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峡谷の民と薬花師たち
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族長の家で客室に迎えられ、旅の疲れを癒したカトレアは、翌日サフランに連れられ薬花の栽培場へと向かった。
集落から数時間で着く距離にある栽培場には、亡命してきた薬花師たちの住居も併設されているという。サフランはラクダで先導しながら、ふて腐れた様子で話す。
「親父が薬花師たちを保護した頃は、コルデホーザとは全く異なる気候と土壌に苦労していたらしい。まあ今ではすっかり慣れて、ラランジャでしか栽培出来ないような薬花を咲かせたりしているけどね」
「ラランジャでしか栽培出来ない薬花? どんな効能のものなの?」
サフランは疎ましげに振り返り、不愛想に返した。
「毒だよ。効能だなんてご利益のあるものじゃない」
本来の名とは真逆の響きに、一瞬日照りの暑さが遠のいた。
元はコルデホーザで薬花として栽培していたが、ラランジャの長い日照時間と激しい気温差により、毒性に変化した品種があるのだという。研究していた者は麻痺症状に見舞われたというが、命に別状はなく、それ以降も研究の一環として栽培を続けているらしい。
「それにしたって、なんであたしがあんたを連れて行かなきゃいけないんだよ」
「あら、わたしは一度もあなたにお願いしていないわよ。それより、族長らしからぬあからさまな嫉妬を向けるのはやめてくれないかしら」
ぴしゃりと言い放つと、サフランはむくれたまま到着まで口を利かなかった。
栽培場は石造りの住居と作業場が手前に並び、その奥は柵に囲まれた広大な畑となっていた。初夏に向け、既に数十種類の薬花が色づいているのが遠目に見える。
栽培場の入口でラクダを預け、サフランが作業場に顔を出すと、痩身の中年の男が姿を見せた。彼が栽培場の代表らしい。日に焼けてはいるが、ラランジャの民ほど色黒ではない。コルデホーザの出身だと一目で分かった。
クライドという薬花師は、サフランを朗らかな笑顔で迎えた。しかしカトレアが名乗ると、途端に取り立て人がやって来たように顔色を変えた。
無理もない。彼らの身分を剥奪し、祖国から追いやった張本人の娘がのこのこ姿を見せたのだ。だがカトレアも切望した地までやって来た今、多少のことでひるんではいられない。
栽培場にいる薬花師全員を集め、話を聞いて欲しいと直談判すると、即座にはねのけられた。
「今更何を話すっていうんだ。俺らはもう戻らない。何がどうなって蘭姫様がここまで来たのかは知らないが、今のコルデホーザに俺たちを以前のように受け容れられる器があるとは思えない」
「なら、はなから耳を貸すつもりもないというの? わたしはお父様とは違う。コルデホーザには、あなたたち薬花師が必要なの。その理由を、あなたたちを再び迎え入れるための手立てを伝えたいの」
必死の思いで訴えると、クライドは神妙な面持ちとなった。族長の態度で、サフランが口添えする。
「蘭姫が、単に考えなしに飛び出してきた訳じゃないのは分かるだろ? この通り傲慢でいけ好かない女だけど、その考えを尊重して護衛してきた奴がいるから、こうしてお前たちの元を訪ねられたんだ。話くらいは聞けるだろ」
言葉の節々に嫌味が含まれていたが、同時にジャックの働きを尊重したい想いがうかがえる。クライドも恩義のある族長一族には逆らえず、渋々だが承諾してくれた。
丁度昼時となり、畑仕事に精を出していた者や研究作業を行っていた者、同居する家族が一堂に会した。作業場の地べたに座り込み、困惑気味にほこりっぽい顔を見合わせている薬花師たちの面前に立ち、カトレアは自身の考えを述べた。
