【完結】蘭姫と薬花の国

神谷さや

文字の大きさ
31 / 43
峡谷の民と薬花師たち

しおりを挟む
 族長の家で客室に迎えられ、旅の疲れを癒したカトレアは、翌日サフランに連れられ薬花の栽培場へと向かった。

 集落から数時間で着く距離にある栽培場には、亡命してきた薬花師たちの住居も併設されているという。サフランはラクダで先導しながら、ふて腐れた様子で話す。

「親父が薬花師たちを保護した頃は、コルデホーザとは全く異なる気候と土壌に苦労していたらしい。まあ今ではすっかり慣れて、ラランジャでしか栽培出来ないような薬花を咲かせたりしているけどね」
「ラランジャでしか栽培出来ない薬花? どんな効能のものなの?」

 サフランは疎ましげに振り返り、不愛想に返した。

「毒だよ。効能だなんてご利益のあるものじゃない」

 本来の名とは真逆の響きに、一瞬日照りの暑さが遠のいた。

 元はコルデホーザで薬花として栽培していたが、ラランジャの長い日照時間と激しい気温差により、毒性に変化した品種があるのだという。研究していた者は麻痺症状に見舞われたというが、命に別状はなく、それ以降も研究の一環として栽培を続けているらしい。

「それにしたって、なんであたしがあんたを連れて行かなきゃいけないんだよ」
「あら、わたしは一度もあなたにお願いしていないわよ。それより、族長らしからぬあからさまな嫉妬を向けるのはやめてくれないかしら」

 ぴしゃりと言い放つと、サフランはむくれたまま到着まで口を利かなかった。

 栽培場は石造りの住居と作業場が手前に並び、その奥は柵に囲まれた広大な畑となっていた。初夏に向け、既に数十種類の薬花が色づいているのが遠目に見える。

 栽培場の入口でラクダを預け、サフランが作業場に顔を出すと、痩身の中年の男が姿を見せた。彼が栽培場の代表らしい。日に焼けてはいるが、ラランジャの民ほど色黒ではない。コルデホーザの出身だと一目で分かった。

 クライドという薬花師は、サフランを朗らかな笑顔で迎えた。しかしカトレアが名乗ると、途端に取り立て人がやって来たように顔色を変えた。

 無理もない。彼らの身分を剥奪し、祖国から追いやった張本人の娘がのこのこ姿を見せたのだ。だがカトレアも切望した地までやって来た今、多少のことでひるんではいられない。

 栽培場にいる薬花師全員を集め、話を聞いて欲しいと直談判すると、即座にはねのけられた。

「今更何を話すっていうんだ。俺らはもう戻らない。何がどうなって蘭姫様がここまで来たのかは知らないが、今のコルデホーザに俺たちを以前のように受け容れられる器があるとは思えない」
「なら、はなから耳を貸すつもりもないというの? わたしはお父様とは違う。コルデホーザには、あなたたち薬花師が必要なの。その理由を、あなたたちを再び迎え入れるための手立てを伝えたいの」

 必死の思いで訴えると、クライドは神妙な面持ちとなった。族長の態度で、サフランが口添えする。

「蘭姫が、単に考えなしに飛び出してきた訳じゃないのは分かるだろ? この通り傲慢でいけ好かない女だけど、その考えを尊重して護衛してきた奴がいるから、こうしてお前たちの元を訪ねられたんだ。話くらいは聞けるだろ」

 言葉の節々に嫌味が含まれていたが、同時にジャックの働きを尊重したい想いがうかがえる。クライドも恩義のある族長一族には逆らえず、渋々だが承諾してくれた。

 丁度昼時となり、畑仕事に精を出していた者や研究作業を行っていた者、同居する家族が一堂に会した。作業場の地べたに座り込み、困惑気味にほこりっぽい顔を見合わせている薬花師たちの面前に立ち、カトレアは自身の考えを述べた。

「全ての元凶は、わたしの母を含む薬花師でも、ヴェルダでもない。ただ、ひと咲きの花が上手く育たなかっただけのこと。そのために、今となっては取り返しのつかない現状となってしまった。けれど、わたしはその花……コウジアの生育に、もう一度取り組んで欲しいの」

 ざわめきが広がる。カトレアの脇で、サフランも腕を組み石壁にもたれている。薬花師の一人が声を上げた。

「取り組むといっても、コウジアは当時から希少だったんだ! 我々のような身では種すらとても手に入れられない、高価な品種だというのに……」
「どうしても育てろというのなら、蘭姫様が自ら種を持ってきてくれよ!」

 一旦意見が上ると、次々と不満や要求がぶつけられる。カトレアは彼らを制しながら言葉を紡ぐ。

「わたしは命令したいのではないわ! あなたたちはあの事故を教訓として、わたしの母が叶わなかった研究を成し遂げたいと思わないの!?」

 薬花師たちは一瞬、言い淀む。しかし憤りは収まらず、論議は別の方向へと向けられた。

「そもそも、今コルデホーザの実権を握っているのは元老院だろう! これから戦が再開して、明らかに分があるのは元老院じゃないか!」
「元凶が払拭されたとしても、俺たちの立場はもう元老院の支配下では成立しないんだ! これ以上、無駄な悪あがきをしたくないんだよ!」

 薬花師たちの鬱積した不安が充満し、カトレアは青ざめた。

 誰もかれもが、武力と政の力によって国が左右され、それ以外のものは意味を成さないと匙を投げている。力を持たず、ただ理想論を振りかざしても、薬花師たちは、民はついては来ない。

 噴出する不満を抑えきれず立ち尽くすカトレアに、サフランが冷徹に言い放った。

「分かった? どこの民も、机上の空論じゃ納得しない。どれだけ口で説いても、はっきり形で示してやらなきゃ安心出来ないんだよ。だからあたしたち一族は、両国に対して中立だったのをやめて、ヴェルダに彼らの援助を頼んだ。そうして出来たのが、この栽培場なんだ」

 クライドが他の薬花師たちを静めようと声を張り上げている。彼らは与えられた場所で生きるしかないのだ。サフランたちが均衡を破って彼らの居場所を与えたように、カトレアもまた、目に見えるものを提示しなければならない。そうしない限り、彼らは平穏を約束してくれる場所から動かないのだ。

 騒ぎが収まり、沈痛な面持ちでうなだれる皆を見回して、クライドがこちらに向かってきた。沈んだ表情で告げる。

「この通り、我々の現状と、暗然たる情勢の中では、貴女のお望みに応えることは出来ません。どうか、お引き取り願います」

 自分だけの力では、彼らを動かすことは出来ない。幾度となく己の無力さを痛感し、呪ってきたが、それでも伝えたいことがある。

 カトレアはクライドを見上げ、喉を震わせた。

「元老院は……イーデンは、きっとこの三国を一緒くたに塗りつぶす。だけどわたしは、三国それぞれの豊かさ、美しさを尊重したい。三国の共存をアルベール王に願い、協力を請うため、ヴェルダに向かうわ」

 サフランが眉を上げ、腕を解いた。クライドは口を結んだまま、カトレアを見つめている。

「その時、コウジアの種についても交渉するわ。種さえあれば、あなたたちも生育に取り組んでくれるのでしょう? 元は皆、コルデホーザが誇る優秀な薬花師だったのだから」

 クライドの瞳が揺れた。サフランも身体ごと向き直る。

 薬花の国に生まれた者として、薬花師でもあった母の娘として、ごく自然に出た言葉だった。だがそれは、薬花師たちを駆り立てる一声となる。

 コウジアを正しく生育し、母が夢見た薬花を咲かせることは、誰もが胸の内に秘めているはずだ。今は不穏な情勢の中、先行きの見えない未来に揺さぶられているだけなのだ。

「薬花師のいないコルデホーザは、荒れ放題の庭も同然だわ。そこに力ある花を咲かせられるのは、あなたたちしかいないの」

 国を変える花を蘇らせる。ただ愛でられ、手折られるだけの、力なき花の望みだ。

 カトレアの眼差しを受け、クライドは静かにうなずいた。褐色の瞳の奥に揺るぎない自負が秘められていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...