うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第一章

第26話 労働者

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 全員の視線が集中する中、松本は項垂れているように見えた。
「ま、松本君。嘘だよな?」
 おそらく事態の半分も理解していないだろうが、心配そうな声を発したのは黒井だった。
 旧知の間柄だったのだからそれも当然だろう。だがその問いに松本は答えなかった。
「いつから俺を疑ってた?」
 ほぼ自分がオーナーであると認める発言だった。それに答えたのは五月だ。
「あなたの職業を聞いた時からです。その時点でギフテッドが蜂である可能性は考慮していましたから。そして蜂のオーナーなら養蜂家、あるいは農家と近しい可能性が最も高いはずです。蜂は蜜がとれるだけでなく優秀なポリネーターですから」
 ポリネーターとは植物の受粉を助ける存在である。農家の中には作物を受粉させるために蜂を管理する人もおり、かのアインシュタインは蜂がいなくなれば人類は絶滅すると予想したこともあるほどその存在は重要である。
 当然ながら農業に携わる人間ならそんなことは知っていて当然である。だが、松本は蜂の話題になってからあまり口を開かなかった。これも五月が彼を怪しんだ一因だ。
「くっくっく。なかなか詳しいじゃないか。実は農家の生まれだったりするのか?」
「……祖父が農家兼業の猟師でした」
「ああ。なるほど、そういう……」
 松本はため息をつきながら天上を見上げた。
「なあ。君らは子供だからわからんかもしれんが……」
 唐突な話題の切り替わりに五月は警戒を強くした。この場で戦えるのは自分とアポロしかいない。
 まだ経験の浅いさつまでは決め手に欠けるし、葵は弱っている。
 そう覚悟した五月は次の言葉を聞いて困惑した。
「自分以外が必死になって働けば、自分は働かなくていい。そう思ったことはないか?」
「……似たようなことなら思ったことはありますが」
「は。やっぱガキならその程度の反応だよな。俺はな。働きたくないんだよ」
「いや、そりゃ誰だってそうでしょ」
 横から突っ込んだのはまだ苦しそうな葵だ。スキルの効果であるこの場所の封鎖は消えているはずだが、最初のギフト、体温の上昇はいまだに彼女を苦しめている。
 だが松本は酔っ払っているかのように彼女の言葉を無視して独演する。
「知ってるか。オス蜂はな。働かないんだよ。女と交尾するだけだ。まさに理想の人生じゃないか?」
「オスの蜂は交尾できなければ巣から追い出されますし、寿命も短いのでよい人生とは思えませんが」
「だが! それでも働かなくていい! 女を好きなだけ抱いて! 後は食っちゃ寝してるだけだ! 俺は! 蜂になりたいんだよ! グレイス!!!!」
 グレイス。
 開戦のラッパのように叫んだのはギフテッドの名だったのか。
 ぶぶぶぶぶ、というおぞけだつ音が部屋の中から、いや、外からも一斉に迫ってくる。
「……趣味の悪い人」
「同感」
 下種な男の欲望を吐き出した松本に対して言葉よりも鋭く突き刺さる視線を投げかける二人に、部屋を埋め尽くすほどの勢いでミツバチが襲い掛かった。
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