「全ての元凶は、わたしの母を含む薬花師でも、ヴェルダでもない。ただ、ひと咲きの花が上手く育たなかっただけのこと。そのために、今となっては取り返しのつかない現状となってしまった。けれど、わたしはその花……コウジアの生育に、もう一度取り組んで欲しいの」
ざわめきが広がる。カトレアの脇で、サフランも腕を組み石壁にもたれている。薬花師の一人が声を上げた。
「取り組むといっても、コウジアは当時から希少だったんだ! 我々のような身では種すらとても手に入れられない、高価な品種だというのに……」
「どうしても育てろというのなら、蘭姫様が自ら種を持ってきてくれよ!」
一旦意見が上ると、次々と不満や要求がぶつけられる。カトレアは彼らを制しながら言葉を紡ぐ。
「わたしは命令したいのではないわ! あなたたちはあの事故を教訓として、わたしの母が叶わなかった研究を成し遂げたいと思わないの!?」
薬花師たちは一瞬、言い淀む。しかし憤りは収まらず、論議は別の方向へと向けられた。
「そもそも、今コルデホーザの実権を握っているのは元老院だろう! これから戦が再開して、明らかに分があるのは元老院じゃないか!」
「元凶が払拭されたとしても、俺たちの立場はもう元老院の支配下では成立しないんだ! これ以上、無駄な悪あがきをしたくないんだよ!」
薬花師たちの鬱積した不安が充満し、カトレアは青ざめた。
誰もかれもが、武力と政の力によって国が左右され、それ以外のものは意味を成さないと匙を投げている。力を持たず、ただ理想論を振りかざしても、薬花師たちは、民はついては来ない。
噴出する不満を抑えきれず立ち尽くすカトレアに、サフランが冷徹に言い放った。
「分かった? どこの民も、机上の空論じゃ納得しない。どれだけ口で説いても、はっきり形で示してやらなきゃ安心出来ないんだよ。だからあたしたち一族は、両国に対して中立だったのをやめて、ヴェルダに彼らの援助を頼んだ。そうして出来たのが、この栽培場なんだ」
クライドが他の薬花師たちを静めようと声を張り上げている。彼らは与えられた場所で生きるしかないのだ。サフランたちが均衡を破って彼らの居場所を与えたように、カトレアもまた、目に見えるものを提示しなければならない。そうしない限り、彼らは平穏を約束してくれる場所から動かないのだ。
騒ぎが収まり、沈痛な面持ちでうなだれる皆を見回して、クライドがこちらに向かってきた。沈んだ表情で告げる。
「この通り、我々の現状と、暗然たる情勢の中では、貴女のお望みに応えることは出来ません。どうか、お引き取り願います」
自分だけの力では、彼らを動かすことは出来ない。幾度となく己の無力さを痛感し、呪ってきたが、それでも伝えたいことがある。
カトレアはクライドを見上げ、喉を震わせた。
「元老院は……イーデンは、きっとこの三国を一緒くたに塗りつぶす。だけどわたしは、三国それぞれの豊かさ、美しさを尊重したい。三国の共存をアルベール王に願い、協力を請うため、ヴェルダに向かうわ」
サフランが眉を上げ、腕を解いた。クライドは口を結んだまま、カトレアを見つめている。
「その時、コウジアの種についても交渉するわ。種さえあれば、あなたたちも生育に取り組んでくれるのでしょう? 元は皆、コルデホーザが誇る優秀な薬花師だったのだから」
クライドの瞳が揺れた。サフランも身体ごと向き直る。
薬花の国に生まれた者として、薬花師でもあった母の娘として、ごく自然に出た言葉だった。だがそれは、薬花師たちを駆り立てる一声となる。
コウジアを正しく生育し、母が夢見た薬花を咲かせることは、誰もが胸の内に秘めているはずだ。今は不穏な情勢の中、先行きの見えない未来に揺さぶられているだけなのだ。
「薬花師のいないコルデホーザは、荒れ放題の庭も同然だわ。そこに力ある花を咲かせられるのは、あなたたちしかいないの」
