子猫な令嬢は呪われた筆頭魔術師の膝の上で眠りたい

宮永レン

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第四話

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 エリオスはその報告を受けた瞬間、全身が凍りつくような衝撃を受けた。

「……私の聞き間違いか? セシルが何だと?」

 報告を繰り返す兵士の声が耳に届かない。頭の中には「誘拐」という言葉がこだまし、彼の冷静な理性を一気にかき乱していく。

 ――まさか。彼女がこんな形で危険に晒されるなど。

 心の中でそれを否定しようとしつつも、無意識に拳を握り締めていた。指先が白くなるほど力を込めていることに気づかない。

「どこだ? そいつらの隠れ家は」
 低く鋭い声が兵士たちを震え上がらせた。

 普段の冷静沈着なエリオスとは明らかに違う、殺意すら感じさせる気迫だった。

「申し訳ありません、まだ場所の特定は――」

「頼りにならんな」
 エリオスは兵士の言葉を遮ると、すぐに自身の魔法でセシルの痕跡を探り始めた。

 彼女が自分の魔法を宿した魔除けのネックレスを身に着けているおかげで、かすかな魔力の残滓を感じ取ることができた。

 ――待っていろ。必ず見つけだす。

 彼の胸の中には、抑えきれない焦りが渦巻いていた。いつもなら冷静に状況を分析するエリオスも、この時ばかりは自分を完全にコントロールできなかった。

 ――もし、もしも彼女に何かあったら……。

 その考えを振り払うようにエリオスは立ち上がり、黒いローブを纏った。その動きには迷いが一切なく、ただ一つの目的に向かって進むという覚悟が感じられる。

「道を開けろ。私が行く」

 周囲の兵士たちが彼の纏う空気に押され、一斉に道を譲った。

 エリオスの表情には冷静さを装っているものの、奥底に潜む激しい怒りが垣間見える。その瞳は鋭く光を放ち、見ている者すべてを圧倒した。

 ――セシル。私と関わると不幸になると、身をもってわかったことだろう。

 そんな自嘲の思いが胸をよぎるが、同時に心の奥深くで別の感情が膨れ上がってくる。焦り、怒り、そして……彼女を失うかもしれないという、抑えようのない恐怖だった。

「待っていろ、セシル。私が必ず助ける――」
 エリオスはその言葉を誰にも聞こえないほど小さく呟くと、彼の黒いローブの裾が風に揺れた。まるで夜そのものが姿を変えたような、圧倒的な威圧感を纏って。

 そしてエリオスが廃屋に到着する頃には、彼を止めようとする兵士もいなかった。圧倒的な魔力の波動が周囲を支配し、エリオスの後ろには誰一人としてついていけなかったのだ。

 ――私の大切なものを奪おうとした罪の代償を、必ず払わせてやる。

 廃屋に到着したエリオスは、一緒に来た兵士たちを一瞥し、短く命じた。

「黒魔法に巻き込まれたくなければ、ここで待機していろ」
 その冷徹な声に兵士たちは静まり返り、誰も反論できなかった。

 エリオスは漆黒のローブの裾を翻し、真っ直ぐ建物に向かう。彼が指先を鳴らしただけで、触れてもいない扉の鍵が外れる音がした。

 中は薄暗く、湿った空気が漂っていた。そこに立つだけで何か異様な圧力が満ちているように感じられる。エリオスの視線が密輸団のリーダーと、その後ろで縛られているセシルを捉えた。

「どうやって入った!?」
「近づけばこの娘の命はないぞ!」
 リーダー格の男が叫びながら、ナイフをセシルの首元に突きつけた。

「エリオス様……」
 セシルはかすれた声で彼の名を呼んだ。疲労の中にも、彼を信じる気持ちが伝わる声だった。

 エリオスは一瞬だけ彼女を見つめると、静かに目を閉じた。

「……貴様らは自分が何に触れたのか、まるで理解していないようだ」
 その声は冷たく、静かな怒りが滲んでいる。

「な、なんだと?」
 男たちが明らかに動揺し、中にはじりじりと後退する者もいた。

「『グレヴァノス』――月無き夜の盟約に従い、その牙を解き放ち、深淵へと導け」
 エリオスが目を開いて低く呟くと同時に、彼の周囲に黒い靄が立ち込めた。

 それは徐々に形を変え、巨大な影のような姿をとり始めると、するすると男たちの足元に広がっていく。

「こ、これは……!」
「息が苦しい……」
「ひぃぃ……助けてくれ!」

 密輸団の男たちはその場から逃げ出そうとしたが、伸びた影が壁を這い、彼らの退路を塞いだ。暗黒の存在は巨大な口のようなものを開き、不気味な咆哮を上げる。

「お、おい、待て! 話せば分かる!」
「許してくれ! 金ならいくらでも出す!」
「盗んだものも、この女も返す、だから――」

 リーダーは恐怖に顔を歪め、ナイフを取り落とした。
 
 男たちは次々に膝をつき、泣きながら命乞いを始める。だがその祈りが届くことはなかった。

 エリオスが一歩前に踏み出し、静かに手を凪ぎ払うと、影の巨大な口がばくんと男たちを次々と飲み込んでいった。

「ぎゃああああ!」
「助けてくれ! うわあああ!」
 その絶叫が止むと同時に、室内は静寂に包まれた。

 エリオスは無言で手を下ろし、黒い影が消えていくのを見届ける。

 その中心に残ったのは椅子に縛られたままのセシルだ。彼女の淡い巻き毛が渦巻く風に靡いて、静かに元に戻る。その瞬間、首にかけていたネックレスの水晶が砕け散った。

 セシルは、黒魔法を受けながらも、このネックレスが自分を守ってくれたのだと理解した。おそらく彼もそれをわかっていたから、躊躇なく魔法を発動させたのだ。

 エリオスが指を軽く動かしただけで、彼女を拘束していた縄が緩み、その場に落ちる。

「立てるか?」

 セシルは呆然と彼を見上げながらも、すぐに小さく頷いた。

「ありがとうございます……エリオス様、本当に……」
 その瞳には恐怖もあったが、それ以上に感謝と信頼があった。彼女がふらつきながら立ち上がるのを支え、エリオスは静かに口を開いた。

「……君が見たものに怯える必要はない。あれはただ人や物を転移さセシルだけの召喚魔法だ」

「えっ……?」
 セシルは驚いたように目を見開いた。

「あの男たちは今頃、王宮の牢で震えているはずだ」
 エリオスの低い声には、どこか慰めの響きがあった。

「そうなんですね……」
 ほんの少しだけ、怖かった。けれど、きっと彼はこうして人々から距離を置かれていったのだろうと思うと、胸が切なくなる。

 エリオスを独りにはしたくない――。

 セシルは彼の腕に頼るようにしがみついて歩き出した、そうしていないと彼がどこかに行ってしまいそうな気がして。

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