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第五章 茜の約束
22.本質を映す鏡(2)
「たとえば、最近私どもが開発しましたこちらの『白銀の鈴』。邪気を払い、場を清める効果がありますが、暁翔様の穢れに干渉できるか試してみましょう」
八坂が手に取ったのは、神楽鈴にも似た豪奢な神具だった。
「ご先祖が作った霊力を分け与える指輪に着想を得たのですよ。術者がいなくとも、霊力の乏しい者が妖を退けられるようにと」
「…あ、あの指輪……ですか」
真桜は低く呟き、反射的に胃のあたりが重くなるのを感じた。
白月家で幾年もの間、自身の力を搾取され続けてきた忌まわしい記憶が蘇る。だが、彼女はすぐに首を振り、暗い過去を振り払うように顔を上げた。
八坂が鈴を高く掲げると、清涼な音色が部屋中に波及し、澱んでいた空気が一変した。
「空気が磨かれたように清々しいです。暁翔様、いかがですか?」
真桜が問いかけると、暁翔は腕の装身具を解いた。しかし、琥珀色の瞳は静かに伏せられる。
「……残念だが、これでは俺の深淵には届かぬようだ」
「やはり一筋縄ではいきませんか。ならば、次はこれを」
八坂はにこりと笑みを絶やさず、机の上に鈴を置いた。
「礼司、あれを」
「承知いたしました」
礼司が抽斗から取り出したのは、厳重に布に包まれた古めかしい和鏡」だった。
「こちらは本質を映す鏡、とも言われています。外見に惑わされず、内なる本性を暴く神具です」
鏡面が露わになると、真桜はおずおずと彼らの隣に並んだ。その瞬間、曇っていた鏡から眩い光が溢れ出す。
そこに映し出された暁翔は、眩い威厳を纏っていた。金糸の刺繍が施された純白の狩衣。瞳は底の見えない湖のように澄み渡り、人を超越した美しさを放っている。
しかし、その神々しい姿を、無数の「赤黒い霧」が執拗に締め上げていた。それはまるで、救いを求めて縋り付く無念の亡者たちの手のようにも見え、真桜は悲鳴を飲み込んで口元を押さえる。
「こんな……。暁翔様は、これほどの苦痛に耐えていらしたの?」
封印が解けてから、彼は一言も苦しいなどと言わなかった。自身の力で、周囲を侵食せぬようこの毒を内側に封じ込め続けていたのだろう。
「人ならば、瞬時に発狂して鬼と化すほどの呪いですね……。これを抑え込んでいるとは、さすがは神の器としか言いようがない」
八坂と礼司も息を呑む。
「暁翔様……絶対に、絶対に私がこの呪いを断ち切ってみせます」
真桜は両手をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳を力強く見開いた。
「ありがとう、真桜。そなたの覚悟が何よりの薬だ」
暁翔は穏やかな声で応じ、愛おしげに彼女を見つめる。
「なるほど……これは簡単なことではありませんね」
八坂は少し困ったような顔をしたが、諦める素振りはない。
「さて、神と縁を結び、半身が神化した真桜さんはどう映るか」
礼司が鏡を真桜の方へ向けた。途端、鏡から柔らかな桃色の光が漏れ出す。
「これは……」
三人が一斉に絶句したので、真桜は不安に駆られた。
「あ、あの、私にも穢れが移っているのでしょうか……?」
「いいえ、逆です。言葉を失うほどに、あまりに美しい」
礼司が感嘆を込めて微笑んだ。
「ええ。春そのものを纏っていると言いますか……薄桃色から淡い白へ移ろう絹地に、咲き誇る桜の花びらが風に舞う柄の、神々しい着物をお召しです」
八坂が、感嘆のため息をつきながら目を細める。
「心の芯の強さと、慈愛の柔らかさが調和している。誰かのために散り、また力強く花を咲かせる桜の精華……。そなたの本質は、まさにその名に相応しいものだ」
暁翔の真っ直ぐな称賛に、真桜は顔を真っ赤に染めた。
「あ、あの、私のことはもういいですからっ!」
たまらず礼司の手から鏡を奪い取る。
「八坂様と礼司様は……変化がありませんね?」
真桜が鏡越しに二人を覗きながら問いかけた。
「はは、裏表のない面白みのない親子でしょう?」
八坂がくつくつと笑い、礼司も肩をすくめて苦笑する。
「面白みがないなんて――」
真桜がそう言いかけたところで、入り口の扉が開いた。
「八坂殿。至急、神具の修理を頼みたいのだが――」
入室してきたのは、昨夜の氷の青年、東雲綾斗だ。
「……なぜ、貴様たちがここにいる」
真桜たちの存在に気づいた綾斗は、足を止めて眦を裂いた。
「申し訳ありません、お邪魔しておりました」
鏡を抱えたままの真桜は、反射的に鏡越しに綾斗を見た。そして、そこに映し出された姿に、思考が完全に停止した。
(え……? どういうこと……?)