国を変える花を蘇らせる。ただ愛でられ、手折られるだけの、力なき花の望みだ。
カトレアの眼差しを受け、クライドは静かにうなずいた。褐色の瞳の奥に揺るぎない自負が秘められていた。
集落から数時間で着く距離にある栽培場には、亡命してきた薬花師たちの住居も併設されているという。サフランはラクダで先導しながら、ふて腐れた様子で話す。
「親父が薬花師たちを保護した頃は、コルデホーザとは全く異なる気候と土壌に苦労していたらしい。まあ今ではすっかり慣れて、ラランジャでしか栽培出来ないような薬花を咲かせたりしているけどね」
「ラランジャでしか栽培出来ない薬花? どんな効能のものなの?」
サフランは疎ましげに振り返り、不愛想に返した。
「毒だよ。効能だなんてご利益のあるものじゃない」
本来の名とは真逆の響きに、一瞬日照りの暑さが遠のいた。
元はコルデホーザで薬花として栽培していたが、ラランジャの長い日照時間と激しい気温差により、毒性に変化した品種があるのだという。研究していた者は麻痺症状に見舞われたというが、命に別状はなく、それ以降も研究の一環として栽培を続けているらしい。
「それにしたって、なんであたしがあんたを連れて行かなきゃいけないんだよ」
「あら、わたしは一度もあなたにお願いしていないわよ。それより、族長らしからぬあからさまな嫉妬を向けるのはやめてくれないかしら」
ぴしゃりと言い放つと、サフランはむくれたまま到着まで口を利かなかった。
栽培場は石造りの住居と作業場が手前に並び、その奥は柵に囲まれた広大な畑となっていた。初夏に向け、既に数十種類の薬花が色づいているのが遠目に見える。
栽培場の入口でラクダを預け、サフランが作業場に顔を出すと、痩身の中年の男が姿を見せた。彼が栽培場の代表らしい。日に焼けてはいるが、ラランジャの民ほど色黒ではない。コルデホーザの出身だと一目で分かった。
クライドという薬花師は、サフランを朗らかな笑顔で迎えた。しかしカトレアが名乗ると、途端に取り立て人がやって来たように顔色を変えた。
無理もない。彼らの身分を剥奪し、祖国から追いやった張本人の娘がのこのこ姿を見せたのだ。だがカトレアも切望した地までやって来た今、多少のことでひるんではいられない。
栽培場にいる薬花師全員を集め、話を聞いて欲しいと直談判すると、即座にはねのけられた。
「今更何を話すっていうんだ。俺らはもう戻らない。何がどうなって蘭姫様がここまで来たのかは知らないが、今のコルデホーザに俺たちを以前のように受け容れられる器があるとは思えない」
「なら、はなから耳を貸すつもりもないというの? わたしはお父様とは違う。コルデホーザには、あなたたち薬花師が必要なの。その理由を、あなたたちを再び迎え入れるための手立てを伝えたいの」
必死の思いで訴えると、クライドは神妙な面持ちとなった。族長の態度で、サフランが口添えする。
「蘭姫が、単に考えなしに飛び出してきた訳じゃないのは分かるだろ? この通り傲慢でいけ好かない女だけど、その考えを尊重して護衛してきた奴がいるから、こうしてお前たちの元を訪ねられたんだ。話くらいは聞けるだろ」
言葉の節々に嫌味が含まれていたが、同時にジャックの働きを尊重したい想いがうかがえる。クライドも恩義のある族長一族には逆らえず、渋々だが承諾してくれた。
丁度昼時となり、畑仕事に精を出していた者や研究作業を行っていた者、同居する家族が一堂に会した。作業場の地べたに座り込み、困惑気味にほこりっぽい顔を見合わせている薬花師たちの面前に立ち、カトレアは自身の考えを述べた。
「全ての元凶は、わたしの母を含む薬花師でも、ヴェルダでもない。ただ、ひと咲きの花が上手く育たなかっただけのこと。そのために、今となっては取り返しのつかない現状となってしまった。けれど、わたしはその花……コウジアの生育に、もう一度取り組んで欲しいの」
