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017 小田原評定
しおりを挟む軍勢を引き連れて氏真は静岡を発った。
俺とお市も馬首を並べて同行する。
途上、芦ノ湖畔の箱根神社で戦勝祈願を行った。
敗戦直後のため、出せる兵は少なく、損耗を避けなければならない。
久しぶりの合戦で俺の頭の中は一杯だった。
「今川殿の申した通りになった」
開口一番、氏康が言った。
「手の者に検めさせたところでは、景虎の本陣は三国峠から動いてはいない」
ここは小田原城の一室。
北条氏康に呼ばれた氏真と俺は武田方の援軍の将と共に談合に及んでいる。
「景虎が我らと和睦したいというのはまことのようでございますな。
それがため、まずはおのれの意に従わない家中の者どもに先駆けさせ、それを我らに喰わせるとのことですが、ならば我らは喰らいつくさねばなりませぬ」
武田の将、真田弾正幸綱が氏康に先を促した。
「うむ。厩橋まで敵の先鋒を釣り出すことを考えておる。
そこで景虎の本陣と切り離しつつ包み込む」
氏康は右手で何かを握り潰すような動きをする。
「ですが、それだけでは事は成りますまい。
景虎が先鋒を見捨てて陣払いをするだけの口実が要りましょう」
「その通りだ。弾正殿。そこで武田家に……」
「はい。そう思いまして、我が主は信濃への出兵の用意を進めております」
「流石は武田殿、話が早い」
そう言って微笑した氏康が俺達を見る。
真田幸綱がその視線に応えて言った。
「では我らは敵の背後で荷駄を襲うということに」
「うむ。武田家、今川家の方々にはそのようにお願いする」
という流れで軍議が決まりかけた時に俺の頭にピンときたものがあった。
「氏真、頃合いを見て俺途中で抜けるわ」
「ん? 太郎、どうしてだ?」
「俺が行って春日山に放火した方が全体早く進むんじゃないかってな」
「べつにいいけどあまり焼き過ぎるなよ」
「わかってるって氏真。春日山に未練が残る程度に燃やしてくる」
まぁ、あんな良い女を泣かしたら申し訳がないし。
そんなこんなで武田からの援軍と共に今川の援兵五百は上州へ向けて進発した。
道々、風魔の者が伝令にやってきては敵の情勢を逐一教えに来てくれるあたりに三国の連携の良さがうかがえる。
景虎は先発隊が沼田を落とした翌日に進駐してきたそうだ。
今現在、敵の先鋒は渋川の白井城を制圧して厩橋の手前で略奪中だが、景虎は沼田から一歩も動く気配がないらしい。
「では皆様もこれを」
そう言って真田弾正幸綱が俺達に寄越したのは襤褸切れの山だった。
野盗の仕業に見せかけて見た目の脅威度を下げ、時間を稼ぐ。
本当の所は世良田とか徳川村のあたりまで引き込んで分断したいところだが、下手に内懐まで引き入れると旧上杉恩顧の諸将が寝返りかねない。
包囲を形成しつつ後方との連絡を遮断して景虎が撤退する口実を作ったあとは居残り組を磨り潰すだけ。
「そういうわけでアンジェリカ、俺達も出ることになった」
「……断る。なぜ私が今川の味方のために働かなければならないのだ」
利根川に沿って遡上する途中でそう言うと
つーんとそっぽを向いてお市は俺の頼みを拒絶した。
「なら聞くが、白薔薇騎士団の調練に手を貸しているのに今更何を言ってるんだと」
「あれは女ばかりだからだ。だからつまらぬことで死なぬように助けている」
「ふぅん。視野が狭いな。姫騎士アンジェリーク」
「なんだと!」
キレたお市が俺を睨む。
「考えてもみろ。お前の兄、信長の前に立ちはだかることになるかもしれない長尾家を叩く好機じゃないか」
「だがそれがために家中のまとまりが強くなってしまったらどうするのだ」
「それはそれ、これはこれ。その時はその時よ」
「なっ……」
お市は呆れかえったような表情で俺を見る。
「揚北衆の有力武将を磨り潰しておけば長尾景虎の力を削ぐことになる。一毫もお前の兄の役に立たぬという訳ではない」
「くっ。そんなことでこの私が騙されるものかっ!」
「アンジェリカ。お前も強情なやつだな。俺はお前を元の姿に戻せるのだぞ?」
「なんだと!?」
お市がまじまじと俺の顔を見た。
目が見開かれて瞬きひとつしない。
「アンジェリカ、俺は嘘偽りは絶対に言わん。お前を元のお市に戻してやる。
だが、その時と場所については約束など一切しない」
お市の手首を掴んでぐいっと俺に引き寄せ、そう告げる。
燃える瞳が俺を睨んで炎を吹き出す。
「本当に最低の屑だな」
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