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第一章 迷宮へと挑む
第二十八話 聖なる密事
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何を間違えたのだろうかと自問する。
まだらの森はびくともしない。
両親は奴隷になる。借金は減らない。姉は帰ってこない。
エタの脳裏には最悪の結末がまざまざとめぐっている。
(もういっそ、リムズさんに計画を打ち明けてお金を工面してもらう? いやだめだ。この計画はこの状況なら高値じゃ売れない。じゃあ、どうする? いっそのこと……)
このまま一人で逃げてしまおうか。そんな何よりも最悪な想像が頭をよぎったその時、ふっと地面に黒い影が映った。
「……ミミエル?」
見上げると冷たいオオカミの瞳がエタを見下ろしていた。感情は読み取れない。
「両親が奴隷になりそうだって本当だったのね」
「聞いてたんだ……いや、それよりも僕の身の上をもう知ってたの?」
「志望理由を小耳にはさんだだけよ。それよりも聞かれたくない話はもうちょっと誰も来ない場所でしなさい」
言葉と同時にぐいっとエタを持ち上げ、強引に立たせた。
「あ、ごめん……いや、別に聞かれて困る話でも……て、どこに行くの?」
ミミエルは立ち上げたエタを引っ張り、ずんずんと森の奥へ進んでいく。
「あんたの話を一方的に聞いたんじゃ不公平でしょ。あたしの身の上話もしてあげるるわ」
静かな迫力に気圧され、そもそも打ちひしがれていたエタは抵抗すらできずにミミエルについていくしかなかった。
エタを人気のない場所まで引っ張ったミミエルはきょろきょろと周囲を警戒していた。
本当に人に聞かれたくない話なのだろう。今更ながら気づいたが、エタはミミエルのことをろくに知らなかった。何故灰の巨人に加わったのか。何故こんなにも弱者を手助けするのか。
何も知らない。
「座りなさいよ」
ミミエルは切り株に腰掛け、エタにも着席を促し、エタもそれに従った。
もう日が沈み始め、木陰と木漏れ日の境界がなくなり始めていた。
「そうね。まずあたしの生まれから話すべきかしら」
冷え切った態度だったが、ミミエルの口調が普段と違っていることにエタは気づいた。飲食供養をしていた夜のように丁寧で、物腰穏やかだった。まるでもう一人のミミエルと会話しているようだ、とも思った。
「あたしの母はイシュタル神の聖娼だったのよ」
聖娼とは神殿から特定の務めを定められた女性のことを指す。主に四つの職分に分かれるが、子供がいるとなるとおおよそ特定できる。
「え? そうなの? えっと、それじゃあ君は奴隷の子供……?」
エタは自分の顔がちょっと赤くなることを自覚していた。色を知らない青少年には少し刺激の強い話題だった。何しろ聖娼の基本的な仕事は男性と同衾することだからだ。もちろんちゃんとした儀式であり、職務なのでやましいことはないのだが、だからと言って少年が何も感じないはずはない。
「は。さすが男はそういうことに興味があるわよね。いいわ。ちゃんと説明してあげる。あんたも知っているかもしれないけど聖娼は四つの集団に分かれるわ。きちんと神殿に認可を受けて働く巫女。見習いとして働いていて儀式そのものは行っていない人。許可も何もないけど自称しているだけの人。まあ、これは神殿からもお目こぼしされてるのよね」
「そうしないと暮らせない人もいるからね」
エタだって春を売らなければ暮らせない人がいることを知らないほど子供ではない。
なにより、これもまた神々が定めた職業の一つ。であれば、只人びエタが口をはさむ余地はない。ただ、四つ目の務めは少々他とは事情が異なる。
まだらの森はびくともしない。
両親は奴隷になる。借金は減らない。姉は帰ってこない。
エタの脳裏には最悪の結末がまざまざとめぐっている。
(もういっそ、リムズさんに計画を打ち明けてお金を工面してもらう? いやだめだ。この計画はこの状況なら高値じゃ売れない。じゃあ、どうする? いっそのこと……)
このまま一人で逃げてしまおうか。そんな何よりも最悪な想像が頭をよぎったその時、ふっと地面に黒い影が映った。
「……ミミエル?」
見上げると冷たいオオカミの瞳がエタを見下ろしていた。感情は読み取れない。
「両親が奴隷になりそうだって本当だったのね」
「聞いてたんだ……いや、それよりも僕の身の上をもう知ってたの?」
「志望理由を小耳にはさんだだけよ。それよりも聞かれたくない話はもうちょっと誰も来ない場所でしなさい」
言葉と同時にぐいっとエタを持ち上げ、強引に立たせた。
「あ、ごめん……いや、別に聞かれて困る話でも……て、どこに行くの?」
ミミエルは立ち上げたエタを引っ張り、ずんずんと森の奥へ進んでいく。
「あんたの話を一方的に聞いたんじゃ不公平でしょ。あたしの身の上話もしてあげるるわ」
静かな迫力に気圧され、そもそも打ちひしがれていたエタは抵抗すらできずにミミエルについていくしかなかった。
エタを人気のない場所まで引っ張ったミミエルはきょろきょろと周囲を警戒していた。
本当に人に聞かれたくない話なのだろう。今更ながら気づいたが、エタはミミエルのことをろくに知らなかった。何故灰の巨人に加わったのか。何故こんなにも弱者を手助けするのか。
何も知らない。
「座りなさいよ」
ミミエルは切り株に腰掛け、エタにも着席を促し、エタもそれに従った。
もう日が沈み始め、木陰と木漏れ日の境界がなくなり始めていた。
「そうね。まずあたしの生まれから話すべきかしら」
冷え切った態度だったが、ミミエルの口調が普段と違っていることにエタは気づいた。飲食供養をしていた夜のように丁寧で、物腰穏やかだった。まるでもう一人のミミエルと会話しているようだ、とも思った。
「あたしの母はイシュタル神の聖娼だったのよ」
聖娼とは神殿から特定の務めを定められた女性のことを指す。主に四つの職分に分かれるが、子供がいるとなるとおおよそ特定できる。
「え? そうなの? えっと、それじゃあ君は奴隷の子供……?」
エタは自分の顔がちょっと赤くなることを自覚していた。色を知らない青少年には少し刺激の強い話題だった。何しろ聖娼の基本的な仕事は男性と同衾することだからだ。もちろんちゃんとした儀式であり、職務なのでやましいことはないのだが、だからと言って少年が何も感じないはずはない。
「は。さすが男はそういうことに興味があるわよね。いいわ。ちゃんと説明してあげる。あんたも知っているかもしれないけど聖娼は四つの集団に分かれるわ。きちんと神殿に認可を受けて働く巫女。見習いとして働いていて儀式そのものは行っていない人。許可も何もないけど自称しているだけの人。まあ、これは神殿からもお目こぼしされてるのよね」
「そうしないと暮らせない人もいるからね」
エタだって春を売らなければ暮らせない人がいることを知らないほど子供ではない。
なにより、これもまた神々が定めた職業の一つ。であれば、只人びエタが口をはさむ余地はない。ただ、四つ目の務めは少々他とは事情が異なる。
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