子猫な令嬢は呪われた筆頭魔術師の膝の上で眠りたい

宮永レン

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第二話

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 別のある日、エリオスがペンを走らせていると、部屋の扉が静かにノックされた。

「どうぞ」
 彼が視線を落としたまま応じると、扉がゆっくりと開く。

「失礼いたします、エリオス様! 少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」
 明るい声は、すでに部屋の中に飛び込んできていた。

 顔を上げると、手に籠を持って立っているセシルがいる。薄い日差しを浴びた彼女の姿は、まるで春の訪れを知らせる一輪の花のようだった。

「……今日は何の用だ?」
 エリオスは筆を置き、椅子に深く座り直す。

「今日はいいお天気ですし、少し外に出てみませんか? その……気分転換に」
 セシルは籠の中をちらりと見せた。中には香ばしい香りのするパンや瑞々しい果実、そして茶器のセットが入っている。

「庭でお茶をするのはどうかと思いまして」

 彼女の提案に、エリオスは再び目線を手元の書類に落とした。

「今は仕事中だ。それに、わざわざ君とお茶をする理由もない」

「私が来る時以外、ずっとお仕事漬けじゃないですか」
 セシルは微笑んで首を傾ける。

「仕事が好きなのだ、放っておいてくれ」
 そう返すが、本当はそれを理由に人との交流を避けているだけだ。

「ですが! 筆頭魔術師様がこんなに日の当たらない部屋にばかりいるのは、なんだかもったいない気がするんです」

 その言葉に、エリオスは眉を少しだけ上げた。

「もったいない?」

「はい。エリオス様は、容姿も素敵ですし――隠しておくのはもったいな……いえ、もちろんその知識や腕前が素晴らしいのは知っていますけど!」
 慌ててつけ加えるセシルを見て、エリオスは小さく息をく。

「……そんなことを言う相手は君くらいだな」
 彼は立ち上がり、黒いローブを軽く整えるとセシルに向き直る。

「わかった。少しだけ付き合おう」
 そうでも答えなければ、彼女はいつまでもここに居続けるに違いない。

「本当ですか? やったぁ!」
 セシルがぱっと明るく笑う。

 エリオスはその無邪気な表情に一瞬だけ視線を奪われた。

 この笑顔に惹かれない男は存在しないだろう、と彼は心の中で呟く。

 セシルの明るい声と柔らかな仕草が執務室の冷たい空気さえも温めるのを感じながら、エリオスは意識的に表情を引き締めた。

(だが彼女にふさわしいのは私のように呪われた人間ではなく、もっと安全で穏やかな人間であるべきだ)

 自分を戒めるように床に視線を落としながらも、微かに唇を噛んでしまう自分に気づき、エリオスは苦く笑った。


 それから広々とした王宮の庭園に移動した二人は、テーブルに籠の中身を広げる。

 セシルは慣れた手つきで紅茶を注ぎ始めた。エリオスは日差しを浴びながら、庭の様子を静かに見回している。

「いかがですか? 外の空気は」

「……まあ、悪くない」
 エリオスが短く答えると、セシルはくすっと笑った。

「ですよね! お天気の良い日に紅茶を飲むと、きっと疲れも取れますよ~」
 彼女は、籠から取り出した小さな焼き菓子を彼の前に差し出した。

「これ、私が作ったんです。よかったら召し上がってください」

「君は菓子作りが好きだな」
 彼女が楽しそうに料理をしている姿を想像すると微笑ましくなる。

「エリオス様の喜ぶお顔が見たくて」
 屈託のない笑顔が青空に映える。

「……では、いただこう」
 焼き菓子を口にすると、優しい甘みがいっぱいに広がった。

「ああ……おいしいな」

「本当ですか? よかった~!」
 セシルがはしゃぐ姿を見て、エリオスは目を細めた。

「君は、本当に単純だ」

「えっ、そうですか?」

「だが……その単純さが、時には心を和ませる」
 エリオスが静かに言葉を紡ぐと、セシルは少しだけ頬を赤くした。

「それって、褒めてるんですか?」

「さあ、どうだろうな」
 彼が曖昧に返すと、セシルは小さく笑い声を漏らす。


 その日の午後、執務室に戻ったエリオスは、ふと先ほどの庭園でのひと時を思い返していた。

(どうしてあんなにも懐いてくるのか……)
 自分の周囲に近寄りたがらない者ばかりだったこれまでの人生の中で、彼女のような存在は異質だった。

(セシルの声が消えた執務室は、こんなにも静かだったか……)
 再び訪れるかもしれない明日を思い、エリオスは自分でも知らぬ間に期待していることを悟った。

 そんな感情に気づいた瞬間、思わず苦笑を浮かべる。

 これではまるで、恋をする若者のようだ――。
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