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019 低強度紛争の手仕舞
しおりを挟む北条氏康が動いた。
小田原を進発した軍は各所への押さえを残しつつ北上する。
時間との勝負とばかりに早駆けに駆けた氏康の本隊は河越城の兵を吸収、忍で成田勢と合流すると厩橋城に迫った。
この時、乱取り目当てで先鋒を勤めた諸将からは景虎の本陣に救援を求めて使い番が派遣されていたが、それらは悉く真田弾正の手勢に討ち取られている。
そんな中、武田信玄が北信濃を窺う動きを見せた。
当然、軍議は紛糾する。
春日山が危ないという主張と厩橋に孤立した先鋒を救出すべきとの意見が対立、
結論が出ずに話し合いが暗礁に乗り上げた最中、護摩行を終えた景虎がふらりと現れた。
「春日山が危ない」
鶴の一声だった。
これで会議は決し、厩橋城に籠る先鋒を除いて陣払いとなる。
物のついでとして、籠城する厩橋救援に兵が差し向けられたが、背後を遮断する真田勢に追い返されて終わりとなった。
「厩橋は力攻めで落とす」
諸将を集めた軍議の席で北条氏康が宣言する。
長尾景虎との手打ちが現実となってきたことで、無理攻めでもその後の収支は合うと踏んだのだろう。
元上杉恩顧の大名らの離反が少なかったせいで兵力にも余裕がある。
俺達今川や武田の援軍は後詰めに回されて休養を取ることとなった。
「やる気のない軍神とのいくさというのは初めてですな」
慰安を兼ねた宴会の席で真田弾正が言う。
「いや、まったく。こうもあっけないものに終わるとは思いませなんだ」
盃を受けながら氏真が応えた。
「北信濃に入った景虎殿は腰を抜かすことで御座いましょう」
意味ありげな顔で真田弾正幸綱が笑う。
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長尾景虎は軍を急がせた。
春日山が落ちてしまってはその後の和睦でも不利になる。
信玄が信濃を抜ける前に陣を張らねば……!
その思いで軍を急がせた景虎は春日山に武田の旗が立っていないことに安堵しつつも城を素通りして進む。
そうして寝る間も惜しんで雪崩れ込んだ北信濃には武田の兵は一人も残ってはいなかった。
無人の海津城に入った長尾景虎は大広間の柱に縫い付けられた墨書を見て大笑したが、その意味に気付いた者は先の関白近衛前嗣と直江景綱しかいない。
「この城を長尾殿に御預け致す 武田徳栄軒」
こう大書された半紙を目にした景虎はさほど不快には感じなかった。
言外に「この城はオラんだ」と言っているのだが。
――越後百十五万石の夢と比べれば安いものよ。
そう思うと海津城などどうでも良くなってくる。
春日山への帰途、景虎はずっと笑みを浮かべていた。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「今川殿からの使者だと?」
「はい」
春日山へ戻った景虎を待ち受けていたのは今川家からの使者だった。
使者は岡部元信と名乗り、今秋に行われる氏真の戴冠式にお招きしたいと告げた。
甲斐の武田家、小田原の北条家からも全権を持った代表がやってくる――そう語った岡部元信は意味ありげに笑ってみせる。
「御屋形様、武田の領内を通るのは危のう御座います」
「なんの。そうならぬよう、我ら今川が送り迎えの軍勢を出しましょうぞ」
長尾家家中の反対の声に岡部元信はそう答えた。
「我が主の戴冠式の客が道中で遭難したとあっては、お招きした我が主の名に傷が付きまする」
はっきりと断言する岡部元信を見て長尾景虎は静岡行きを決断した。
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さて、一連のいくさも終わって静岡に戻った俺達は事後処理もそこそこに次の仕事に手を付ける。
そして台風シーズンの終わった好天の日を選んで氏真の戴冠式が今川家菩提寺の臨済寺で行われることになった。
方々に招待状をばら撒いたので今川家中だけではなく、武田や小田原の北条家からの代表団も顔を見せている。
一応、俺は織田家や三河の松平家にも招待状を送ったんだが返事は無かったな。
織田信長に招待状を送ったのは俺の発案だったりする。
ちなみに信長は書状の文面を読んでヒステリーを起こしたそうな。
桶狭間の失敗以降、織田家中の空気は悪くなる一方らしい。
それはそれとして、サプライズゲストで斎藤義龍の名代に竹中半兵衛が来たのには驚いた。
「せっかくのお招きですが、あるじ義龍は訳有って来られませぬ」
そう言って謝罪する竹中半兵衛を見ていて、俺はちょっと引っかかることがあった。
確か斎藤義龍って来年病死するんだよな……それも桶狭間の合戦の翌年に。
信長の美濃攻略を妨げたのが義龍の存在だというのだから、
今年桶狭間で義元のおっさんが討ち死にして、
美濃の斎藤義龍も来年病死すれば信長にとってはなんともラッキーな話だ。
……?
……んん?? ひょっとして義龍は信長に毒殺されたんじゃないのか?
そう考えてしまうと俺は悪い笑みがこぼれるのを止められなくなった。
こいつはでかい「足引っ張り」の匂いがするな!
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