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第五章 茜の約束
21.本質を映す鏡(1)
「え、えっと……はい!」
心臓が口から飛び出しそうな勢いで返辞をした真桜は、慌てて口元を押さえて目を泳がせた。
暁翔がふわりと隣に腰を下ろしたので、今度は肩がびくりと跳ねる。
「そんなに驚かせてしまったか?」
暁翔が不思議そうに首を傾げた。
「い、いえ、大丈夫です。あ、その……八坂様とは何をお話になっていたのですか?」
真桜は火照る顔をごまかすように、拙速に話題を転換した。
「今後の研究協力についての再確認だ。穢れや霊力を可視化する技術をさらに深化させたいそうだ。そなたの力も含め、できる限り力を貸してほしいと」
暁翔は落ち着いた声で答え、真桜をじっと見つめた。
琥珀色の瞳に見据えられるたび、真桜の胸は早鐘を打つ。だが暁翔はそれ以上追及することなく、「疲れただろう、もう休め」と、手際よく布団を整えてくれた。
「あ、ありがとうございます。おやすみなさい……」
真桜は逸る鼓動を押し殺し、逃げ込むように布団に入って目を閉じた。
隣で暁翔が横たわる衣擦れの音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
(聞こえていないかしら、私の心臓の音。うるさすぎて眠れないわ……)
そう案じていたのも束の間。湯上がりの心地よさと極限の疲労が重なり、真桜は泥のように深い眠りへと誘われていった。
――翌朝。
頬に柔らかなものがそっと触れたような、羽毛のような感触に真桜はぼんやりと意識を浮上させた。
(今のは……?)
胸を抑えながら周囲を見回すが、美しい木目の天井が静かに広がっているだけだ。隣の布団は既に片付けられ、暁翔の気配はどこにもない。
(まさか、今のは暁翔様の……? ううん、きっと夢だわ。真面目に浄化の方法を考えなきゃいけないのに、私ったら!)
真桜はふと頬を指先でなぞる。暁翔の清廉な香りがそばに残っているような気がした。
心のどこかで、今の感覚を忘れたくないと呆けている自分に気づき、ハッと我に返る。
(何を考えてるの、私!)
顔が熱くなるのを感じながら、真桜は布団から飛び起き、身支度を整えた。
その気配に気づいたのか、八坂家の使用人が声をかけにやってきて、朝食の場へ案内される。てっきり暁翔が先にきているのかと思いきや、そこには真桜の分しか用意されていない。
「神様なら既にお食事を済ませ、離れの研究室で旦那様方と熱心に議論されていますよ」
使用人の言葉に、真桜は「面目次第もございません」と内心で頭を下げつつ、急いで食事を口にする。
離れの研究室は、神具や呪術の粋を集めた、知の聖域だった。
整然と並ぶ古色蒼然とした道具の数々。その中心で、暁翔が円盤状の神具を前に腕を組んでいた。
「これは驚異的だ……」
八坂が震える声で呟くと、傍らの礼司も感嘆に頷く。
神具の文様は暁翔の霊力に呼応し、眩い白光を放っていた。装置が耐えきれず、みしみしと悲鳴を上げている。
「正確な数値は測りきれませんが、暁翔様の神気は圧倒的だ。まさに、生ける伝説ですね」
八坂の感嘆の声を背に、真桜は親子で研究に没頭する光景にどこか心が和らいだ。
「起きたか、真桜」
暁翔がふと振り返り、目が合う。
「お、おはようございます……!」
今朝見た夢の感触を思い出し、不覚にも頬が熱くなる。真桜は「邪念は捨てるのよ」と自分に言い聞かせ、平静を装って歩み寄った。
「これ……すべて『神具』なのですか?」
「ええ。遥か昔、我らが先祖が幽世から持ち帰った素材を用いて作られたとされています」
八坂が愛おしげに道具を撫でながら説明する。
「木の皮や石、鉱石……どれも現代では再現不可能な力を秘めている。別の世界など御伽噺だと思っていましたが、真桜殿や神様を目の当たりにすると、自らの無知を恥じるばかりですよ」
「幽世……」
真桜は、暁翔が守ってきた世界の名前を口にした。
たしかに水琴も、かつては互いに頻繁に行き来していた時代もあったと言っていた。
「これも、妖の力を宿しているのか?」
暁翔が黒光りする滑らかな石に指を這わせる。
「はい。本来は神や妖と共生するために作られたもの。我々はどこかで、舵取りを間違えてしまったのでしょうか」
礼司の静かな呟きに、暁翔の眼差しがふっと陰った。
「妖を脅威と見なし、排斥を選んだのも人間だ。俺が禍ツ神として災いを呼んだことも、その溝を深めた一因かもしれぬな」
自嘲気味な暁翔の言葉に、真桜は胸が締め付けられる。
「暁翔様、それは……」
「直接の原因は、誰にもわかりますまい」
八坂が凛とした声で遮った。
「ですが、正しい方向へ舵を切り直さねば、この国は偏見という名の暗礁に乗り上げ、沈んでしまうでしょう。少しずつ、誤解を解いていけばよいのです」
八坂の誠実な決意に、真桜は強く頷いた。
(そうよ、私が彼の呪いを解き、縁を結び直す。それがきっと、新しい時代の夜明けになるはずだわ)
真桜が希望に満ちた瞳で暁翔を見上げると、彼はふっと優しげに口角を上げた。
「――では八坂殿、まずはこの『幽世の石』を媒介に、俺の穢れを抽出できるか試してみるとしよう」
新たな協力者を得て、暁翔の浄化へ向けた具体的な実験が、始まった。
心臓が口から飛び出しそうな勢いで返辞をした真桜は、慌てて口元を押さえて目を泳がせた。
暁翔がふわりと隣に腰を下ろしたので、今度は肩がびくりと跳ねる。
「そんなに驚かせてしまったか?」
暁翔が不思議そうに首を傾げた。
「い、いえ、大丈夫です。あ、その……八坂様とは何をお話になっていたのですか?」
真桜は火照る顔をごまかすように、拙速に話題を転換した。
「今後の研究協力についての再確認だ。穢れや霊力を可視化する技術をさらに深化させたいそうだ。そなたの力も含め、できる限り力を貸してほしいと」
暁翔は落ち着いた声で答え、真桜をじっと見つめた。
琥珀色の瞳に見据えられるたび、真桜の胸は早鐘を打つ。だが暁翔はそれ以上追及することなく、「疲れただろう、もう休め」と、手際よく布団を整えてくれた。
「あ、ありがとうございます。おやすみなさい……」
真桜は逸る鼓動を押し殺し、逃げ込むように布団に入って目を閉じた。
隣で暁翔が横たわる衣擦れの音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
(聞こえていないかしら、私の心臓の音。うるさすぎて眠れないわ……)
そう案じていたのも束の間。湯上がりの心地よさと極限の疲労が重なり、真桜は泥のように深い眠りへと誘われていった。
――翌朝。
頬に柔らかなものがそっと触れたような、羽毛のような感触に真桜はぼんやりと意識を浮上させた。
(今のは……?)
