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約束
銀の鈴
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七瀬を生んだその日に亡くなった母の好物を、彼女の命日に作る。
それは、七瀬が中学生のころから始めた習慣だった。
母の好物は、幼いころ世話をしに来てくれた親戚のおばさんから聞いた。知ったのは偶然だった。おばさんがよく、七瀬のおやつにプリンを手作りしてくれていたのだ。どうしていつもプリンなの、と訊いたら、彼女は七瀬の母の好物だったのだと答えた。息子にもその味覚が受け継がれたかもしれないと考えて、いつもプリンを作ってきたのだろう。
それから、七瀬は次第に一人で家事をするようになり、お菓子作りにも手を出すようになった。そこで、母の好物だというプリンを作ってみたのだった。プリンにも様々な種類があるが、母が好きだったのは、卵と牛乳と砂糖だけで蒸し固めた、素朴なプリンである。七瀬は、ゼラチンで固めるレシピや生クリームを使った滑らかなものなど、いろいろ試して食べてみたが、彼もまた、母と同じプリンが好きだということを発見した。それは数少ない母とのつながりのように思えた。
「母親の写真とかないのか」
秋臣が尋ねた。その人のために作るのなら、顔くらい知っておいたほうが思いも込めやすいだろう、という意見だった。
そこで、七瀬はアルバムの中から一枚の写真を取り出してきた。
「あんまり母の写真は残ってないんだよ。これは、父と母の結婚式の写真」
実は、七瀬が知っている母の姿というのは、この写真一枚だけなのだった。父と母は遠い親戚同士だったらしいので、他にも二人の写真――もしくは母だけが写ったものくらい、もっとあってもよさそうだった。しかし、父は写真が好きではないのか、あまりアルバムなどもなく、母とのなれそめなども聞いたことがない。親戚のおばさんも、父と母のことについてはあまり話してくれなかった。そういえば、母の遺品なども、この家にほとんどないことに、七瀬は改めて気づいた。
「あー、確かに、七瀬は母親似だな」
秋臣が写真を受け取って、言った。その写真には、和装姿の父と母が並んで立っている。結婚式は、神前式だった。父は羽織袴、母は白無垢に綿帽子。綿帽子から覗く母の顔立ちは、確かに七瀬のものとそっくりだった。ただし、七瀬は髪や目の色素が薄いほうなのだが、それだけは父の遺伝である。母の髪も目も吸い込まれるほど美しい黒だったのだ。七瀬の肌の色の白さは両親どちらからの遺伝ともいえる。
「美男美女だな。……七瀬の父親、こういう顔をしてるのか」
七瀬の父にも会ったことのない秋臣は、物珍しそうに写真を眺めた。
「あとで、秋臣の家族写真も見てみたいな」
おれだけ見せるのはフェアじゃないよ、と七瀬は言った。秋臣は「うーん」と唸った。
「……まあ、そのうち」
「約束だよ」
「わかったわかった」
秋臣は手をひらひらさせてこの話を終わりにし、七瀬に写真を返した。
「ということで、こっちもわかった。写真、ありがとな」
七瀬は手元に戻った写真を久しぶりに見つめた。いつもはアルバムに仕舞われており、最近は七瀬も写真を見返す機会がなかった。
秋臣と知り合い、彼から家族の話を知るうちに、自分はもっと父と母のことを知るべきなのかもしれない、と七瀬は思い始めていた。
秋臣も、家族と仲が良いわけではない。むしろ、どこか距離を置き、疎外感を心に抱いている。それは七瀬と同じだが、秋臣は家族のことを彼なりに知ったうえで、距離を置いているような印象だった。対して七瀬は、今まで家族のことを知ろうとしてこなかった気がした。
実は、七瀬は怖かったのだ。
父が自分とあまり関わらないのは、七瀬を嫌っているからではないのか。母が七瀬を生んで死んだから、だから。
それとも、父と母はあまり仲が良くなかったのだろうか。周りのお膳立てで誕生した夫婦だったのだろうか。
