6 / 18
episode2 真綿のような
episode2-1
しおりを挟む「合コン? あ、……ごめん、今日はバイトなんだ」
行きたくないから嘘をつく。都内にある、第一希望だった大学に合格し、予定通り近くでひとり暮らしをしている。この春で大学三年になった。
この季節になると思い出す。北嶋が転校してきた日のことを。それから、いなくなった夏のことを。
大学一、二年の間は、司書の資格を取る学生と、教員免許を取る学生は講義がたくさんあって忙しかった。三年になって少しは落ち着いたけれど、それでも必要な単位を取るのは大変で、でも勉強で忙しいくらいがちょうどいいと思っている。
本は相変わらず読んでいるけれど、他に打ち込めることがないのだ。さっき合コンに誘ってきた友達のように、彼女がほしいとか、そういうことで盛り上がれたら楽しいのだろうと思う。
自分の性的アイデンティティーは、家族にも友達にも話せていなくて、考えていることなどが、どうしても内にこもる。ひとりでもやもやしては、いまだに北嶋のことを思い出したりする。
――恋人がほしい。
漠然とそう思った。この年でそう考えるのは健全だと思う。少し遅いくらいだ。けれど、大学で出会うちょっと気になった男に告白するなんてことは、やっぱりできない。ゲイですとかバイですとか、ストレートですとか、みんな名札がついていたらいいのに。
そんなことを考えていたら、自分と同じ性的アイデンティティーをもつ人たちが集まるバーというものがあることを知った。ゴールデンウィークにやることもないし、もう二十一なのだから、行ってみることにした。
ネットで探したいくつかの店の中のひとつを選んで足を運んだ。
* * *
カウンターでモスコミュールを飲んでいると、すぐに声をかけられた。
ひとこと、ふたこと言葉を交わしただけで、「ホテル行こうよ」と言われる。ああ、そういう一晩だけの……って考えの人が多いのかな。断ると「気が向いたらいつでも言って」と後腐れなくサッといなくなる人もいるし、「そのつもりでここに来てんじゃないのかよ」とちょっと怒る人もいる。
他の場所では出会いはないと思っているから、いい人に出会えるまでたまに行こうと、あせらずに週に一回行くか行かないかくらいのペースで通うことにした。
ある日、カウンターで、ふたつ席を空けて座っていた人に思わず見入ってしまった。その人は背の低いグラスに入ったお酒を左手に持って飲んでいる。
――北嶋……。
もちろん北嶋ではない。年上のサラリーマン風の人だ。ただ、グラスの持ち方が北嶋と同じだったのだ。親指と中指でグラスを持って人差し指が浮いている。
よく飲んでいたパックのイチゴミルク、夏の日に堤防で飲んでいた缶のオレンジジュース。高校生の北嶋がよみがえる。
じっと見ていたら目が合った。にこっと笑ってくれたから、ぺこりと頭を下げる。
「一緒に飲みませんか」
そう言われた。
声に品があって、細身のスーツが素敵だ。清潔感のある黒髪を真ん中で分けていて、真面目そうな印象を受けた。
「はい」
返事をすると、隣の席に移動してきて名前を教え合い、名刺までくれた。今まで名刺をくれた人はいなかった。その夜限りの付き合いだと考えている人は名刺は渡さないのだと思う。
加瀬知哉さんといい、電子機器の会社で働いているそうだ。年は二十五だ。
「へぇ。図書館司書?」
大学で勉強していることを興味深そうに聞いてくれる。
「図書館で働きたいんです。でも、募集が少ないから難しいかもしれないんですけど」
「そっか。でも例えば臨時職員で採用されて、頑張って正社員になるとか、どうしてもやりたい仕事だったら、そういうふうに長い目で見ても俺はいいと思う」
「はい」
「俺は営業だからいきなり正社員だったけど、研究職の人はまず三年契約で、結果を出せたら正規雇用されてとか、やっぱりそういう専門的な仕事って、入り口はそうだったりするよ」
「そうなんですね」
「大学三年生かあ。将来のことを一番考える時期だよね。なんか、いいな」
大学の話、仕事の話、それからなんてことのない話もして、楽しい時間が過ぎていく。
「お酒、おかわりする?」
「あ、強くないんで、もう」
「そっか。じゃあちゃんと水分摂ったほうがいいよ」
そう言って、マスターに「水をください」とお願いしてくれた。
「また一緒に飲まない?」
帰り際にそう言われて、また次の週、同じ場所で会う約束をした。
0
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結】ベイビーダーリン ~スパダリ俳優は、僕の前でだけ赤ちゃん返りする~
粗々木くうね
BL
「……おやすみ。僕の、かわいいレン」
人気俳優の朝比奈(あさひな)レンは、幼馴染で恋人の小鳥遊 椋(たかなし むく) の前でだけ赤ちゃんに戻る。
癒しと愛で満たす、ふたりだけの夜のルーティン。
※本作品に出てくる心の病気の表現は、想像上のものです。ご了承ください。
小鳥遊 椋(たかなし むく)
・5月25日生まれ 24歳
・短期大学卒業後、保育士に。天職と感じていたが、レンのために仕事を辞めた。現在はレンの所属する芸能事務所の託児所で働きながらレンを支える。
・身長168cm
・髪型:エアリーなミディアムショート+やわらかミルクティーブラウンカラー
・目元:たれ目+感情が顔に出やすい
・雰囲気:柔らかくて包み込むけど、芯があって相手をちゃんと見守れる
朝比奈レン(あさひな れん)
・11月2日生まれ 24歳
・シングルマザーの母親に育てられて、将来は母を楽させたいと思っていた。
母に迷惑かけたくなくて無意識のうちに大人びた子に。
・高校在籍時モデルとしてスカウトされ、母のためにも受けることに→芸能界デビュー
・俳優として転身し、どんな役も消化する「カメレオン俳優」に。注目の若手俳優。
・身長180cm
・猫や犬など動物好き
・髪型:黒髪の短髪
・目元:切れ長の目元
・雰囲気:硬派。口数は少ないが真面目で礼儀正しい。
・母の力になりたいと身の回りの家事はできる。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
雪色のラブレター
hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。
そばにいられればいい。
想いは口にすることなく消えるはずだった。
高校卒業まであと三か月。
幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。
そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。
そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。
翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる