私だけの世界

青江 いるか

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真実

小世界と意思

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「あのさ、前に言っていたじゃない? 意思を持っているのは私だけだって。でも、本当にそう? それだと私が亜梨沙たちを操っているということになるけど、いくら小世界をコントロールできなくなったといっても、私が自分で亜梨沙と駿河くんをくっつけるかな。――いや? コントロールできなくなってきているということは、私が操ってはいないってこと? それじゃ、だれが亜梨沙たちをそうさせているの?」
 自分で言っていて、わけがわからなくなる。けれど、少年はちゃんと私の疑問を理解してくれたようだ。少し考えるそぶりを見せてから、彼は答えてくれた。
 「そうだな……難しい問題だ。他の人間は人形のようなものだと言われているが、確かな証拠があるわけじゃないんだ。ただ、広く認知されているのはその仮説だというだけで。意思というのは目に見えるものじゃないからな。本人でさえ、自分の意思かどうかなんて、根拠を持って言えないだろう。ただ、コントロールのことは……まあ、説明できなくもないが」
 少年はそこで言葉を切り、「これはあくまで俺の仮説だが」とことわった。
 「……小世界が成り立った時、お前の無意識も反映されたはずだ。街や学校の様子なんかががな。まあ、街の外は造らなかったようだが」
「え? 待って、それって、この街の外にはなにもないってこと? 外に行けないの?」
 少年はわずかに眉を上げ、左手でベンチの肘掛け部分をとんとんと叩く。
 「気づかなかったか? ただ、お前が願えば新たに造られるから、気づく機会もないだろうが」
 そうだったのか……確かに、ここ数か月、街の外には行かなかった。
 「でも、テレビとか雑誌とかは? 街の外で作られているものがあったのはなんで」
 「ここは現実じゃないんだ。作る人がいなくたって、勝手に存在するものなんだ、ここではな。内容とかは、お前が昔に見たやつでも反映されてるんじゃないか。まさか、今までに目にしたもの全部、覚えているわけじゃないだろう」
 少年はいらつき始めているのか、不機嫌さが声と表情に表れていた。
 「話の腰を折らないでほしいんだが。気になったことは、いったん話が終わってから質問しろよ」
 正直むっとした。けれど、私は感情的にならずに、素直に従うことにする。
 「はいはい、わかったよ。じゃ、説明の続きをどうぞ」
 少年はなにか言いたそうだったけれど、私が目を逸らして無視を決め込んでいると、やがて諦めたらしい。彼も素直に説明を続けることにしたようだ。
 「……お前の無意識が小世界に反映されているということまでは話したな? おそらく今も、お前の無意識と小世界は結びついている。小世界はお前の意思次第で変幻自在だが、もしかしたら影響するのは明確な意思だけじゃないかもしれない。つまり、お前の無意識や眠っていた現実の記憶も、影響しているかもしれないんだ。すると、だ。忘れていた記憶――好きな奴を友達に取られるという記憶が、小世界に影響した可能性がある。小世界は、その記憶をなぞろうとしたのかもしれない」
 頭が混乱してきそう。少年の説明がまどろっこしい気がする。彼は説明が下手なのだろうか。私も他人のことは言えないけれど。それとも、頭の中で考えを整理しながら喋ると、どうしてもまどろっこしくなってしまうのだろうか。
 私の考えていることに気づいたわけじゃないだろうけれど、少年がぎろっと睨んできた。前から思っていたけれど、彼の目つきは悪いな。
 そんなことを頭の隅で思いながら、私は返事をした。
 「つまり、私の現実での記憶が無意識のうちに働いて、小世界はその記憶に従っちゃったってことでしょ」
 「そういう解釈もできるということだ」
 少年は低く言って、
 「その場合、他の人間には意思がないという可能性が高くなるが」
 と付け加えた。
 私は溜め息をついた。
 「どっちにしても、本当のところはわからないってことね。意思がないなんて、思いたくはないけどさ。でも、意思があるとしたら――」
 その時、あることに思い当たって、私は言葉をつまらせてしまった。少し間をおいて、別のことを尋ねる。
 「……ねえ、私が現実の身体に戻ったら、この小世界はどうなるの?」
 「消えるな。小世界は、主なしでは存続できない。コントロールできなくなって崩壊するか、魂が現実の身体に戻った時点で、この世界は消滅する」
 やっぱりそうなのか。ということは、もし小世界を維持し続けるつもりなら、ずっとコントロールしていなければいけないということになる。現実の身体が死んで小世界が不安定になっても、踏みとどまらなくてはいけないのだ。……すごく強い精神力が必要だろう、きっと。
 「そうしたら、他の人間も一緒に消えてしまうんだね。それで、もし彼らに意思があるとしたら」
  迷った末に、さっき言えなかった続きを口にした。
 「自滅しても現実に戻っても、私はとんでもないことをしてしまうんだね」
 少年が、あからさまに顔をしかめるのがわかった。
 「まさか、他の人間のために小世界に残るとか言わないよな。たまにそう言い出す奴がいるが、それは偽善だと思うぞ。だいたい、他の人間のためという理由だけで、小世界を維持し続けられるとは思えない」
 「……私にそんな強い精神力はないよ、たぶん。――それより」
 再び目を上げ、視線を少年に投げかけた。
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