母は、父のことを、自分を生むことを、どう思っていたのだろう。
父は、母のことを、生まれた息子のことを、どう思っているのだろう。
今更そんなことを気にするのは、七瀬にとってはしたくないことだった。
それでも。
秋臣と出会ってから、七瀬は、自分が愛された――愛されている証拠というものを、無意識に欲していた。
神社に来る顔なじみの人々、近所の人々、親せきの人々、友人たち――彼らから、七瀬は好かれていた。それは七瀬自身も、自惚れなく実感していた。
それでも、愛という情が、どういうものか、知りたかったのだ。
そんな意識は七瀬の顔にも態度にも微塵も現れず、彼自身も確かに実感しているわけではなかったけれど。
もしかすると、秋臣は七瀬以上にそのことに気づいていたかもしれなかった。ただ、彼は気づいていてもあからさまな態度、行動をとる人ではなかった。
それでもただ一つ言えるのは、この居心地の良い七瀬と秋臣の関係は、どこからどう見ても、彼らの精神衛生上、良いということだった。
ところで、次もその次も、夜、七瀬は呼ばれることとなった。予測はついていたので、秋臣は七瀬が夢うつつに起き上がるたび、その腕をつかんで布団に引き戻した。誰かが七瀬の身体に触れると、彼を呼ぶ力はふいと消えるらしく、これは効果があった。襖の敷居を挟み、二人は布団を隣同士に並べたので、秋臣が神経を研ぎ澄ましていなくても隣の異変に気付きやすくなった。とりあえず、これで七月六日の夜まで防げれば良かったのだ。
七月七日は、朝早くから買い出しに出かけた。プリンの材料はもちろん、七瀬の誕生日なので少し豪華な夕食にしようということになったのだ。その材料費は秋臣もちである。これは彼からの誕生日祝いだった。
秋臣が買い出しついでに、久世家からホットプレートを持ってきた。この春、従姉が使わないからと置いていったものだという。これで、肉や魚介を焼いて食べようということになったのである。つけだれは何種類か作る予定だ。定番の甘辛いたれから、さっぱりと柑橘系のたれまで。
こんな風にホットプレートを囲んで焼いて食べるということが、七瀬にはあまりなじみがなかった。なので、新鮮味があり、楽しみだった。
秋臣が家にホットプレートを取りに行っている間、七瀬は近くの公園で待たされた。秋臣が言うのは、自分の家族は関わると面倒だから、会わないほうがいいというのだ。七瀬は少し残念だったが、おとなしく彼の言葉にしたがった。けれど、いつか、秋臣の叔父には会うつもりではあった。もちろん、秋臣には秘密にして。だが、それはまだ先である。
帰り道、荷物の多くなった二人は、並びながら神社へ向かっていた。と、そこへ、たいそう久しぶり――一週間ぶりくらいか――に、あの八咫烏が姿を現した。もちろん、そのままでは秋臣の目には視えないので、七瀬が周囲に結界を張った。これは、周囲からは七瀬や秋臣の姿は見えるが、気にされない効果を持つ。もちろん、結界の中にいる七瀬と秋臣以外に、八咫烏の姿も視えなかった。
「久しぶりだなあ」
秋臣が親しみを込めて言った。顔見知りくらいには、秋臣はこの八咫烏に親しみを覚えていたのだ。
「どうしたの?」
七瀬と秋臣の間で飛ぶ八咫烏は、いつもとどこか様子が違っていた。今回は、秋臣にも妖の声が聞こえるよう、七瀬が結界を調節した。
『……ナナセ、いいの、いくの』
「なにが?」
『いったら、ユウジンがユウジンじゃなくなるかも』
七瀬と秋臣は顔を見合わせ、ユウジンを友人に置き換えた。
「それ、どういうことだ。神社で起こることを何か知ってるのか」
秋臣が八咫烏に詰め寄る。八咫烏は怯えたようにやや上昇した。
『ナナセ、しってるはず。そういうハナシ。ヤクソク』
秋臣は七瀬を見た。しかし、七瀬は首を振った。
「ねえ、おれは知らない。おれは何かと約束したの?」
八咫烏はすると、ばさばさと翼を大きくはためかせた。
『しらない? おぼえてない? なんてこと。まさか、まさか』
七瀬は空いているほうの手で八咫烏に手を伸ばした。
「覚えてないよ。何か知ってるなら、教えてくれないかな」
八咫烏は嘴を開き、七瀬の手に何かを落とした。
『スズ、あげる』
七瀬は手に落ちた銀の鈴を見つめた。
「これは……」
『ワタシに、ニンゲンのユウジンをおしえてくれた、おレイ。あげようとおもって、オサからもらった。もしかしたら、なにか、ヤクにたつかも。もし、ナナセが、いきたくないなら』
そして、八咫烏はどんどん上昇し始めた。
『ワタシ、これいじょう、いえない、できない。だけど、ナナセがしたいようにすればいい』
やがて八咫烏は見えなくなった。
七瀬は結界を解き、再び手のひらの鈴に視線を落とした。
「何で鈴なんだ。てか、あの鳥、何にも質問に答えてねえぞ」
「鈴は魔除けになるといわれているからね。八咫烏の長がくれたということは、かなり力がある鈴じゃないかな」
「鈴で蛇神を祓えってか」
秋臣の不遜な言葉に、「こら」と七瀬は軽く戒めた。
「まあ、祓うというよりも……鈴の音は境界をはっきりさせる効力がある。現実と妖の世界の境界をね。だから、蛇神も含めて、妖たちに呑み込まれそうになったら鈴を振れば何らかの助けにはなるかもしれないね」
「そんなものを、なんで八咫烏の長が持ってるんだ」
「八咫烏たちも光りものが好きだからね。それに、世界の境界をはっきりさせるというのは、人間にとってだけでなく、妖たちにも助けになる場合がある。人間から祓われそうになった時の逃げ道として、とか」
ふうん、と秋臣は呟き、さっさと歩きだした。
「まあ、とにかく帰ろうぜ。荷物も重いし。その鈴が役に立つならいいや」
そうだね、と七瀬もうなずき、ふと銀の鈴を空にかざした。八咫烏の言った言葉が気にかかる。
「……行く……どこへ行くというんだろうね」
七瀬の独り言を聞き、前を歩く秋臣は肩越しに振り返った。
「妖の世界だったら行かせねえよ。相手が神だろうが何だろうが、俺がお前を行かせねえからな」
七瀬は瞬きをして、ふっと笑った。
「頼りにしてる」
それは、七瀬が中学生のころから始めた習慣だった。
母の好物は、幼いころ世話をしに来てくれた親戚のおばさんから聞いた。知ったのは偶然だった。おばさんがよく、七瀬のおやつにプリンを手作りしてくれていたのだ。どうしていつもプリンなの、と訊いたら、彼女は七瀬の母の好物だったのだと答えた。息子にもその味覚が受け継がれたかもしれないと考えて、いつもプリンを作ってきたのだろう。
それから、七瀬は次第に一人で家事をするようになり、お菓子作りにも手を出すようになった。そこで、母の好物だというプリンを作ってみたのだった。プリンにも様々な種類があるが、母が好きだったのは、卵と牛乳と砂糖だけで蒸し固めた、素朴なプリンである。七瀬は、ゼラチンで固めるレシピや生クリームを使った滑らかなものなど、いろいろ試して食べてみたが、彼もまた、母と同じプリンが好きだということを発見した。それは数少ない母とのつながりのように思えた。
「母親の写真とかないのか」
秋臣が尋ねた。その人のために作るのなら、顔くらい知っておいたほうが思いも込めやすいだろう、という意見だった。
そこで、七瀬はアルバムの中から一枚の写真を取り出してきた。
「あんまり母の写真は残ってないんだよ。これは、父と母の結婚式の写真」
実は、七瀬が知っている母の姿というのは、この写真一枚だけなのだった。父と母は遠い親戚同士だったらしいので、他にも二人の写真――もしくは母だけが写ったものくらい、もっとあってもよさそうだった。しかし、父は写真が好きではないのか、あまりアルバムなどもなく、母とのなれそめなども聞いたことがない。親戚のおばさんも、父と母のことについてはあまり話してくれなかった。そういえば、母の遺品なども、この家にほとんどないことに、七瀬は改めて気づいた。
「あー、確かに、七瀬は母親似だな」
