浮生夢の如し

栗菓子

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第5話 子どもの世界

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半死人と呼ばれた子どもはかろうじて白い手だけは動かせるようになった。

実は、こどもは死者の世界も知っている。
子どもは死者の世界で逃げ回っていた。その世界では五体満足だ。
死者の世界も安全なところもあれば危険なところもある。
うっかり危険なところに迷い込んだ子どもは色々とアブナイものを見てきた。
女の顔をした大蛇が獲物を丸呑みしている捕食している様子。
鬼のように角が生えている女が自分の子どもを嬲り殺して最後には可愛い犬のようなものに肉片を喰らわせていた。
その時だけは鬼のように醜い女が愛し気に聖母の笑みを浮かべた。

老人を虐待している男もいる。恐らく家族だろう。あれは多分父親だ。
地獄のような光景もあれば、現実的な虐待の光景もある。

老婆を連れて、時々我慢ならないように頭をぶつ男。母と息子だ。
派手な女が買い物をして、まとわりつく子どもにハイヒールを履いた靴で蹴り倒す。
こどもは衝撃で倒れる。 血だらけだ。
全く愛のかけらも情のかけらもない母親と子どもの光景。
それでも子どもは追いすがる。やせ細った子ども。
要らない子どもだったのだ。

死んでも同じことを繰り返す人たちがいるらしい。

要らないなら産まなければよかったのに。ああストレスのはけ口か。
弱いものほど子どもはサンドバッグなど殴っても文句言わない都合の良い人形にして殺す。
穢い親だ。


それらを見ると、家族なんでほんとうは不要なんじゃないかと思う。
なんであんな親子ができたんだろう。


私はまだ恵まれていたのか。本来は死んでいるはずなのに、何を間違ったか現世に生まれてしまった。
そのせいで両親を嘆かせ、首を何度も絞めかけられた。
当然だ。昔からできそこないは間引きされていた。

できそこないにも生きる価値があるとおためごしをいう偽善者が綺麗事を言った。
世迷言を。
このどんどん厳しくなる現世に、普通の人でさえも必死で生きているのに、できそこないが生まれたら殺意しかないではないか。何の役にも立たない生き物。親を嘆かせるだけの生き物。

それが私だ。偶々生まれて殺されかけて偶々生き延びた子ども。

下らないと思うが生きるしかない。死者の世界は思ったよりも凄惨だ。

なるべく少しでも現世で安らぎたい。どんな苛酷な治療でも耐えよう。

現世でも死者の世界でも醜悪なものはたくさんある。子どもはそれをとうにしっていた。

その中で、本当に信じられる人や、好きな人に殴られず普通の関係を営むのは幸運だろう。

その美しい光景を見たいものだ。

それを望み、こどもは現世で戦う覚悟を決めた途端目が覚めた。

正義感の強い医者や、心配そうにみている看護師が半死人の子どもを見て居た。

嗚呼、夢だけど夢じゃない。あれは・・

「君にこれからとても過酷な治療をする。君にとっては死んだほうがましかもしれない。それでもいいかい。
それとも安楽死の方が良いかい?」

子どもは白い手でひらひらと否と言った。
「じゃあ、過酷な治療をするかい?」
うんと白い手がこくこくと頷いた。
正義感の強い医者はほっと安堵の息をついた。
優しそうな看護師さんも頑張りましょうと言った。

なかなか良い器量をもった方たちだ。あんな性格が崩れた家族など思いもよらぬだろうな。
それでいいんだよ。あんな奴らにはかかわるな。
まともなやつは、まっとうな世界と健やかな人生を送るんだ。


これから頼むぞ。白い手の子どもは命運を医者と看護師に委ねた。

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