蒼すぎた夏

三日月の夢

文字の大きさ
1 / 18
episode1 蒼すぎた夏

episode1-1

しおりを挟む
 ――十七歳。恋をしていた。

みね、何読んでんの?」

 高校二年生の五月だと、教室の喧騒けんそうはこれくらいが普通なのだろう。授業中は全く元気のなかった生徒たちが、休み時間になると、こんなふうに生き生きとしゃべり出す。静かにしているのが好きだけれど、不快な騒然そうぜんさだとは思わない。この音の中に自分の椅子がそっとあるのが好きだ。

 声をかけてきたのは、北嶋廉きたじまれんだ。おとなしい自分を気遣って話しかけてくれているのか。これじゃあ、どっちが転校生かわからない。

「太宰治」

 質問にそう答えると、興味があるとは思えないのに、にこにことまたたずねてくる。十センチほど背が高い北嶋は、本をのぞき込む時に、少しだけ長い薄茶色の髪を揺らした。黒に近い濃い茶色の髪をした自分と比べると、なんだか性格を表しているようだ。

「へぇ。走れメロス? 人間失格?」
斜陽しゃよう
「ふーん。古本? ずいぶんボロボロ」
「新品で買ったけど、けっこう読み込んでるから」
「本、好きなんだね」
「うん。……好き」

 この『好き』という単語を発するのは、妙に緊張する。この会話の流れだと、確実に目的語は『本』なのだけれど。

「俺、ずっと気になってたんだけどさ」
「え、何?」
「峰アスカのアスカって、どっちの漢字? 明日あしたのほう? 飛ぶ鳥のほう?」

 ずっと、というのはおかしいだろ。つい数週間前に転校してきたのに。

「飛ぶ鳥のほう」

 机の上に置いてある教科書を裏返した。『峰飛鳥』と書いてあるのを見せる。

 北嶋は、変な時期に転校してきた。学年の変わり目ではなく、新学期が始まって二週間ほど経った頃だ。けれど、見た目もいいし、明るくて、すぐにたくさん友達ができた。

 千葉の海沿いの小さな町。うわさはすぐに、どこからか流れてくる。北嶋の家は母子家庭であるということ、何か訳ありで越してきたのではないかということ。
 あまりクラスメイトと交流のない自分の耳にさえ入ってくるのだ。そういう噂を広めるのが好きな人種がいるということがわかる。こうして教室で見ている限り、北嶋はみんなから好かれているように見えるし、近所のスーパーで働いているお母さんを見かけたことがあるけれど――付けているネームプレートでわかった――生き生きと仕事をしていた。

「あ、そうだ。もうすぐ中間テストじゃん?」

 北嶋は、そう言いながら、さっき裏返した数学の教科書をパラパラとめくる。

「……これ、これ。この問題、わかんないんだよね。峰、わかる?」

 章末B問題のひとつを指した。

「あー、難しいよね。一応解けたけど。答えは合ってたから、これでいいと思う」

 教科書の後ろには、答えだけが載っていて、途中式や解説は書いていないのだ。自分で解いたノートを開いて、北嶋に見せた。

「ノート、貸そうか?」
「まじで。ありがとう。放課後に返せばいい?」
「明日でいいよ」

 こうしたちょっとしたことを、北嶋はたまに話しかけてくる。北嶋と同じように明るくて、気の合いそうなクラスメイトは、他にたくさんいるのに。

「廉ー、ちょっと来てー」

 だいたいいつもこうだ。北嶋にはそういうことは感じないけれど、『自分はクラスの中心人物です』というオーラを出しているやつは、今、北嶋は自分と大事な話をしているかもしれないとか、そういった気遣いをしないことが多い。

「呼んでるよ?」
「ああ。ノートありがと。じゃあ」

 五、六人の男女で楽しそうに話している北嶋を見る。そう、そうやってまぶしい場所にいるのが似合う。そこが北嶋の椅子なんだ。

 本に目を落とし、没落した貴族の物語の世界に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結】ベイビーダーリン ~スパダリ俳優は、僕の前でだけ赤ちゃん返りする~

粗々木くうね
BL
「……おやすみ。僕の、かわいいレン」 人気俳優の朝比奈(あさひな)レンは、幼馴染で恋人の小鳥遊 椋(たかなし むく) の前でだけ赤ちゃんに戻る。 癒しと愛で満たす、ふたりだけの夜のルーティン。 ※本作品に出てくる心の病気の表現は、想像上のものです。ご了承ください。 小鳥遊 椋(たかなし むく) ・5月25日生まれ 24歳 ・短期大学卒業後、保育士に。天職と感じていたが、レンのために仕事を辞めた。現在はレンの所属する芸能事務所の託児所で働きながらレンを支える。 ・身長168cm ・髪型:エアリーなミディアムショート+やわらかミルクティーブラウンカラー ・目元:たれ目+感情が顔に出やすい ・雰囲気:柔らかくて包み込むけど、芯があって相手をちゃんと見守れる 朝比奈レン(あさひな れん) ・11月2日生まれ 24歳 ・シングルマザーの母親に育てられて、将来は母を楽させたいと思っていた。 母に迷惑かけたくなくて無意識のうちに大人びた子に。 ・高校在籍時モデルとしてスカウトされ、母のためにも受けることに→芸能界デビュー ・俳優として転身し、どんな役も消化する「カメレオン俳優」に。注目の若手俳優。 ・身長180cm ・猫や犬など動物好き ・髪型:黒髪の短髪 ・目元:切れ長の目元 ・雰囲気:硬派。口数は少ないが真面目で礼儀正しい。 ・母の力になりたいと身の回りの家事はできる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

処理中です...