うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第一章

第2話 忍び寄る足音

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 どことも知れぬ街灯に照らされた光の端。
 一人の少女と一匹の犬がたたずんでいた。
 少女はやや短めの髪を切り揃えており、日本人形のようだ、という形容が驚くほど似合う美しい顔立ちだった。ただ一つ、青みがかった瞳だけが異国情緒を感じさせた。
 少女と大人の中間のような風貌からおそらくは高校生くらいであろうと推測できた。
 犬の種類はドーベルマンであり、がっしりとした体格と、とさかのような特徴的な髪も堂に入っており、彼女に付き従う騎士のようでもあった。
「どうですか。アポロ」
「は。五月様。例のスズメの臭いはないです……ワン」
 彼女以外の人影はない。人の、影は、ない。
 彼女の呼びかけに答えた声は犬から発せられていた。
「アポロ。前から言っていますが無理に語尾をかえる必要はありません」
「何をおっしゃいますかワン! これこそ犬が最も可愛がられる語尾だと教わりましたワン!」
「いえ、それは……この話は後にしましょう。ですが妙ですね。あのネズミによるとこのあたりだと聞いたのですが……」
「臭いは消えています、ワン!」
「……しばらく地道に探すしかなさそうですね。特害対にもそう連絡しましょう。ここに治療のギフテッドがいるなら何としても探し当てなくてはいけません」
 そう言うと彼女と一匹の犬は闇の中に消えていった。



 わが愛猫さつまが液体になるという事件が発生してから数日。
 私はいつもと変わらない日常を続けつつ、必死の思いで情報を集めていた。
 まずネットで検索。もちろん猫が液体(比喩表現)になる可愛らしい画像ばかり。次に動物獣医学の本。やはりそんな症例があるはずもない。
「だーめだ。全然わからない……」
 思わず机に突っ伏す。
 まさにお手上げだ。猫が液体になるとはあくまでも比喩で、本当に液体になるなど現実で起こりうるはずがないのだ。まっとうに調べても無意味なのはとっくに気づいていた。
 だが一方でわかったこともあった。
「さつまが液体になるのは私が出血した時なのよね」
 指の傷の絆創膏を張り替えたとき、さつまは液体になった。そこで自分の指を針でつつき、わざと血を出すとやはりさつまは液体になった。
 理由や状況は飲み込めないが、経験則だけで判断するなら間違いなさそうだった。
 そして数日前から何度も試していること、カメラをさつまに向ける。
 フラッシュはたかない。猫にはあまりよくないらしい。
 小さなシャッター音が鳴り、しかし画面にさつまの姿はない。
「何で映らないのかしら。先生のデジカメでも映らないから機械の故障じゃないわよね」
 どこかさつまの体調に異常がないか調べるために写真を撮ってみた時になぜかさつまが写真に写らなかったのだ。
 もちろん肉眼では見えている。ちなみに体重はちゃんと計れた。訳が分からない。突然幽霊になったわけじゃない。
 そして、こちらは私自身に起こった変化。
 机からリモコンを操作してテレビをつける。よくある洋画。音声を切り替えて英語にする。字幕もなしだ。
 一般的な女子高生であり、英語を授業として習っているがネイティブほどしゃべれるわけはない。だが。
「やっぱり、全部意味が分かる……」
 特に意識しなくともそれこそ日本語を聞くように完全に意味を理解できる。ちなみにスマホで動画を視聴するとフランス語、果てはヒンディー語なども意味がすべて理解できた。
 私の身にも異変が起こっているのは間違いない。
「いや、むしろ私に何か起こってそのせいでさつまにも悪影響が出てる……?」
 だとしたら由々しき事態だ。
 私はさつまのためなら何でもする。だがもしも、私自身がさつまを苦しめているのだとしたら……どうするべきなのだろうか。
「こういうとき先生がご存命だったらな……」
 獣医師であり、さつまの命の恩人でもあるこの家の本来の主。あの優しく頼れる先生ならどんな時でも助言をくれただろう。だがあの人はもういない。
「にー」
 いつの間にかさつまが足元に近寄っていたさつまを半ば反射的に撫でる。
「大丈夫よ。さつま。あなたは私が絶対に守るからね」
 掬い上げて抱きかかえる。
 世界でたった一つしかない宝物。傷つけないように、でも強く、抱きしめた。
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