~魂鎮メノ弔イ歌~

宵空希

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第二章 子守唄

八話 神々の戯れ

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四世家は名家だ。
基本どの家も立派なものであり、表立ってではないがそれだけ地位も富もあるという証。
例えば関東に飲食店が一社しかなかったら、競合相手も存在しなかったら。
関東圏内の飲食店を一手に担うその一社の儲けはどれほど出るだろうか、計り知れない。
つまりはそう言う事である。
需要や頻度、敷居は違えど、関東圏内ではお祓い家業の団体が魂鎮メしか存在しないので、相場を独占している状況にあるのだ。
それも古くからずっとである、莫大な富を蓄えられるのも頷けるであろう――。



玖々莉は久しく帰っていなかった実家を訪れていた。
仰々しい門構えの八重桜家は、何となく息が詰まりそうになる。
別に何か嫌な思い出がある訳ではないのだが、玖々莉の性質上立派な家は合わないのだ。
おんぼろアパートが丁度いいと感じるのは、野良猫の遺伝子でも含まれているからであろうか。

「ただいま、お母さん」

広々とした家の居間に辿り着いて早々、何やらテーブルの上で作業をしていた母に声を掛けた。
どうやら事務仕事をしていたようで、書類やら電卓がテーブルの上に散乱していた。
母は振り返ると笑みを溢して見せ、同時に置いてあった湯呑を溢して見せた。

「あらあら、ごめんなさいね玖々莉。お母さん、そそっかしかったわ」

「いいよ、私拭くから」

そう言って玖々莉は適当な布を引っ張り出してテーブルを綺麗に拭いていく。
だが今度はその延長線上に置いてあった急須を床に落としてしまう。
幸い中にはもうお茶は入っていなかった為、惨事は免れたのだが。

「あら?玖々莉、それお母さんの大事にしてたマフラーよ」

そう言われて玖々莉は自分が手に取った適当な布が、紺色のマフラーであった事に気付いた。

「あ、ごめん。雑巾かと思った」

「ふふっ、やっぱり親子ね。お母さんも先日、同じ間違いをしたの。うっかりしててね、トイレの便座カバーと勘違いしちゃったわ。いつもより少し長いなぁとは思ったのよ?」

「お母さん、それはダメでしょ。私だってそんな間違いはしないよ」

それは玖々莉宅では便座カバーを使用してないからだ、自信満々に言っているが信用してはならない。

玖々莉の母、八重桜叶やえざくらかなえは昔からこういう性格だった。
何をするにしてもドジばかりで、よく父に呆れられていた。
対する玖々莉は子供の頃の事件が原因で感情の起伏は乏しくなっているが、しっかり母譲りのポンコツ遺伝子は受け継がれていた。
じゃあもう事件とか関係なくね?となるかもしれないが、今回実家に帰って来たのにはそこに理由があった。

「お母さん、私が子供の頃に事件があったでしょ?それについて詳しく訊きたいんだけど」

そう訊ねた玖々莉に母は深刻そうな面持ちで返してくる。

「……そうねぇ。あれは事件と言うよりも、事故に近いのかしら。昔、家族で東北へ旅行に行ったのよ」

「やっぱり東北……」

「そう、あなたがまだ七歳でね。あれは冬の寒い日の出来事だったわ。お父さんったら、タイヤにチェーンを巻いて来るのを忘れちゃってね。……ふふっ、あははっ!もう、お父さんったらドジねぇ。それでね、しばらくの間道の脇に車を停めて三人で作業していたのだけれど。それで目を離した隙に、あなたがいなくなっていたのよ。私もお父さんも慌てて探したのだけれど、痕跡一つ見つけられなかったの」

そこまで話して母は立ち上がり、台所へと向かう。

「長くなりそうだから、一旦お茶を入れるわね。あら、急須は何処にいったのかしら?」

「お母さん、急須を失くすとかどんだけドジなの」

「仕方ないわね、コーヒーにしましょうか」

そう言って母は紅茶を二杯分持ってきて再び座る。

「えっと、何処まで話したかしら。そう。昔ね、家族で東北へ旅行に行ったのよ」

「お母さん、そこはもう話した。私がいなくなったってとこからだよ」

「ああ、そうだったわね。警察にも相談したし、現地の人にも聞き込んで回ったわ。けれどそれでも見つけられなくて。そうして帰れないまま二週間が経ったの」

「え、そんなに?」

「そうよ。私たちも気が気じゃなかったし、あなたを置いて帰るなんて出来なかったわ」

そう言って母は紅茶を口に含んだ。

「あら?これ、紅茶だったわね。おかしいわ、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」

「お母さん、どんだけドジなの」

言いながら玖々莉も一口。
すると玖々莉は口から紅茶を垂れ流し、吐血したかのように紅茶を吐き出した。

「げほっ、げほっ!……お母さん、私紅茶苦手で飲めないんだけど」

「あら?おかしいわね、コーヒーを淹れたつもりだったんだけど」

そうして母がマフラーを手に取って床を拭き始めた。
玖々莉は落ちていた書類を手に取って自分の口を拭く。

「そうだ、思い出したわ!あの時ね、朔耶ちゃんにお願いしたんだった!あなたの行方の手掛かりを電話で訊いたのよ」

「え、しかも忘れてたの?もう、お母さんったら」

両手を合わせて嬉々としている母に玖々莉は呆れた声でそう言った。
母は話を続ける。

「それからすぐに舞唯ちゃんも来てくれて、そこからは早かったわ。あっという間にあなたを保護してきてくれたの。でも、おかしな事も言っていたわね」

「なんて?」

母は電卓を手に取って、当時舞唯が放った言葉を口にした。

「『黄泉ノ国の者が現れました。玖々莉ちゃんに干渉していたせいか、今後何かしらの影響が出るかもしれません。もしも万が一玖々莉ちゃんに強力な力や才能の兆候が見られたのであれば、それは今回の干渉が影響している可能性が高いでしょう。力に呑まれてしまう前に十分注意してください。魂鎮メ最大の禁忌、黄泉化の前兆となる可能性がありますので』って言ってたわ」

「え、ええ。お母さん、それを今更言うの?」

そんな事は露知らずに力を行使していた玖々莉には中々の衝撃的事実であった。
黄泉化が一体何を示しているのかは分からないが、あまり良い予感はしない。
けれど母の解釈はまた少し違った。

「いいえ。玖々莉、あなたにはが色濃く受け継がれているの。確かに舞唯ちゃんの言う通り、外部の干渉もあるのかもしれない。けれどそれ以上にあなたには、八重桜家以上の才能がある。それは天性のものよ、大事にしなさい」

「うぅん?なんか、わかったような。わからないような」

「今はまだ、それでいいのよ」

その後玖々莉は仏壇に手を合わせて亡き父に挨拶をし、変わり者親子の他愛もない談笑は夜更けまで続いていった――。
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