倒す手がかりを得る好機でもある。
特害対だろうが、善側の生き残りだろうが、結局のところ倒すことに変わりはないのだから。
嵐の前の激しさのように、牧場の一角には和やかな日差しが降り注いでいた。
「お前も人間を守るのか」
「そうね」
「何故守る。人間は最低だぞ」
「ええ。そうね。最低よ」
「何……?」
マロンキャノチーは驚いた。てっきり人間が好きだからこそ彼女たちのために戦っていると思っていた。
「あら、あなた、他のギフテッドとあんまり話したことないのね。ギフテッドはだいたい、人間なんてろくでもないと思ってるわ」
「わからん。なら、どうして戦う」
「決まってるでしょ。人間がどんなに醜悪でも、それがあの子たちを守らない理由になるかしら」
それは紛れもなく、母親の言葉だった。
マロンキャノチーはびりりと肌が泡立つのを感じた。
野生の獣なら誰でも知っている。子を守る母親が最も怖いということを。
太陽が雲に隠れることを合図に二頭は激突した。
ベアトリクス。グリズリー。カナダ出身。体重二百キロ。最高時速48キロ。
マロンキャノチー。サラブレッド。北海道出身。体重四百八十六キロ。最高時速七十キロ。
もちろんこれは素の身体能力である。この戦いでは、それにギフトが上乗せされる。その結果は。
白と褐色の影。
二つが激突した衝撃は大砲の弾丸が衝突したと思えるほどだった。
白い燐光を纏った葦毛の馬と、紫の靄がかかったグリズリーの衝突は拮抗していたが、じりじりと白い燐光が推し始めていた。
やや、マロンキャノチーのギフトが優勢なのだろう。
だが、これは単なる異能のぶつけ合いではない。二体の間には明確な差がある。生物種としての違いだ。
走ることに特化したサラブレッドと時には大型の草食動物を襲うグリズリーでは、本来の戦闘能力に大きな差がある。
相撲の取っ組み合いのような態勢から上手投げのように右腕を動かし、マロンキャノチーを地面に叩きつける。
重機が地面を掘るような音が響き、マロンキャノチーは横倒しになる。
そこにベアは一気に襲い掛かるが、倒れたままで後ろ足蹴りを繰り出し、それが腹に直撃したベアは冗談のように大きく吹き飛び、その勢いは柵をなぎ倒し、植えられていた樹木を倒さんばかりの勢いでぶつかりようやく止まった。
そのすさまじい戦闘を見守っていた葵はようやく声を絞り出した。
「あれがベアさん……とんでもないわね」
「ですが……少し動きが悪いように思えます」
「……あれで?」
二頭の戦いはいまだ続いている。
戦闘の余波で樹がなぎ倒され、一抱えするのが精一杯の土が空高く舞い上がる。
「はい。以前の戦いではもっと勢いがありました。それを差し引いても、ギフト同士の力比べでは分が悪そうですね」
「なら……ギフトの相性かなんかかしら……生物学的にはどうなの?」
「熊は雑食動物で獣を襲うこともありますが、どちらかと言うと山林の獣で、平原が住処である馬とは住む場所が違うためわずかに熊が有利というところでしょう」
二人とも黙ってしばし考え込む。
戦いの音がする方に向かって楽しそうにベンはきゃっきゃっと楽しそうに手を伸ばしている。子供は呑気だとため息をつきそうになった。
「わたしの……ヤマタノオロチに対してはそんなに相性悪そうじゃないのよね。さつまも多分、悪くはない。アポロちゃんは?」
「それほど有効ではないようですワン。とはいえ最悪ともいえないですワン」
「セントジョージみたいな竜殺しじゃなさそうね。だとすると……」
「いえ、おそらくですがマロンキャノチーのギフトはあなたのギフトに近いものだと思います」
「ん? 特定の相手に強い、そういうギフト?」
「はい。根拠は私の攻撃が思ったよりも効いたことです。私がアポロのギフトで強化された拳はギフトの防御が薄かったようです」
「つまり、どのギフトで攻撃を当てるかだけじゃなくて、誰が攻撃を当てるかも重要なのね?」
「はい。おそらくですが……彼のギフトは自分、ないしは生物学的に敵だと認識しているものに有効なのでしょう」
「……根拠は?」
「馬はとても仲間意識が強い動物です。特に人とのコミュニケーションにおいては犬、人、馬は相互に通じ合えると言われています」
推測が正しいとすればそれはあまりにも皮肉なギフトだった。
人を憎むマロンキャノチーのギフトが人間を仲間だと認めているということなのだから。
「そしておそらく、彼のギフトはギフトの種類にも影響を与えるはず。彼のギフトに近しい性質、神話体系であれば、彼のギフトは効果が薄れると推測します」
「だいぶ絞れる……けどオールインを成功させるのは無理よ」
「ええ。ですので」
すっとベンを葵に手渡しする。
「私とアポロ、ベアさんでなんとか相手のアクションを引き出します。そこから相手のギフトを解き明かしてください」
返答を聞かず、五月はアポロを連れだって未だ激しい戦闘の中心へと向かっていった。
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