1 / 5
第一話
しおりを挟む
王宮の最奥に魔術師の塔があった。その主である筆頭魔術師エリオス・グレイヴァルドは、肩にかかる漆黒の髪と金色の瞳を持ち、白い肌がその暗い装いを引き立てている。
年齢を重ねた端整な顔立ちには、成熟した男性ならではのそこはかとない色気が漂い、鋭い瞳には深い知性を宿していた。
黒を基調としたロングコートには銀糸の刺繍が施され、腰には魔道具を携えていた。動くたびに裏地の深紅がちらりと覗き、威厳と危険な香りを孕んでいる。
彼は王や貴族たちから絶大な信頼を得ている一方で、不吉な存在として遠ざけられもしていた。
エリオスに関わると不幸になる――そんな噂が後を絶たなかったからだ。
確かに彼が操る魔術は、光や癒しの魔法ではなく、闇を宿す黒魔法。王国を幾度も救った実績があるとはいえ、その魔力の根源には未知なる部分が多く、誰もが彼を敬いながらも一線を引いていた。
だが――。
「エリオス様、今日も会いに来ました~!」
部屋の扉を開け放って入ってきたのは、伯爵令嬢のセシル・アーデルラインだ。
明るく積極的な性格を持つ彼女は、どこか飄々とした態度でエリオスの空気を乱す。
背中まで届く金色の髪を緩く編み込み、飾り気の少ない小さな花飾りを髪に挿していた。そのサファイアブルーの瞳は生き生きと輝き、朗らかな笑顔はまるで春の花のように愛らしい。
「また君か」
エリオスはあからさまに嫌そうな顔をした。
「またです! 今日もお菓子を作ってきたので、一緒に食べましょう!」
セシルは無邪気に笑い、勝手知ったる様子で台所に入ると、火の魔法で湯を沸かし始める。
ハミングしながら茶の用意をする彼女の姿を見て、エリオスは書類を脇に置き、ため息をつく。
「なぜ君は私に執着する? 私がどんな人間か、少しは考えたことがあるのか?」
「もちろんです!」
セシルは笑顔で振り返って胸を張る。
「エリオス様は王国一の魔術師で、私の命の恩人です!」
幼い頃、誘拐事件に巻き込まれた彼女を救ったのが、まだ筆頭魔術師になる前の若き日のエリオスだった。
『もう大丈夫だ、私が守る』
彼のその言葉と、優しく抱き上げてくれた時の温もりが、今でもセシルの心に深く刻まれている。以来、彼女にとってエリオスは『理想の英雄』であり、『想い人』なのだ。
「その恩義に報いたいというなら、もっと現実的な方法を考えるんだな」
「恩義とかじゃありません。私、エリオス様のことが好きなんです!」
きゃーと小さく悲鳴を上げながら、セシルは自分の顔を両手で覆い、ぶんぶんと左右に揺れる。
彼女の真っ直ぐな言葉に、エリオスは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに片眉を吊り上げる。
「君は愚かだ。私は人々の言う通り、呪われている。私に近づけば、君も不幸になるかもしれない」
「それなら……私がもっと幸せにして差し上げます!」
セシルの言葉に、エリオスは返す言葉を失い、彼女から視線を逸らした。
若かりし頃、彼は強大な黒魔法の力を手に入れる代償として、自らの魂に『孤独の呪い』を刻んだ。その呪いは、彼の愛する者に不幸を呼び寄せ、他者を遠ざける運命を背負わせるものだった。
呪いを解く方法は残念ながら不明だが、国を救うためには必要な力だったので後悔はしていない。
エリオスは、呪いを受けてから人々との距離を取り続けていた。王宮の筆頭魔術師という地位に身を置いたのも、国を守るという大義名分のもとで、自らの孤独を正当化するためだった。
しかし、セシルはそんなことはお構いなしにほぼ毎日、塔へ足を運んでくる。
「ずっとエリオス様を尊敬してきたんです、私の理想なんですよ。どうか、私と結婚してください!」
セシルの目は輝いていた。
「それならなおさら……私は理想に値しない男だ」
エリオスは苦々しい笑みを浮かべる。
「そんなことありません!」
「私と君にどれだけ歳の差があると思う? もっとつり合いの取れた男を探すがいい」
「たった十五歳差じゃないですか。父も説得済みですので、安心して求婚のご挨拶にいらしてください」
セシルは一歩も引かない。それどころか、彼の机に身を乗り出し、まっすぐに彼を見つめた。
「それをたったと言い切れる若さが羨ましい。それに私は呪われているのだぞ?」
「それでも、私はあなたの隣にいたいんです!」
「君を不幸にしたくないというのがわからないのか?」
「はい、わかりません」
にっこりと笑うセシルに、エリオスは再び大きなため息をついた。
年齢を重ねた端整な顔立ちには、成熟した男性ならではのそこはかとない色気が漂い、鋭い瞳には深い知性を宿していた。
黒を基調としたロングコートには銀糸の刺繍が施され、腰には魔道具を携えていた。動くたびに裏地の深紅がちらりと覗き、威厳と危険な香りを孕んでいる。
彼は王や貴族たちから絶大な信頼を得ている一方で、不吉な存在として遠ざけられもしていた。
エリオスに関わると不幸になる――そんな噂が後を絶たなかったからだ。
確かに彼が操る魔術は、光や癒しの魔法ではなく、闇を宿す黒魔法。王国を幾度も救った実績があるとはいえ、その魔力の根源には未知なる部分が多く、誰もが彼を敬いながらも一線を引いていた。
だが――。