秋臣が写真を受け取って、言った。その写真には、和装姿の父と母が並んで立っている。結婚式は、神前式だった。父は羽織袴、母は白無垢に綿帽子。綿帽子から覗く母の顔立ちは、確かに七瀬のものとそっくりだった。ただし、七瀬は髪や目の色素が薄いほうなのだが、それだけは父の遺伝である。母の髪も目も吸い込まれるほど美しい黒だったのだ。七瀬の肌の色の白さは両親どちらからの遺伝ともいえる。
「美男美女だな。……七瀬の父親、こういう顔をしてるのか」
七瀬の父にも会ったことのない秋臣は、物珍しそうに写真を眺めた。
「あとで、秋臣の家族写真も見てみたいな」
おれだけ見せるのはフェアじゃないよ、と七瀬は言った。秋臣は「うーん」と唸った。
「……まあ、そのうち」
「約束だよ」
「わかったわかった」
秋臣は手をひらひらさせてこの話を終わりにし、七瀬に写真を返した。
「ということで、こっちもわかった。写真、ありがとな」
七瀬は手元に戻った写真を久しぶりに見つめた。いつもはアルバムに仕舞われており、最近は七瀬も写真を見返す機会がなかった。
秋臣と知り合い、彼から家族の話を知るうちに、自分はもっと父と母のことを知るべきなのかもしれない、と七瀬は思い始めていた。
秋臣も、家族と仲が良いわけではない。むしろ、どこか距離を置き、疎外感を心に抱いている。それは七瀬と同じだが、秋臣は家族のことを彼なりに知ったうえで、距離を置いているような印象だった。対して七瀬は、今まで家族のことを知ろうとしてこなかった気がした。
実は、七瀬は怖かったのだ。
父が自分とあまり関わらないのは、七瀬を嫌っているからではないのか。母が七瀬を生んで死んだから、だから。
それとも、父と母はあまり仲が良くなかったのだろうか。周りのお膳立てで誕生した夫婦だったのだろうか。
母は、父のことを、自分を生むことを、どう思っていたのだろう。
父は、母のことを、生まれた息子のことを、どう思っているのだろう。
今更そんなことを気にするのは、七瀬にとってはしたくないことだった。
それでも。
秋臣と出会ってから、七瀬は、自分が愛された――愛されている証拠というものを、無意識に欲していた。
神社に来る顔なじみの人々、近所の人々、親せきの人々、友人たち――彼らから、七瀬は好かれていた。それは七瀬自身も、自惚れなく実感していた。
それでも、愛という情が、どういうものか、知りたかったのだ。
そんな意識は七瀬の顔にも態度にも微塵も現れず、彼自身も確かに実感しているわけではなかったけれど。
もしかすると、秋臣は七瀬以上にそのことに気づいていたかもしれなかった。ただ、彼は気づいていてもあからさまな態度、行動をとる人ではなかった。
それでもただ一つ言えるのは、この居心地の良い七瀬と秋臣の関係は、どこからどう見ても、彼らの精神衛生上、良いということだった。
ところで、次もその次も、夜、七瀬は呼ばれることとなった。予測はついていたので、秋臣は七瀬が夢うつつに起き上がるたび、その腕をつかんで布団に引き戻した。誰かが七瀬の身体に触れると、彼を呼ぶ力はふいと消えるらしく、これは効果があった。襖の敷居を挟み、二人は布団を隣同士に並べたので、秋臣が神経を研ぎ澄ましていなくても隣の異変に気付きやすくなった。とりあえず、これで七月六日の夜まで防げれば良かったのだ。
七月七日は、朝早くから買い出しに出かけた。プリンの材料はもちろん、七瀬の誕生日なので少し豪華な夕食にしようということになったのだ。その材料費は秋臣もちである。これは彼からの誕生日祝いだった。
秋臣が買い出しついでに、久世家からホットプレートを持ってきた。この春、従姉が使わないからと置いていったものだという。これで、肉や魚介を焼いて食べようということになったのである。つけだれは何種類か作る予定だ。定番の甘辛いたれから、さっぱりと柑橘系のたれまで。
こんな風にホットプレートを囲んで焼いて食べるということが、七瀬にはあまりなじみがなかった。なので、新鮮味があり、楽しみだった。
