5つの花の物語

栗菓子

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馬酔木の章

第10話 危険な関係

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激しい情交の夜を過ごした後、貴族の男は下劣な男が去っていくのを見た。
始めての行為だった。痛みはあったが、官能もあっていけないと思っても女としての快楽を味わった。
ナルシスのように女神が罰を与えたのだろうか?だとしたらなんという官能的な罰であったことか。
下劣な男はこれに味を占めただろう。口止めに貴族の男に金品をせしめるかもしれない。馬鹿な男。
貴族の男のほうが身分が高いのに。私が信頼できる業者に頼めば、男一人始末するなど訳もないのに。
征服欲に酔いしれた男。何かに人は酔いしれる。客観的に見るとなかなか醜悪だな。
だが、貴族の男は黙った。初めての情交に貴族の男にも毒が回ったらしい。
俺専用の女か・・思い上がりもいいところだ。だが、女としては悪くない。
貴族の男は、男と女の心を交互に味わった。

しばらくあの男と付き合ってみよう。殺されるかもしれないが・・それもまた一興。自己陶酔にも疲れるのだ。
女神の罰は、自分にとってはチャンスかも知れない。何かを変えるきっかけになった。

危険な関係だが、官能と快楽には逆らえない。貴族の男は面白いと愉楽に浸った。
馬でも酔いしれる木をアセビといったか・・嗚呼そういえば結婚式の花嫁はアセビと言ったな。

私も馬鹿になったようだ。彼は奇妙にも晴れやかな気持ちだった。
訪問するはずだった結婚式が、惨劇に塗れたことは、今だ貴族の男には知る由もなかった。


地獄を味わった男は、新しい飲み場でとある飲み友達を得た。
男はすっかり身も心も強くなった。色々世間の荒波や、闇を知って少しは大人になったのだ。
勿論、母親のように慕っているシスターや馴染の娼婦とは仲良くしている。
しかし新しいところへも行きたくなって、男は渋い飲み屋に行った。
そこで愉快そうに笑っている奴らが居た。面白そうだな。

うん? こいつ何かしたな。男は一目で何か脛がありそうな奴とか、危険な奴を見分けるようになった。
ニタニタと思い出してはにやけている男がいたのだ。顔の造作は整っているのに台無しだ。
随分、楽しそうだね。何かいいことでもあったのかい。
男は笑って話しかけた。
ああ・・俺専用の女ができたのさ。面白いんだせ。それが貴族の男なんだ。
男のくせに、女の恰好をして大鏡を見て居たんだ。
あいつ女になりたかったんだよ。いるよな。そういうやつ。面白くて襲ったよ。
あいつ。逆らわなかった。俺を受け入れたんだよ。普通の女はギャーギャーと喚くよな。あれがうるさくてさ。
でもあいつは、なんだか俺をどうしたらいいのかと迷っているようだった。やがてあいつは俺を女として受けいれたんだよ。俺なんだかうれしくてさ。あいつを優しく舐めて優しく犯したよ。
あいつも初めての情交だったらしい。お互いにもう燃え上がったよ。
なんだかあいつとは長く付き合える感じがするんだ。


男は鋭く、相手を見た。
おい。まさか。女に暴行とかしていないだろうな。強姦とか。

へん。しようかと思ったけど、近頃は女のほうが気が強いし、やり返すタイプだからしねえよ。
ここんところ、物騒だしな。俺以上に頭がおかしい犯罪者が殺されているじゃねえか。
俺に気のある女しかしねえよ。あいつもなかなかまんざらでもなかったしな。

そうかそれならいい。お前に気のある女しかやってはいけない。あまりひどいことはするなよ。
酔いしれてエスカレートする奴もいるからな。

わかってらあ。俺だって結婚式のような惨劇を起こすようなたいそれた犯罪者になりたくねえよ。
犯人はやっぱり貴族だったんだろ。相当頭がおかしいよな。あいつら。

そうかそれならいい。
男は冷ややかに、ニタニタしている男を見た。
女を強姦し、殺しているような奴だったら密かに殺そうと思ったが、まだやってはいない。
自分でも危ないと分かっているようだ。

それにしても貴族の男と情交をするとはな。無謀な。殺されるとは思わなかったのか。
それを受け入れる男もなかなかいかれている。


男はふうと溜息をついた。どうしてこんな悪運が強い奴が生き延びて、純粋な娘さんが自殺するのかね。
復讐はなされたけど、世の中なんか支離滅裂で不条理じゃないかい。神様。


男はうんざりと、浮かれているニタニタする男を見やった。
神様。だから。復讐をする人は後を絶たないんだよ。

男は上を向いた。 まったく・・


命拾いしたニタニタする男は、冷たく見る視線に気づかず、情交の余韻に浸っていた。

世の中は、知らないほうが良いことがある。
男はそれを知った。
                           完             

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