鏡を通して真桜が見たのは、凛々しい洋装の青年ではない。
長い髪を背に流し、夜明けの空を閉じ込めたような薄桃色と紫の美しい振袖を纏った、気高くも華やかな姿だった。
「その鏡は――!」
綾斗の顔に驚きの色が浮かんだ。目を細め、深く息をついてから少し距離を取るように後退する。
「おまえ……見たな?」
その声は微かに震えていた。
周囲が事態を掴めぬ中、綾斗は急ぎ足で詰め寄ると、真桜から鏡を力任せに奪い取った。
「綾斗、どうしたんだい?」
礼司の問いに、綾斗はキッと睨んだだけで何も答えない。
「……話がある。ついてこい」
突然、手首を強く掴まれ、真桜は肩を震わせた。だが、彼の手が自分以上に激しく震えていることに気づいた彼女は、その強引な誘いを受け入れ、引かれるままに離れを後にした。
八坂が手に取ったのは、神楽鈴にも似た豪奢な神具だった。
「ご先祖が作った霊力を分け与える指輪に着想を得たのですよ。術者がいなくとも、霊力の乏しい者が妖を退けられるようにと」
「…あ、あの指輪……ですか」
真桜は低く呟き、反射的に胃のあたりが重くなるのを感じた。
白月家で幾年もの間、自身の力を搾取され続けてきた忌まわしい記憶が蘇る。だが、彼女はすぐに首を振り、暗い過去を振り払うように顔を上げた。
八坂が鈴を高く掲げると、清涼な音色が部屋中に波及し、澱んでいた空気が一変した。
「空気が磨かれたように清々しいです。暁翔様、いかがですか?」
真桜が問いかけると、暁翔は腕の装身具を解いた。しかし、琥珀色の瞳は静かに伏せられる。
「……残念だが、これでは俺の深淵には届かぬようだ」
「やはり一筋縄ではいきませんか。ならば、次はこれを」
八坂はにこりと笑みを絶やさず、机の上に鈴を置いた。
「礼司、あれを」
「承知いたしました」
礼司が抽斗から取り出したのは、厳重に布に包まれた古めかしい和鏡」だった。
「こちらは本質を映す鏡、とも言われています。外見に惑わされず、内なる本性を暴く神具です」
鏡面が露わになると、真桜はおずおずと彼らの隣に並んだ。その瞬間、曇っていた鏡から眩い光が溢れ出す。
そこに映し出された暁翔は、眩い威厳を纏っていた。金糸の刺繍が施された純白の狩衣。瞳は底の見えない湖のように澄み渡り、人を超越した美しさを放っている。
しかし、その神々しい姿を、無数の「赤黒い霧」が執拗に締め上げていた。それはまるで、救いを求めて縋り付く無念の亡者たちの手のようにも見え、真桜は悲鳴を飲み込んで口元を押さえる。
「こんな……。暁翔様は、これほどの苦痛に耐えていらしたの?」
封印が解けてから、彼は一言も苦しいなどと言わなかった。自身の力で、周囲を侵食せぬようこの毒を内側に封じ込め続けていたのだろう。
「人ならば、瞬時に発狂して鬼と化すほどの呪いですね……。これを抑え込んでいるとは、さすがは神の器としか言いようがない」
八坂と礼司も息を呑む。
「暁翔様……絶対に、絶対に私がこの呪いを断ち切ってみせます」
真桜は両手をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳を力強く見開いた。
「ありがとう、真桜。そなたの覚悟が何よりの薬だ」
暁翔は穏やかな声で応じ、愛おしげに彼女を見つめる。
「なるほど……これは簡単なことではありませんね」
八坂は少し困ったような顔をしたが、諦める素振りはない。
「さて、神と縁を結び、半身が神化した真桜さんはどう映るか」
礼司が鏡を真桜の方へ向けた。途端、鏡から柔らかな桃色の光が漏れ出す。
「これは……」
三人が一斉に絶句したので、真桜は不安に駆られた。
「あ、あの、私にも穢れが移っているのでしょうか……?」
「いいえ、逆です。言葉を失うほどに、あまりに美しい」
礼司が感嘆を込めて微笑んだ。
「ええ。春そのものを纏っていると言いますか……薄桃色から淡い白へ移ろう絹地に、咲き誇る桜の花びらが風に舞う柄の、神々しい着物をお召しです」
八坂が、感嘆のため息をつきながら目を細める。
「心の芯の強さと、慈愛の柔らかさが調和している。誰かのために散り、また力強く花を咲かせる桜の精華……。そなたの本質は、まさにその名に相応しいものだ」
暁翔の真っ直ぐな称賛に、真桜は顔を真っ赤に染めた。
「あ、あの、私のことはもういいですからっ!」
たまらず礼司の手から鏡を奪い取る。
「八坂様と礼司様は……変化がありませんね?」
真桜が鏡越しに二人を覗きながら問いかけた。
「はは、裏表のない面白みのない親子でしょう?」
八坂がくつくつと笑い、礼司も肩をすくめて苦笑する。
「面白みがないなんて――」
真桜がそう言いかけたところで、入り口の扉が開いた。
「八坂殿。至急、神具の修理を頼みたいのだが――」
入室してきたのは、昨夜の氷の青年、東雲綾斗だ。
「……なぜ、貴様たちがここにいる」
真桜たちの存在に気づいた綾斗は、足を止めて眦を裂いた。
「申し訳ありません、お邪魔しておりました」
鏡を抱えたままの真桜は、反射的に鏡越しに綾斗を見た。そして、そこに映し出された姿に、思考が完全に停止した。
(え……? どういうこと……?)
鏡を通して真桜が見たのは、凛々しい洋装の青年ではない。
長い髪を背に流し、夜明けの空を閉じ込めたような薄桃色と紫の美しい振袖を纏った、気高くも華やかな姿だった。
「その鏡は――!」
綾斗の顔に驚きの色が浮かんだ。目を細め、深く息をついてから少し距離を取るように後退する。
「おまえ……見たな?」
その声は微かに震えていた。
周囲が事態を掴めぬ中、綾斗は急ぎ足で詰め寄ると、真桜から鏡を力任せに奪い取った。
「綾斗、どうしたんだい?」
礼司の問いに、綾斗はキッと睨んだだけで何も答えない。
「……話がある。ついてこい」
突然、手首を強く掴まれ、真桜は肩を震わせた。だが、彼の手が自分以上に激しく震えていることに気づいた彼女は、その強引な誘いを受け入れ、引かれるままに離れを後にした。
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2025.4.19☑~