秋臣が家にホットプレートを取りに行っている間、七瀬は近くの公園で待たされた。秋臣が言うのは、自分の家族は関わると面倒だから、会わないほうがいいというのだ。七瀬は少し残念だったが、おとなしく彼の言葉にしたがった。けれど、いつか、秋臣の叔父には会うつもりではあった。もちろん、秋臣には秘密にして。だが、それはまだ先である。
帰り道、荷物の多くなった二人は、並びながら神社へ向かっていた。と、そこへ、たいそう久しぶり――一週間ぶりくらいか――に、あの八咫烏が姿を現した。もちろん、そのままでは秋臣の目には視えないので、七瀬が周囲に結界を張った。これは、周囲からは七瀬や秋臣の姿は見えるが、気にされない効果を持つ。もちろん、結界の中にいる七瀬と秋臣以外に、八咫烏の姿も視えなかった。
「久しぶりだなあ」
秋臣が親しみを込めて言った。顔見知りくらいには、秋臣はこの八咫烏に親しみを覚えていたのだ。
「どうしたの?」
七瀬と秋臣の間で飛ぶ八咫烏は、いつもとどこか様子が違っていた。今回は、秋臣にも妖の声が聞こえるよう、七瀬が結界を調節した。
『……ナナセ、いいの、いくの』
「なにが?」
『いったら、ユウジンがユウジンじゃなくなるかも』
七瀬と秋臣は顔を見合わせ、ユウジンを友人に置き換えた。
「それ、どういうことだ。神社で起こることを何か知ってるのか」
秋臣が八咫烏に詰め寄る。八咫烏は怯えたようにやや上昇した。
『ナナセ、しってるはず。そういうハナシ。ヤクソク』
秋臣は七瀬を見た。しかし、七瀬は首を振った。
「ねえ、おれは知らない。おれは何かと約束したの?」
八咫烏はすると、ばさばさと翼を大きくはためかせた。
『しらない? おぼえてない? なんてこと。まさか、まさか』
七瀬は空いているほうの手で八咫烏に手を伸ばした。
「覚えてないよ。何か知ってるなら、教えてくれないかな」
八咫烏は嘴を開き、七瀬の手に何かを落とした。
『スズ、あげる』
七瀬は手に落ちた銀の鈴を見つめた。
「これは……」
『ワタシに、ニンゲンのユウジンをおしえてくれた、おレイ。あげようとおもって、オサからもらった。もしかしたら、なにか、ヤクにたつかも。もし、ナナセが、いきたくないなら』
そして、八咫烏はどんどん上昇し始めた。
『ワタシ、これいじょう、いえない、できない。だけど、ナナセがしたいようにすればいい』
やがて八咫烏は見えなくなった。
七瀬は結界を解き、再び手のひらの鈴に視線を落とした。
「何で鈴なんだ。てか、あの鳥、何にも質問に答えてねえぞ」
「鈴は魔除けになるといわれているからね。八咫烏の長がくれたということは、かなり力がある鈴じゃないかな」
「鈴で蛇神を祓えってか」
秋臣の不遜な言葉に、「こら」と七瀬は軽く戒めた。
「まあ、祓うというよりも……鈴の音は境界をはっきりさせる効力がある。現実と妖の世界の境界をね。だから、蛇神も含めて、妖たちに呑み込まれそうになったら鈴を振れば何らかの助けにはなるかもしれないね」
「そんなものを、なんで八咫烏の長が持ってるんだ」
「八咫烏たちも光りものが好きだからね。それに、世界の境界をはっきりさせるというのは、人間にとってだけでなく、妖たちにも助けになる場合がある。人間から祓われそうになった時の逃げ道として、とか」
ふうん、と秋臣は呟き、さっさと歩きだした。
「まあ、とにかく帰ろうぜ。荷物も重いし。その鈴が役に立つならいいや」
そうだね、と七瀬もうなずき、ふと銀の鈴を空にかざした。八咫烏の言った言葉が気にかかる。
「……行く……どこへ行くというんだろうね」
七瀬の独り言を聞き、前を歩く秋臣は肩越しに振り返った。
「妖の世界だったら行かせねえよ。相手が神だろうが何だろうが、俺がお前を行かせねえからな」
七瀬は瞬きをして、ふっと笑った。
「頼りにしてる」
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