黄金の狼の傭兵団

栗菓子

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第14話 母の美しき変容

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カーラ姫は、男など誰も信用しなかった。
卓越した頭脳と能力と美貌を持った姫は、持てる者でありながら、『父』という悍ましい暴君に抑圧され、母と共に苦しめられたのだ。父譲りの苛烈な気性がその痛みに満ちた記憶が、男を赦さなかった。
愛は無いとはいえ、情が深い母の愛によって、カーラ姫は、苦しい幼少時代をなんとか過ごしたのだ。

シン将軍に討伐された時、カーラ姫は、歪んた黒い笑いをした。
あのままでは、カーラ姫は、戯れに、父より悍ましい男の所有物になるか? 殺されるかどちらかの運命だったであろう。 運命の女神は、わたしに味方したのだ。
ふふと彼女は微笑んだ。淑女の微笑が三日月の笑いをした。

彼女らは、シン将軍の保護の元で、城の奥深く生きてきた。
カーラは、それでもいいと思っていた。憎い父は敵に殺された。カーラは殺されないために、シン将軍に利用価値がある女と能力を見せた。卓越した頭脳によって、シン将軍に軍略に助力したり、カーラはシンの施政の助力をした。

ここサイカ国では実力主義だ。姫と言う身分だけでは生き残れない。何か一つでも主人に貢献しないと、たちまち処刑される過酷な世界だ。
シン将軍もカーラの能力は仕えると思い、生かしておいた。その母サーラも、民にしては能力があり、女たちを上手くまとめ、生活能力がは十分にあり、侍女としては優秀だった。

生き延びたことに、彼女らは感謝したが油断は禁物だ。ここでは、魑魅魍魎が跋扈している世界だ。
誰もいざとなったら助けてくれない。己で未来を切り開くしかない世界だ。

そんな中で母は唯一の支えだった。母もカーラを大事に愛おしく思っていた。


母は不思議な人だった。サーラと言う水の女神の名前だろうが、時折、満月や或る時に、何かに導かれるように不意に姿を消すのだ。母は神や目にみえないものと繋がっているのかもしれない。
だから。あの悍ましい父も母だけは殺せなかったのだ。

カーラは現実主義で合理的だったが、時折、世の中には理屈ではないなにかかあるとは解っている。

或る深夜、母は美しく変容していた。男との情事に乱れた髪と服装。男のかすかな痕跡。

カーラは潔癖な娘らしく嫌悪を露わにしたが、母親は水底の深淵を湛えた瞳で娘をじっと見た。

「これは合意の上だ。わたしはついに運命の伴侶を見つけたのだ。」

「どこその何も知らぬ男が運命だと?」

カーラは信じられなかったが、母は前にもまして美しく妖艶になっていった。

「お前には分らないけど、わたしと彼は嗚呼これが運命なんだとお互いにわかったんだよ。」

「彼は、恐らく別の国だね。サイカを調べるために来たんだよ。」

「彼とのまぐわいはとても懐かしく夢のようであった。」

「お前は娘として愛している。でもそれとは別にわたしは運命の伴侶と会ってしまった。」


サーラは超然と、娘に女神のように語った。
「彼は、わたしの夫。わたしの男だよ。お前でも傷つけたら許さない。」

カーラ姫は、子どものようにぽろぽろと泣きじゃくった。母親を奪われた。男なんかに。伴侶だなんて・・。

サーラは僅かに悲し気に娘を見た。
「お前もいつかは分かるだろう。運命の伴侶が現われたら、私の気持ちも分かるだろう。」
「お前は娘としてあいしているんだよ。」

それでも、カーラは子どものように首を振った。わからない、わかりたくない。私の母が、伴侶を見つけたなんで・・それも他国の男と・・。

彼女は、まだ男と女の恋愛や、関係には未熟であった。

彼女は唯、母に裏切られたと思った。子どものように喚きたかった。しかし姫の矜持が赦さなかった。
いつかわたしにも分かる時がくるのか・・?

その時まで、彼女はこの痛みを悲しみを堪えた。

彼女もまた運命によって親に置き去りにされた子どものような気分だった。

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