胸を抑えながら周囲を見回すが、美しい木目の天井が静かに広がっているだけだ。隣の布団は既に片付けられ、暁翔の気配はどこにもない。
(まさか、今のは暁翔様の……? ううん、きっと夢だわ。真面目に浄化の方法を考えなきゃいけないのに、私ったら!)
真桜はふと頬を指先でなぞる。暁翔の清廉な香りがそばに残っているような気がした。
心のどこかで、今の感覚を忘れたくないと呆けている自分に気づき、ハッと我に返る。
(何を考えてるの、私!)
顔が熱くなるのを感じながら、真桜は布団から飛び起き、身支度を整えた。
その気配に気づいたのか、八坂家の使用人が声をかけにやってきて、朝食の場へ案内される。てっきり暁翔が先にきているのかと思いきや、そこには真桜の分しか用意されていない。
「神様なら既にお食事を済ませ、離れの研究室で旦那様方と熱心に議論されていますよ」
使用人の言葉に、真桜は「面目次第もございません」と内心で頭を下げつつ、急いで食事を口にする。
離れの研究室は、神具や呪術の粋を集めた、知の聖域だった。
整然と並ぶ古色蒼然とした道具の数々。その中心で、暁翔が円盤状の神具を前に腕を組んでいた。
「これは驚異的だ……」
八坂が震える声で呟くと、傍らの礼司も感嘆に頷く。
神具の文様は暁翔の霊力に呼応し、眩い白光を放っていた。装置が耐えきれず、みしみしと悲鳴を上げている。
「正確な数値は測りきれませんが、暁翔様の神気は圧倒的だ。まさに、生ける伝説ですね」
八坂の感嘆の声を背に、真桜は親子で研究に没頭する光景にどこか心が和らいだ。
「起きたか、真桜」
暁翔がふと振り返り、目が合う。
「お、おはようございます……!」
今朝見た夢の感触を思い出し、不覚にも頬が熱くなる。真桜は「邪念は捨てるのよ」と自分に言い聞かせ、平静を装って歩み寄った。
「これ……すべて『神具』なのですか?」
「ええ。遥か昔、我らが先祖が幽世から持ち帰った素材を用いて作られたとされています」
八坂が愛おしげに道具を撫でながら説明する。
「木の皮や石、鉱石……どれも現代では再現不可能な力を秘めている。別の世界など御伽噺だと思っていましたが、真桜殿や神様を目の当たりにすると、自らの無知を恥じるばかりですよ」
「幽世……」
真桜は、暁翔が守ってきた世界の名前を口にした。
たしかに水琴も、かつては互いに頻繁に行き来していた時代もあったと言っていた。
「これも、妖の力を宿しているのか?」
暁翔が黒光りする滑らかな石に指を這わせる。
「はい。本来は神や妖と共生するために作られたもの。我々はどこかで、舵取りを間違えてしまったのでしょうか」
礼司の静かな呟きに、暁翔の眼差しがふっと陰った。
「妖を脅威と見なし、排斥を選んだのも人間だ。俺が禍ツ神として災いを呼んだことも、その溝を深めた一因かもしれぬな」
自嘲気味な暁翔の言葉に、真桜は胸が締め付けられる。
「暁翔様、それは……」
「直接の原因は、誰にもわかりますまい」
八坂が凛とした声で遮った。
「ですが、正しい方向へ舵を切り直さねば、この国は偏見という名の暗礁に乗り上げ、沈んでしまうでしょう。少しずつ、誤解を解いていけばよいのです」
八坂の誠実な決意に、真桜は強く頷いた。
(そうよ、私が彼の呪いを解き、縁を結び直す。それがきっと、新しい時代の夜明けになるはずだわ)
真桜が希望に満ちた瞳で暁翔を見上げると、彼はふっと優しげに口角を上げた。
「――では八坂殿、まずはこの『幽世の石』を媒介に、俺の穢れを抽出できるか試してみるとしよう」
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