ざわめきが広がる。カトレアの脇で、サフランも腕を組み石壁にもたれている。薬花師の一人が声を上げた。
「取り組むといっても、コウジアは当時から希少だったんだ! 我々のような身では種すらとても手に入れられない、高価な品種だというのに……」
「どうしても育てろというのなら、蘭姫様が自ら種を持ってきてくれよ!」
一旦意見が上ると、次々と不満や要求がぶつけられる。カトレアは彼らを制しながら言葉を紡ぐ。
「わたしは命令したいのではないわ! あなたたちはあの事故を教訓として、わたしの母が叶わなかった研究を成し遂げたいと思わないの!?」
薬花師たちは一瞬、言い淀む。しかし憤りは収まらず、論議は別の方向へと向けられた。
「そもそも、今コルデホーザの実権を握っているのは元老院だろう! これから戦が再開して、明らかに分があるのは元老院じゃないか!」
「元凶が払拭されたとしても、俺たちの立場はもう元老院の支配下では成立しないんだ! これ以上、無駄な悪あがきをしたくないんだよ!」
薬花師たちの鬱積した不安が充満し、カトレアは青ざめた。
誰もかれもが、武力と政の力によって国が左右され、それ以外のものは意味を成さないと匙を投げている。力を持たず、ただ理想論を振りかざしても、薬花師たちは、民はついては来ない。
噴出する不満を抑えきれず立ち尽くすカトレアに、サフランが冷徹に言い放った。
「分かった? どこの民も、机上の空論じゃ納得しない。どれだけ口で説いても、はっきり形で示してやらなきゃ安心出来ないんだよ。だからあたしたち一族は、両国に対して中立だったのをやめて、ヴェルダに彼らの援助を頼んだ。そうして出来たのが、この栽培場なんだ」
クライドが他の薬花師たちを静めようと声を張り上げている。彼らは与えられた場所で生きるしかないのだ。サフランたちが均衡を破って彼らの居場所を与えたように、カトレアもまた、目に見えるものを提示しなければならない。そうしない限り、彼らは平穏を約束してくれる場所から動かないのだ。
騒ぎが収まり、沈痛な面持ちでうなだれる皆を見回して、クライドがこちらに向かってきた。沈んだ表情で告げる。
「この通り、我々の現状と、暗然たる情勢の中では、貴女のお望みに応えることは出来ません。どうか、お引き取り願います」
自分だけの力では、彼らを動かすことは出来ない。幾度となく己の無力さを痛感し、呪ってきたが、それでも伝えたいことがある。
カトレアはクライドを見上げ、喉を震わせた。
「元老院は……イーデンは、きっとこの三国を一緒くたに塗りつぶす。だけどわたしは、三国それぞれの豊かさ、美しさを尊重したい。三国の共存をアルベール王に願い、協力を請うため、ヴェルダに向かうわ」
サフランが眉を上げ、腕を解いた。クライドは口を結んだまま、カトレアを見つめている。
「その時、コウジアの種についても交渉するわ。種さえあれば、あなたたちも生育に取り組んでくれるのでしょう? 元は皆、コルデホーザが誇る優秀な薬花師だったのだから」
クライドの瞳が揺れた。サフランも身体ごと向き直る。
薬花の国に生まれた者として、薬花師でもあった母の娘として、ごく自然に出た言葉だった。だがそれは、薬花師たちを駆り立てる一声となる。
コウジアを正しく生育し、母が夢見た薬花を咲かせることは、誰もが胸の内に秘めているはずだ。今は不穏な情勢の中、先行きの見えない未来に揺さぶられているだけなのだ。
「薬花師のいないコルデホーザは、荒れ放題の庭も同然だわ。そこに力ある花を咲かせられるのは、あなたたちしかいないの」
国を変える花を蘇らせる。ただ愛でられ、手折られるだけの、力なき花の望みだ。
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