蒼すぎた夏

三日月の夢

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episode2 真綿のような

episode2-1

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「合コン? あ、……ごめん、今日はバイトなんだ」

 行きたくないから嘘をつく。都内にある、第一希望だった大学に合格し、予定通り近くでひとり暮らしをしている。この春で大学三年になった。
 この季節になると思い出す。北嶋が転校してきた日のことを。それから、いなくなった夏のことを。
 大学一、二年の間は、司書の資格を取る学生と、教員免許を取る学生は講義がたくさんあって忙しかった。三年になって少しは落ち着いたけれど、それでも必要な単位を取るのは大変で、でも勉強で忙しいくらいがちょうどいいと思っている。
 本は相変わらず読んでいるけれど、他に打ち込めることがないのだ。さっき合コンに誘ってきた友達のように、彼女がほしいとか、そういうことで盛り上がれたら楽しいのだろうと思う。
 自分の性的アイデンティティーは、家族にも友達にも話せていなくて、考えていることなどが、どうしても内にこもる。ひとりでもやもやしては、いまだに北嶋のことを思い出したりする。

 ――恋人がほしい。

 漠然ばくぜんとそう思った。この年でそう考えるのは健全だと思う。少し遅いくらいだ。けれど、大学で出会うちょっと気になった男に告白するなんてことは、やっぱりできない。ゲイですとかバイですとか、ストレートですとか、みんな名札なふだがついていたらいいのに。
 そんなことを考えていたら、自分と同じ性的アイデンティティーをもつ人たちが集まるバーというものがあることを知った。ゴールデンウィークにやることもないし、もう二十一なのだから、行ってみることにした。
 ネットで探したいくつかの店の中のひとつを選んで足を運んだ。


 * * *


 カウンターでモスコミュールを飲んでいると、すぐに声をかけられた。
 ひとこと、ふたこと言葉を交わしただけで、「ホテル行こうよ」と言われる。ああ、そういう一晩だけの……って考えの人が多いのかな。断ると「気が向いたらいつでも言って」と後腐あとくされなくサッといなくなる人もいるし、「そのつもりでここに来てんじゃないのかよ」とちょっと怒る人もいる。
 他の場所では出会いはないと思っているから、いい人に出会えるまでたまに行こうと、あせらずに週に一回行くか行かないかくらいのペースで通うことにした。
 ある日、カウンターで、ふたつ席をけて座っていた人に思わず見入ってしまった。その人は背の低いグラスに入ったお酒を左手に持って飲んでいる。

 ――北嶋……。

 もちろん北嶋ではない。年上のサラリーマンふうの人だ。ただ、グラスの持ち方が北嶋と同じだったのだ。親指と中指でグラスを持って人差し指が浮いている。
 よく飲んでいたパックのイチゴミルク、夏の日に堤防で飲んでいた缶のオレンジジュース。高校生の北嶋がよみがえる。
 じっと見ていたら目が合った。にこっと笑ってくれたから、ぺこりと頭を下げる。

「一緒に飲みませんか」

 そう言われた。
 声に品があって、細身のスーツが素敵だ。清潔感のある黒髪を真ん中で分けていて、真面目そうな印象を受けた。

「はい」

 返事をすると、隣の席に移動してきて名前を教え合い、名刺までくれた。今まで名刺をくれた人はいなかった。その夜限りの付き合いだと考えている人は名刺は渡さないのだと思う。
 加瀬知哉かせともやさんといい、電子機器の会社で働いているそうだ。年は二十五だ。

「へぇ。図書館司書?」

 大学で勉強していることを興味深そうに聞いてくれる。

「図書館で働きたいんです。でも、募集が少ないから難しいかもしれないんですけど」
「そっか。でも例えば臨時職員で採用されて、頑張って正社員になるとか、どうしてもやりたい仕事だったら、そういうふうに長い目で見ても俺はいいと思う」
「はい」
「俺は営業だからいきなり正社員だったけど、研究職の人はまず三年契約で、結果を出せたら正規雇用されてとか、やっぱりそういう専門的な仕事って、入り口はそうだったりするよ」
「そうなんですね」
「大学三年生かあ。将来のことを一番考える時期だよね。なんか、いいな」

 大学の話、仕事の話、それからなんてことのない話もして、楽しい時間が過ぎていく。

「お酒、おかわりする?」
「あ、強くないんで、もう」
「そっか。じゃあちゃんと水分ったほうがいいよ」

 そう言って、マスターに「水をください」とお願いしてくれた。

「また一緒に飲まない?」

 帰り際にそう言われて、また次の週、同じ場所で会う約束をした。
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