うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第一章

第34話 顔

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 無事、森を抜け出し、元の場所に戻る。
 アポロは後方警戒のため、五月の数メートル後ろを歩いている。
 樹に背中を預けてぼーとしている葵を見つける。
 声をかけようとして、それより先に葵が振り向いた。
 瞬時に彼女は顔色を変えた。
「さつま!」
 鋭い叫びで警戒を促す。五月としては何が何やらわからない。
「あんたが狙撃手!? 五月はどうしたの!?」
 そう呼びかけられてますます混乱する。
「どうしたも何も……私はここにいますが……?」
 そう返すと葵は一瞬ポカンとした後、やってしまった、という表情になった。こちらも困惑したようにアポロが五月の背後から現れた。
「くそ、上着脱いだのね。……で、狙撃手は?」
「すみません。逃がしました。それよりも……」
「なによ」
「あなた、私を見間違えたんですか?」
「出会って一日だから、そういうこともあるでしょ」
「……いえ、今朝もそうでした。私が誰かわからなかった。……違いますね。私の顔がわからなかった? そういう病気があったような……確か」
「相貌失認よ」
 観念するように葵は言った。
「顔がわからない。それが私の病気よ。出会って一日くらいの奴に見破られるとは思わなかったわ」
 なげやりに。ぶっきらぼうに。
 自分の症状を告白した。
「相貌失認。顔がわからない病気。確か、先天性のものと外傷による後天性のものがあったはずですが……」
「先天性よ。私は生まれつき他人の顔……いえ、自分も含めて顔というものをちゃんと認識できない。先天性でここまでひどいのは珍しいらしいわ」
「……なるほど。それで気づかなかったわけですか」
「気づく? 何を?」
「いえ、こちらの話です。……ご不快でなければ、具体的に聞いても構いませんか?」
 これは葵としては意外な質問だった。
 まっとうな友人関係でもなければ長い付き合いでもない。五月も相手との距離を長めにはかるタイプだと思っていたのだ。
「別にいいわよ。何が聞きたいの?」
「そうですね……あなたには他人の顔がどう見えるんでしょうか」
「難しい質問が来たわね。さっきも言ったけど私は生まれつきこうなのよ」
「目の見えない人に虹の美しさを説明できないということですか?」
「まあね。だからこれからは両親や先生の所見を私なりにまとめたものを話すことになるわね」
「その先生というのはもしかしてあなたのかかりつけ医ですか?」
「へ? ああ、先生は獣医師よ……あ、医師免許も持ってらっしゃったそうだけどそうじゃなくて……まあ、私の里親? 後見人? そんな感じの人よ」
「つまりあなたを育てて家を残してくださった恩人ということですね」
「そうね。素晴らしい人だったわ。意地みたいなもので先生って呼んでたけど……一度でいいから別の呼び方をするべきだったのかも……いえ、それはいいわ。で、どう見えるかね。二つあるんだけどまず一つ目。先生曰く福笑いみたいなものって言ってたわ」
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