「エリオス様、今日も会いに来ました~!」
部屋の扉を開け放って入ってきたのは、伯爵令嬢のセシル・アーデルラインだ。
明るく積極的な性格を持つ彼女は、どこか飄々とした態度でエリオスの空気を乱す。
背中まで届く金色の髪を緩く編み込み、飾り気の少ない小さな花飾りを髪に挿していた。そのサファイアブルーの瞳は生き生きと輝き、朗らかな笑顔はまるで春の花のように愛らしい。
「また君か」
エリオスはあからさまに嫌そうな顔をした。
「またです! 今日もお菓子を作ってきたので、一緒に食べましょう!」
セシルは無邪気に笑い、勝手知ったる様子で台所に入ると、火の魔法で湯を沸かし始める。
ハミングしながら茶の用意をする彼女の姿を見て、エリオスは書類を脇に置き、ため息をつく。
「なぜ君は私に執着する? 私がどんな人間か、少しは考えたことがあるのか?」
「もちろんです!」
セシルは笑顔で振り返って胸を張る。
「エリオス様は王国一の魔術師で、私の命の恩人です!」
幼い頃、誘拐事件に巻き込まれた彼女を救ったのが、まだ筆頭魔術師になる前の若き日のエリオスだった。
『もう大丈夫だ、私が守る』
彼のその言葉と、優しく抱き上げてくれた時の温もりが、今でもセシルの心に深く刻まれている。以来、彼女にとってエリオスは『理想の英雄』であり、『想い人』なのだ。
「その恩義に報いたいというなら、もっと現実的な方法を考えるんだな」
「恩義とかじゃありません。私、エリオス様のことが好きなんです!」
きゃーと小さく悲鳴を上げながら、セシルは自分の顔を両手で覆い、ぶんぶんと左右に揺れる。
彼女の真っ直ぐな言葉に、エリオスは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに片眉を吊り上げる。
「君は愚かだ。私は人々の言う通り、呪われている。私に近づけば、君も不幸になるかもしれない」
「それなら……私がもっと幸せにして差し上げます!」
セシルの言葉に、エリオスは返す言葉を失い、彼女から視線を逸らした。
若かりし頃、彼は強大な黒魔法の力を手に入れる代償として、自らの魂に『孤独の呪い』を刻んだ。その呪いは、彼の愛する者に不幸を呼び寄せ、他者を遠ざける運命を背負わせるものだった。
呪いを解く方法は残念ながら不明だが、国を救うためには必要な力だったので後悔はしていない。
エリオスは、呪いを受けてから人々との距離を取り続けていた。王宮の筆頭魔術師という地位に身を置いたのも、国を守るという大義名分のもとで、自らの孤独を正当化するためだった。
しかし、セシルはそんなことはお構いなしにほぼ毎日、塔へ足を運んでくる。
「ずっとエリオス様を尊敬してきたんです、私の理想なんですよ。どうか、私と結婚してください!」
セシルの目は輝いていた。
「それならなおさら……私は理想に値しない男だ」
エリオスは苦々しい笑みを浮かべる。
「そんなことありません!」
「私と君にどれだけ歳の差があると思う? もっとつり合いの取れた男を探すがいい」
「たった十五歳差じゃないですか。父も説得済みですので、安心して求婚のご挨拶にいらしてください」
セシルは一歩も引かない。それどころか、彼の机に身を乗り出し、まっすぐに彼を見つめた。
「それをたったと言い切れる若さが羨ましい。それに私は呪われているのだぞ?」
「それでも、私はあなたの隣にいたいんです!」
「君を不幸にしたくないというのがわからないのか?」
「はい、わかりません」
にっこりと笑うセシルに、エリオスは再び大きなため息をついた。
42
あなたにおすすめの小説
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
白狼王の贄姫のはずが黒狼王子の番となって愛されることになりました
鳥花風星
恋愛
白狼王の生贄としてささげられた人間族の第二王女ライラは、白狼王から「生贄はいらない、第三王子のものになれ」と言われる。
第三王子レリウスは、手はボロボロでやせ細ったライラを見て王女ではなく偽物だと疑うが、ライラは正真正銘第二王女で、側妃の娘ということで正妃とその子供たちから酷い扱いを受けていたのだった。真相を知ったレリウスはライラを自分の屋敷に住まわせる。
いつも笑顔を絶やさず周囲の人間と馴染もうと努力するライラをレリウスもいつの間にか大切に思うようになるが、ライラが番かもしれないと分かるとなぜか黙り込んでしまう。
自分が人間だからレリウスは嫌なのだろうと思ったライラは、身を引く決心をして……。
両片思いからのハッピーエンドです。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢は学園で王子に溺愛される
つちのこうや
恋愛
貴族の中で身分が低く、落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢の私。
そんな私の趣味は裁縫だった。そんな私が、ある日、宮殿の中の学園でぬいぐるみを拾った。
どうやら、近くの国から留学に来ているイケメン王子のもののようだけど…
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる