子猫な令嬢は呪われた筆頭魔術師の膝の上で眠りたい

宮永レン

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第五話

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 塔に戻った後、エリオスは、セシルをソファに座らせ、擦り傷に治癒魔法をかけていく。彼女は平気そうな態度をとっていたが、体が少しだけ震えていた。

「これは……エリオス様と二人きりだから緊張して……」
 彼女は言い訳するように無理やり笑おうとする。

「私と関わるとろくなことがないとわかっただろう。明日からもうここへ来てはいけない」
 エリオスは彼女を突き放すように言った。

「わかりました……なんて、言うと思いましたか?」
 一瞬俯いたと思ったセシルが、顔を上げてにっこりと笑う。

「子どもの頃に誘拐されたのはエリオス様のせいではありませんし、今回だって助けにきてくれたから、全然問題ありません!」
 セシルはあっけらかんと言い切った。

 なんと愚かな――そう思いつつも、セシルの真っ直ぐな想いはエリオスの胸を熱く焦がす。

「君を……不幸にしたくないだけだというのに、なぜわからない?」

「私にとっては、エリオス様と離れることの方が不幸です」
 セシルは澄んだ瞳で彼をじっと見つめる。

「私は……何度も忠告したからな」
 ため息をつきながら紡がれる彼の低く甘い声が、セシルの心を静かに揺らす。

「……君をもう離さない」

「エリオス様……」
 セシルの頬が赤く染まる。

「もしセシルが本気で私を選ぶなら、君の望みを叶えるために私も全力を尽くそう」
 エリオスは跪いて彼女の手を取り、その甲にそっと唇を落とした。

「も、もちろん本気です! エリオス様がいない世界なんて考えられません!」
 彼女はゆだったように真っ赤な顔で、声を上ずらせて答える。

 その様子にエリオスは思わず小さく笑った。

「……君のような無鉄砲な――いや、手に負えない小さな子猫を、私は放っておけないらしい」
 エリオスは立ち上がって彼女の隣に腰かけると、髪をそっと撫でながら、その耳元に囁く。

 セシルの胸は、その声の甘さに教会の鐘のごとく大きく高鳴った。

「子猫……ですか? そんなこと初めて言われました」
 頬を染め、反射的に繰り返した。

 そんな彼女にエリオスは微笑を向ける。

「無邪気に周りを振り回し、気がつけばこちらの胸に飛び込んでくる。そうかと思えば、急に姿を消して。君はまさしく――子猫のような愛しさに満ちた存在だ」

 それを聞いたセシルは、飛び上がりたいほど嬉しくなった。

「エリオス様、今の……もう一度言っていただけます?」

「これ以上は、君が調子に乗るだけだ」
 エリオスは憮然とした表情で返したが、勢いよく抱きついてきたセシルを胸の中につかまえながら耳を赤くする。

「エリオス様!」
 彼女の温もりが伝わるその瞬間、エリオスの胸の中で何かが静かに溶けていくのを感じた。

 彼は、最愛の子猫の細く柔らかな体を膝の上にのせ、優しく抱きしめる。

 セシルはエリオスの膝の上で、心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、彼の胸元にそっと寄り添っていた。けれど、彼女がそっとエリオスの顔を見上げた時、向けられている瞳があまりにも真剣で、呼吸が一瞬止まる。

「……セシル」
 低く囁くような声が、彼女の耳をくすぐった。エリオスの手が彼女の頬に触れそうで触れない位置で静止している。

「な、なんでしょう……?」
 セシルは震える声で問い返し、無意識に目を伏セシルが、そのままではいられず、もう一度彼の顔を見上げた。

「君は……私のそばにいると危険な目に遭うかもしれない。それでも、君を遠ざけることは、もうできそうにない」
 エリオスの声はどこか悲しげで、その視線が揺らぎそうになる。だが彼女から目を逸らすことはなかった。

「……私も、もっと強くなれるように魔法の勉強を頑張ります」
 彼女は驚くほど真っ直ぐな目でそう言いきり、彼の言葉に込められた不安を受け止めようと、彼に向かってさらに身を寄セシル。

「だって、私はエリオス様のことが――」

 言葉の続きを紡ぐ間もなく、エリオスが静かに顔を近づけた。

 エリオスの手がそっと彼女の頬に触れると、彼女は驚いたように目を泳がせる。けれど、彼の優しい眼差しがその動きを縫い留めた。

 セシルの呼吸は浅くなり、逸る鼓動の音が彼にも聞こえてしまうのではないかとどぎまぎする。

「セシル……」
 彼の声はいつになく甘く、優しく響いた。そしてそのまま、彼の唇がセシルの唇にそっと重なる。

 驚きに瞳を見開いたセシルだったが、彼の温もりがあまりにも柔らかく、優しくて、抗うどころか自然と目を閉じてしまう。

 胸の高鳴りは治まらず、ただ彼の存在だけが心を満たしていた。

 二人の間に流れる時間はまるで永遠のようで、けれど一瞬のようでもあった。

 唇が離れる頃には、セシルの顔はさらに真っ赤になり、エリオスが愛おしそうにそのすべらかな肌を撫でる。

「……愛している。私と結婚してほしい」
 彼の囁くような声がまっすぐに心に響き、セシルの胸がさらに早鐘を打った。

「エリオス様……こんなの、反則ですよ……」
 セシルは背中に汗をかきながら、精いっぱいの言葉を口にした。

「君が何度も反則技を使ってきた結果だ」
 エリオスは小さな笑みを浮かべ、彼女の肩に手を置く。

 その言葉にセシルは目をぱちぱちさせたが、すぐにはにかんだ。そして、勇気を振り絞るように、もう一度彼の胸にそっと額を預ける。

 エリオスは彼女を静かに抱きしめ、何も言わずにセシルの温もりを受け止めていた。

 こうして、孤独筆頭魔術師と子猫のように無邪気な伯爵令嬢は、少しずつ新たな未来を歩み始める。


 呪いを解くことはできたのか?

 それは、二人だけのとびきり甘くて幸せな秘密――。



 ―了―



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