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episode1 蒼すぎた夏
episode1-5
しおりを挟む花火の約束の日、時間通りに待ち合わせ場所へ行くと、クラスメイトは十人ほどいた。
「あ、峰! いい花火、峰の分キープしといたから!」
北嶋が寄ってくる。
「花火代」
「中田が精算して後で割り勘するって」
「わかった」
「行こう」
腕を引っ張られて、早速火をつけようとしているクラスメイトのところへ連れていかれる。
本当はここは火気厳禁の場所だ。けれど夏はこんなふうに花火をやったりしている人がいる。そうそう警察の見回りも来ないからだ。
みんな次々と花火に火をつけて、追いかけ合ったり楽しそうにしている。北嶋も楽しそうだ。
二十分もしないうちに、「お前らー!」と怒鳴り声がした。
「やべ! 池内だ! みんな逃げろ!」
クラス担任だ。女性の先生だけど、男まさりの先生で、怒らせると怖い。今日は夏休みの見回り当番なのだろう。ちょうど見つかってしまうとは運が悪い。
火のついた花火はバケツに入れて、みんな走って逃げた。
逃げるってどうかとその場に立ち尽くしていたら、北嶋に腕をつかまれて一緒に逃げることになった。
海岸沿いを走る。他のクラスメイトはどこに行ったか、もうわからない。先生も追いかけてこない。
「北嶋」
前を走る北嶋の腕をつかむ。北嶋は立ち止まり、振り向いた。
じっと目を見て、「このままばっくれるの?」と聞く。
「……。そうだよな。戻る?」
北嶋がどうしたいかわからなかったから黙っていた。
少しの沈黙の後、北嶋が口を開く。
「戻ろっか」
そう言って北嶋は、もと来た道を歩き始める。その後ろをついて行った。
夏の夜。走ったこともあり汗でTシャツが背中にへばりついているのを見ていた。
「峰の、そういうところが好き」
潮風に乗って聞こえてきた。
北嶋は少しだけ振り向いて笑った。
「あ、先生、ひとりで片付けてる」
置きっぱなしにしてきた花火を先生は拾い集めている。
「池内先生!」
「お、北嶋と峰か」
「花火やってすみませんでした。それから逃げたことも」
「何で戻ってきた?」
「ばっくれるのはよくないって峰に言われてハッとして」
「そう」
「後は俺たちが片付けます」
「あと何人かいたよな? 誰がいた?」
「言いたくないです」
北嶋は即答する。
「片付けるし、謝るし、反省文書けって言うなら書くけど、それは言いたくない」
「峰も?」
「はい」
「わかった。もと通りにきれいにしろよ」
「はい」
先生は見回り用の自転車に乗っていなくなった。
さっき言われたことを、心の中でそのまま繰り返す。
――北嶋のそういうところが好きだ。
散らかした花火は全てビニール袋に入れて、終わった花火はバケツに入っている。
「こんなもんで平気かな」
「うん」
「なぁ、峰。これだけやらない?」
北嶋は線香花火を二本取り出した。見つかったらまずいけど、辺りはしんとしていて誰も来そうにないし、そう時間もかからないだろう。
でも、なかなかうなずけないでいると、「ふたりだけの秘密。一生、内緒」と北嶋が言うから、「うん」と返事をした。
しゃがみ込んで線香花火に火をつける。
ちゃんと火がついたかなと一瞬思ったけど、すぐにパチパチと細く頼りない火花が散る。何も話さず、ずっと見ていた。
やがて勢いは弱くなり、だんだんと小さくなっていく丸い玉は、ふたりほぼ同時にぽとりと落ちた。
線香花火を持っていない方の手が伸びてきて、ぐいっと腕を引き寄せられる。
バランスを崩して片方の膝をついた瞬間、……キスされた。
――北嶋の唇が、自分の唇に重なっている。
すぐに離れて、何か言いかけた気がしたけれど、北嶋は何も言わなかった。
夜の海。ざざーっという波の音は、昼間よりも大きく聞こえる。
終わった線香花火を、北嶋はふたり分、バケツに入れた。そして、「帰ろっか」と、それだけ言った。
北嶋に会ったのはこれが最後だった。二学期初日に登校すると、北嶋は転校していた。
またクラスメイトたちは、真実かどうかわからないことをあれこれ噂している。夏休みの終わりに男の人が訪ねて来て北嶋の家で大声をあげていたとか、警察沙汰になってこの町にいられなくなったとか。
ただ、思い返してみると、確かに夏の終わりにパトカーのサイレンの音を聞いて、「何かあったのかね」と妹と話した記憶がある。
警察が来たのは本当かもしれない。けれど真実はわからない。
わかっていることは、北嶋がいなくなったことだけ。それから、あの夜、海でこっそりキスをしたことだけ。
花火代を払おうと、クラスメイトの中田に話しかけた時に聞いてみた。
「北嶋の携帯には連絡したの?」
「いや、かけてないっていうか持ってないんだ」
初めは持っていたけど、夏休みの途中で解約したらしいと中田は言う。金銭的に厳しかったんじゃないかと。だから誰も連絡を取ることができない。
やがて、北嶋の話題があがることもなくなってきた。
そのまま月日は流れ、卒業した。
――十七歳。恋をしていた。
好きだとも言えず消えてしまった。
君がいた夏。あの夏は蒼かった。蒼すぎた。
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