【受賞】禍ツ神の恋結び綺譚~花縁はことほぎに包まれる~

宮永レン

文字の大きさ
22 / 49
第五章 茜の約束

22.本質を映す鏡(2)

「たとえば、最近私どもが開発しましたこちらの『白銀しろがねの鈴』。邪気を払い、場を清める効果がありますが、暁翔様の穢れに干渉できるか試してみましょう」
 八坂が手に取ったのは、神楽鈴にも似た豪奢な神具だった。

「ご先祖が作った霊力を分け与える指輪に着想を得たのですよ。術者がいなくとも、霊力の乏しい者が妖を退けられるようにと」

「…あ、あの指輪……ですか」
 真桜は低く呟き、反射的に胃のあたりが重くなるのを感じた。

 白月家で幾年もの間、自身の力を搾取され続けてきた忌まわしい記憶が蘇る。だが、彼女はすぐに首を振り、暗い過去を振り払うように顔を上げた。

 八坂が鈴を高く掲げると、清涼な音色が部屋中に波及し、澱んでいた空気が一変した。

「空気が磨かれたように清々しいです。暁翔様、いかがですか?」
 真桜が問いかけると、暁翔は腕の装身具を解いた。しかし、琥珀色の瞳は静かに伏せられる。

「……残念だが、これでは俺の深淵には届かぬようだ」

「やはり一筋縄ではいきませんか。ならば、次はこれを」
 八坂はにこりと笑みを絶やさず、机の上に鈴を置いた。

「礼司、あれを」

「承知いたしました」
 礼司が抽斗ひきだしから取り出したのは、厳重に布に包まれた古めかしい和鏡わかがみ」だった。

「こちらは本質を映す鏡、とも言われています。外見に惑わされず、内なる本性を暴く神具です」
 鏡面が露わになると、真桜はおずおずと彼らの隣に並んだ。その瞬間、曇っていた鏡から眩い光が溢れ出す。

 そこに映し出された暁翔は、眩い威厳を纏っていた。金糸の刺繍が施された純白の狩衣。瞳は底の見えない湖のように澄み渡り、人を超越した美しさを放っている。

 しかし、その神々しい姿を、無数の「赤黒い霧」が執拗に締め上げていた。それはまるで、救いを求めて縋り付く無念の亡者たちの手のようにも見え、真桜は悲鳴を飲み込んで口元を押さえる。

「こんな……。暁翔様は、これほどの苦痛に耐えていらしたの?」
 封印が解けてから、彼は一言も苦しいなどと言わなかった。自身の力で、周囲を侵食せぬようこの毒を内側に封じ込め続けていたのだろう。

「人ならば、瞬時に発狂して鬼と化すほどの呪いですね……。これを抑え込んでいるとは、さすがは神の器としか言いようがない」
 八坂と礼司も息を呑む。

 
「暁翔様……絶対に、絶対に私がこの呪いを断ち切ってみせます」
 真桜は両手をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳を力強く見開いた。

「ありがとう、真桜。そなたの覚悟が何よりの薬だ」
 暁翔は穏やかな声で応じ、愛おしげに彼女を見つめる。

「なるほど……これは簡単なことではありませんね」
 八坂は少し困ったような顔をしたが、諦める素振りはない。

「さて、神と縁を結び、半身が神化した真桜さんはどう映るか」
 礼司が鏡を真桜の方へ向けた。途端、鏡から柔らかな桃色の光が漏れ出す。

「これは……」
 三人が一斉に絶句したので、真桜は不安に駆られた。

「あ、あの、私にも穢れが移っているのでしょうか……?」

「いいえ、逆です。言葉を失うほどに、あまりに美しい」
 礼司が感嘆を込めて微笑んだ。

「ええ。春そのものを纏っていると言いますか……薄桃色から淡い白へ移ろう絹地に、咲き誇る桜の花びらが風に舞う柄の、神々しい着物をお召しです」
 八坂が、感嘆のため息をつきながら目を細める。

「心の芯の強さと、慈愛の柔らかさが調和している。誰かのために散り、また力強く花を咲かせる桜の精華……。そなたの本質は、まさにその名に相応しいものだ」
 暁翔の真っ直ぐな称賛に、真桜は顔を真っ赤に染めた。


「あ、あの、私のことはもういいですからっ!」
 たまらず礼司の手から鏡を奪い取る。

「八坂様と礼司様は……変化がありませんね?」
 真桜が鏡越しに二人を覗きながら問いかけた。

「はは、裏表のない面白みのない親子でしょう?」
 八坂がくつくつと笑い、礼司も肩をすくめて苦笑する。

「面白みがないなんて――」
 真桜がそう言いかけたところで、入り口の扉が開いた。

「八坂殿。至急、神具の修理を頼みたいのだが――」
 入室してきたのは、昨夜の氷の青年、東雲綾斗だ。

「……なぜ、貴様たちがここにいる」
 真桜たちの存在に気づいた綾斗は、足を止めてまなじりを裂いた。

「申し訳ありません、お邪魔しておりました」
 鏡を抱えたままの真桜は、反射的に鏡越しに綾斗を見た。そして、そこに映し出された姿に、思考が完全に停止した。

(え……? どういうこと……?)
 鏡を通して真桜が見たのは、凛々しい洋装の青年ではない。

 長い髪を背に流し、夜明けの空を閉じ込めたような薄桃色と紫の美しい振袖を纏った、気高くも華やかな姿だった。

「その鏡は――!」
 綾斗の顔に驚きの色が浮かんだ。目を細め、深く息をついてから少し距離を取るように後退する。
 
「おまえ……見たな?」
 その声は微かに震えていた。

 周囲が事態を掴めぬ中、綾斗は急ぎ足で詰め寄ると、真桜から鏡を力任せに奪い取った。

「綾斗、どうしたんだい?」
 礼司の問いに、綾斗はキッと睨んだだけで何も答えない。

「……話がある。ついてこい」
 突然、手首を強く掴まれ、真桜は肩を震わせた。だが、彼の手が自分以上に激しく震えていることに気づいた彼女は、その強引な誘いを受け入れ、引かれるままに離れを後にした。
 
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~